巨人に球団初の“外様監督”誕生はあるか 橋上秀樹に重なる「監督代行」成功の系譜
阿部慎之助前監督の電撃辞任により、選手時代に巨人の在籍経験がない橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行に就任した巨人。突然の指揮官交代はチームに大きな混乱をもたらすはずだったが、むしろ現場からは「チームが生き生きとしてきた」との声も出ている。【久保田龍雄/ライター】
【写真】橋上秀樹楽天監督代行に初勝利を捧げてしまった元楽天・現巨人の田中将大投手の姿
とにかく前を向いて頑張るしかない
6月10日には今季初の首位浮上も果たした。まだシーズンは長いとはいえ、このまま好結果を残せば、橋上監督代行が来季以降の正式監督候補に浮上しても不思議ではない。
長いプロ野球の歴史を振り返っても、シーズン途中に監督代行としてチームを任され、その後、正式監督となった例は少なくない。中には、低迷するチームを見事に立て直し、後に名将と呼ばれるようになった人物もいる。

代行就任後に抜群の手腕を発揮し、翌年から正式に監督に就任したのが、2010年のヤクルト・小川淳司監督代行である。
同年5月27日、チームが最下位に沈み、交流戦で9連敗を記録するなどの成績不振により、高田繁監督が休養。小川淳司ヘッドコーチが監督代行に就任し、低迷するチームの再建に乗り出した。
「突然のことで何と言っていいかわからないが、とにかく前を向いて頑張るしかない」と話した小川監督代行の初采配は、同27日の楽天戦。試合は3対3の引き分けに終わり、「勝てなかったという思いが若干強いかな。でも、負けなくて良かった」と安堵の表情を見せた。
そして同29日、オリックスに11対4と大勝し、長いトンネルを脱出すると、チームも徐々に上昇気流に乗り始める。
1軍で出場機会に恵まれなかった畠山和洋の抜擢や、新外国人・ホワイトセルの加入も追い風となり、6月から7月にかけて6連勝と2度の5連勝、8月には10連勝を記録。投打がかみ合い、6月以降は月間勝ち越しを重ね、低迷していたチームを一気に浮上させた。
就任後98試合で59勝36敗3分、勝率.621。最大借金「19」を完済したばかりでなく、98試合に限れば、シーズンで優勝した中日に5ゲーム差をつけての“優勝”に相当する好成績だった。
当初、ヤクルトの次期監督候補には、知名度の高い荒木大輔投手コーチの名も挙がっていたが、この実績がものを言い、オフに小川監督が誕生。2期6年の任期中、優勝には届かなかったものの、11年と18年に2位を記録するなど、チームを3度Aクラスに導いた。
ドラフトでも山田哲人、村上宗隆ら、後に優勝、日本一に貢献する看板スターを引き当てている。
“王野球”の継承をスローガンに
2006年、病気療養中の王貞治監督に代わってソフトバンクを指揮したのが、森脇浩司監督代行である。
同年7月5日、首位・西武を1ゲーム差で追うソフトバンクに激震が走った。王監督が胃の腫瘍摘出手術のため休養を表明し、翌6日から森脇浩司1軍チーフ兼内野守備・走塁コーチが指揮を代行することになったのだ。
シーズン開幕前、王監督が第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表監督を務めた留守中に、オープン戦全15試合を指揮した経験を買われてのものだった。
代役の指揮官は「選手、スタッフ、コーチ陣の全員に“王イズム”が浸透している。今こそ、それを前面に出すとき」と、“王野球”の継承をスローガンに掲げ、就任後は3連勝と好スタートを切った。
7月を10勝7敗1分と勝ち越したチームは、8月も14勝8敗2分と好調を持続。8月末から9月初めにかけて4連勝を記録し、単独首位に躍り出た。
その後、9月最後の6試合を全敗し、シーズン3位で終わったものの、2位・西武とのプレーオフ第1ステージを勝ち抜き、敗退した第2ステージでも日本ハムと球史に残る名勝負を繰り広げた。
この経験を生かし、13年からオリックスを率いた森脇監督は、翌14年にチームを古巣・ソフトバンクとゲーム差なしのシーズン2位に導くなど、監督としても見事な実績を挙げている。
力を出し切るためにがむしゃらにやろう
代行としてチームの立て直しに成功し、シーズン途中から正式に監督を任されたのが、2008年のオリックス・大石大二郎監督である。
就任2年目のコリンズ監督は、5位に低迷するチーム状況を受け、シーズン途中で退任を決断。球団側は慰留に努めたものの、本人の意思は変わらず、5月21日に退団が決まった。
その際に残したのが、「自分の中でメラメラと燃える火がなくなった」という言葉だった。
後任候補には、人気を買われて現役の清原和博の名前も挙がったが、故障からの復活を目指してリハビリに励んでいたことから見送られ、大石ヘッドコーチが監督代行に就任。サポート役として住友平2軍監督がヘッドコーチに就任した。
「力を出し切るためにがむしゃらにやろう」をスローガンに新たなスタートを切ったチームは、当初、6月末まで11勝14敗と足踏みが続いた。
だが、6月まで中継ぎだった入団2年目の小松聖が先発の柱となり、打線の調子も上向いた7月に15勝8敗と大躍進。3位・日本ハムに肉薄し、クライマックスシリーズ(CS)出場の可能性も見えてきた。
球団側もその手腕を評価し、「苦労しながらもチームをまとめ、勝利を重ねてくれた。チームはCSを狙える状況にあり、さらに一丸となって戦ってもらうためにも、後半戦及び来シーズンについて大石監督代行に正式に監督をお願いする」(宮内義彦オーナー)と、8月2日に正式な監督就任が決まった。
「監督というのをやってみたいというのはあったし、うれしい。後半戦も一戦一戦、戦っていくだけです」と決意を新たにした大石監督も期待に応え、チームに9年ぶりのAクラス、シーズン2位の好成績をもたらした。
突然の監督交代は、本来ならチームにとって大きなマイナス材料である。だが、過去の例を見れば、それが新たな時代の始まりになったケースも確かに存在する。
小川淳司、森脇浩司、大石大二郎。いずれも代行という難しい立場からチームをまとめ、その後の監督キャリアにつなげた。
橋上監督代行の手腕が本物かどうかは、これから迎える夏場以降の戦いで明らかになる。だが、少なくとも巨人は、指揮官交代によって沈むどころか、再び勢いを取り戻しつつある。
後半戦でもこの流れを維持できれば、来季、橋上監督代行が正式監督に昇格し、球団史上初の“外様監督”が誕生する可能性は決して小さくない。阿部前監督の電撃辞任から始まった異例のシーズンは、巨人の監督史を塗り替える転機になるかもしれない。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
