IoTがスパイに与えた「第7の力」と、監視社会の新しいパラダイム

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世界を震撼させたE・スノーデンの告白以降、政府による監視社会への懸念が強まっている。あらゆるものがネットにつながる「IoT時代」に、その監視はいっそう強化されるかもしれない。自由か、安全か。テクノロジーがもたらす“パワー”に、ぼくらはいかに向き合うべきか?

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ウェブこそ、あらゆる諜報機関が求めてきた最大のギフトであることは間違いない。諜報機関や企業などの営利団体は、ユーザー情報を容易に集めることができるようになった。そしてすべてのインターネットユーザーは、監視されようとしている。

それでもあなたは、この現実の世界では絶え間ない監視から解き放たれて、自由に振る舞うことができると思っているかもしれない。だが、それも長くは続かない。

というのも、オンラインの世界で起きたのと同じ「データコレクション革命」が、IoT(モノのインターネット)によって現実世界でも繰り返されようとしているからだ。IoTの基本的な考え方は、すべての生活用品がワイヤレスでデータを集め、送信することだ。舗装道路のタイルや壁のコンクリートから、靴、洋服、歯ブラシに至るまで、インターネットとつながる可能性があるものを挙げればきりがない。すべてがインターネットに接続されるようになり、そして取得したデータをクラウドにアップロードしていくようになるだろう。

米国のインテリジェンス(諜報機関)は、IoTを監視に活用する可能性を認識している。元・米国家情報長官ジェームズ・クラッパーは昨年、当局が「身元確認、調査、監視、位置追跡、採用する人材の絞り込み、ネットワークやユーザー情報へのアクセス」のために、IoTを利用する可能性があると『The Guardian』に語っている。

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米国のインテリジェンスコミュニティが、この新しいテクノロジーに注目するなか、データ収集・分析の手法の進化が、現在のインテリジェンスパラダイム(諜報手段)に、新たな枠組みをもたらそうとしている。

IoTが生んだタイムマシン

国家情報局の定義によると、インテリジェンスのパラダイムは6つある。IoTが登場することによって、新たな7番目のパラダイムである「テンポラル・インテリジェンス」(TEMPINT)が生まれるだろう。TEMPINTは特定の情報源をピンポイントで狙う情報収集手段ではなく、データ収集・分析の全体的なアプローチだ。TEMPINTによって個人やインフラのほとんどが監視されることになり、そのデータの一部は収集、保管、分析される可能性がある。

TEMPINTのアプローチを理解するために、次のシナリオで考えてみよう。

武装したテロリストが、混雑したショッピングモールで買い物客たちを襲撃している。そのテロリストは殺害されたので共犯者がわからなくなると思いきや、実は「足跡」を残していた。まず、諜報機関はショッピングモールのセキュリティーカメラから映像を入手し、彼らがどこから入って来たのかを割り出す。

テロリストのクルマを特定するために、諜報機関は駐車場のセキュリティーカメラをチェックする。未来の世界ではIoTが広く行きわたっているので、アナリストたちは路上のカメラやセンサーから撮影された記録を使って、駐車場にあった時点のクルマを調べることもできる。完全にネットワークにつながっている世界では、人々の足跡を分析するために「時間を巻き戻す」こともできるのだ。

究極的にTEMPINTが最も能力を発揮するのは、全世界の動画が存在するような場所だろう。動画は自由にズームイン、停止、巻き戻しができ、そこに映っている人々のウェアラブル端末から得られた健康と心の状態まで入手できるようになっている。

INFORMATION

エドワード・スノーデン:ある理想主義者の幻滅

各国諜報機関がその足取りを血眼になって追う、世界最重要指名手配者エドワード・スノーデン。なぜ彼は身を危険にさらしてまで、内部告発に踏み切ったのか。そこにあった信念とは何か。2014年に『WIRED』US版がモスクワで行った単独インタヴューを全文公開!

技術的な壁は消え去った

TEMPINTには大きく分けて2つの技術的な課題があり、その両方が解決されようとしている。

ひとつ目の課題は、データの保管だ。TEMPINTを実行することには、大量のデータを保管する必要性が生じる。2019年には、IoTの普及によって500ゼタバイト(500兆ギガバイト)以上のデータが生まれるという。

しかし、調査データから無駄な要素をそぎ落として、録音、位置・活動追跡記録、カメラが定期的に撮影するスナップショットといった、基本的なものだけを残すことは可能だ。そのうえ、データの保管能力は過去数十年間で大きく改善している。いまのところ、この改善が頭打ちになるとは考えられていない。

2番目の技術的課題は、これらの莫大な量のデータをえり分け、目的とする情報のみを見つけ出すことだ。人工知能(AI)が急速に進歩して、ニューラルネットワークが、顔、物体、写真や動画の抽象的な概念さえも特定できるようになっているので、この課題も解決されようとしている。

自由と安全の天秤

諜報機関や企業がTEMPINTの力を手に入れるべきなのかと、疑問に思う人もいるかもしれない。しかしこの質問は、もはや意味がない──彼らはすでにその初歩的な力を手にしているからだ。

結局のところ、米国国家安全保障局(NSA)は、オンライン上とデヴァイスに流れる情報の多くを集めている。IoTが普及するにつれ、世界中の政府が市民を監視するためにIoTを使うだろう。彼らが現在、インターネット上でしているように。

当然のことながら、各国政府が人々への監視の目をますます強めていることに、市民は懸念を抱いている。諜報機関は、こうした懸念を無視すべきではないし、その懸念を和らげる必要がある。たとえば、当局は数百万人の市民のデータをチェックしてテロリストを見つけるために、人間ではなくAIを使うことができるだろう。市民がその仕組みを知ることができるように、アルゴリズムを公開することもできるだろう。こうした透明性により、情報が誤って使われることを防ぎ、国民や監査機関のチェックによってバグを見つけることもできるだろう。

残念なことに、前オバマ政権が行った変更によって、NSAは前もってプライヴァシー保護を行うことなく、16の米諜報機関と情報を共有できることになっている。そのため、「TEMPINTは将来使われるだろうか?」という疑問はもはや意味をなさない。制限されたかたちではあるが、TEMPINTはすでに存在しているからだ。

わたしたちはこれを、新しいインテリジェンスパラダイムそのものであると考え、これによってどのような社会が訪れるのか、ということを考えるべきだ。バイオハッカーのテロリストがひとりで大きな損害をもたらすことができる時代に、常にあらゆるところを監視する必要があるというのは、十分考えられることであるのだから。

ときに諜報機関は、将来の危険に対して準備不足であったと非難されることがある。だが、IoTのトレンドをいち早く察知し、新たなインテリジェンスパラダイムを定義することによって、こうした機関は時代を牽引する立場に立とうとしている。これは、諜報機関が敵対者に対してもつ大きな強みだ。そしてこれは、民主主義国家の市民が我慢しなければならない妥協案のひとつでもある。

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