「マスキュリニティの理想と、同時代の原理的な道徳的・倫理的問題の間の全体的な連鎖の中に囚われた映画作家」(*1)フェミニストであり、法哲学や政治哲学などを専門とするドゥルシラ・コーネルは、アメリカ映画界の巨匠、クリント・イーストウッドをこう評した。そして、その作品における取り組みに対して「アメリカの歴史を覆っている異性愛白人男性の男らしさの意味を問うものなのである」(*2)と述べる。1月14日に公開され