14年半ぶりの“国立”だった。奈良クラブに所属するFW田村翔太は、四日市中央工高の2年生で出場した第90回全国高校サッカー選手権で決勝に進出。惜しくも準優勝に終わったが、同級生のFW浅野拓磨(マジョルカ)との2年生コンビは、大きな注目を集めた。

「あの時と比べ物にならないくらいすべてが変わっている。でも国立というところにサッカーファンが集まって、聖地というところは何も変わらないかなと思います」。13日にMUFGスタジアム(国立競技場)で行ったJリーグオールスター『DAZNカップ』に、田村はJ2・J3 WEST-Aの一員として参加した。


 クリスタルトロフィーを大事そうに抱えていた。田村は明治安田J2・J3百年構想リーグを戦った田村は、5戦連発や最終節の富山戦のハットトリック、プレーオフラウンドでも2ゴールと大暴れ。通算15得点を決めて、「釜本邦茂賞」を受賞した。同賞は昨年8月に亡くなった元サッカー日本代表の釜本邦茂さんの功績を称えて設けられたもので、シーズン移行に伴う特例シーズンにおける唯一無二の賞。DAZNカップの途中に行われた表彰式で受け取った。

「年齢を取りましたね。でもガムシャラに高校生の時は頑張っていたし、それとは違うプロサッカー選手として(国立で試合が)できてよかったです」

 輝かしいアマチュアの実績を持つ一方で、プロでは長年、JFLでのプレーも経験した苦労人でもある。田村は高校卒業と同時に湘南ベルマーレに入団。しかしJ1での出場は叶わず、福島へのレンタルを経て18年に完全移籍。19年より熊本に2年間所属したあと、JFLの鈴鹿と三重でプレーを続けた。ただ25年より奈良に移籍してJリーグへの復帰を果たすと、25シーズンはJリーグではキャリアハイとなる7得点を記録。そして今季の百年構想リーグに繋げた。

 得点量産の要因として元日本代表FWとの出会いを挙げた。今季より奈良の監督に大黒将志氏が就任。「練習から大黒さんに一本一本のこだわりを言われている。最初は練習やからと思っていたけど、その気持ちじゃダメだと思った。それで結果として出てきた」。出会って半年だが、「本当に自分の感覚だったところを言語化して伝えてくれる」と心酔している。


 開幕前の2月の誕生日で31歳になった田村だが、「あまり年齢については感じなタイプ」。それもあって身を持って進化を感じることができているという。「ハーフシーズンの中でもシュート一つであったり、自分の平常心で打てることはたくさんあった。ゴール数が増えているのもありますし、シュートへの意識、感覚は自分の中で正解に近いと感じることができた。これを来季以降に生かしていくことが大切なのかなと思います」。

 何よりこれまでの積み上げが、Jリーグの舞台で結果として現れたことが嬉しい。「自分はJリーグからJFLに行って、また戻ってきてという中でプレーをしっかりとして出せている。サッカー界は自分の努力次第だと身を持って感じている。今、下のカテゴリでやっている同じ境遇の選手たちに(自分を見て)感じてほしいとかはないけど、個人的には感じています」。

 花を咲かせるのはまだまだこれから。「結果を残さないとこの世界では生き残っていけない。またここから、ヘディングでどんどん点を取るとかはないと思うけど(笑)、質を高めていければいいのかなと思います」。苦労したからこそ分かる世界がある。クリスタルトロフィー越しに見えた景色は、14年前とはまた違った輝きがあった。

(取材・文 児玉幸洋)