タイトル通算6期、史上4人目の竜王・名人。トップ棋士として確かな実績を積み重ねてきた豊島将之九段(36)。今年1月には結婚を発表し、大きな話題を呼んだ。

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 輝かしいキャリアを誇る豊島だが、2024年度には自身初となる年度負け越しを経験。しかし昨年度、みごとに復活を遂げる。銀河戦の決勝では藤井聡太竜王・名人を破り、6年ぶり2度目の優勝を果たした。


豊島将之九段 ©︎細田忠/文藝春秋

 苦しい時期を乗り越え、再び浮上を掴んだきっかけはどこにあったのか。棋士人生を振り返りながら、その現在地に迫る。(全3回の1回目/つづきを読む)

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タイトルを獲得してからの心境

――豊島さんは来年で棋士人生20年を迎えますが、人生の半分以上を棋士として過ごしたことについてはどのようにお考えですか。

豊島将之九段(以下、豊島) あっという間で、そこまで長くやってきた実感はないですね。

――この期間を区切ると、豊島さんご自身については2018年の初タイトル獲得、将棋界全体は2016年に藤井聡太竜王・名人がデビューしたというのがそれぞれのエポックになるかと思います。

豊島 自分のタイトル獲得については、20歳で初めて挑戦してから、ずっと獲得の期待があることは感じていました。初めて獲るちょっと前から、自身の中でいい取り組みができていたように思っていました。

 タイトル獲得は大きな目標だったので、実現してホッとしたというか、自分の中で余裕ができました。

 藤井さんがデビューされる前と後で自分の中身が大きく変わった訳でもありませんが、将棋界が注目される機会は増えたので、それはありがたかったです。自分に対する応援とは別に、新しく将棋に注目してくれる人が増えたとは感じていました。

人間代表としてAIと対戦

――豊島さんが初タイトルの棋聖を獲得された時は、8大タイトルが全て別の保持者に分かれる(棋聖・豊島将之、竜王・羽生善治、名人・佐藤天彦、叡王・高見泰地、王位・菅井竜也、王座・中村太地、棋王・渡辺明、王将・久保利明)という状況でした。

豊島 その後は私と渡辺さんが多く獲っていった印象があります。ちょうどAIが強くなり、取り入れる棋士も増えて、その影響が強くなってきたのでしょうか。

――豊島さんとAIと言えば、2014年の第3回電王戦が浮かびます。

豊島 電王戦に出る前は全くわかっておらず、出てからそういうものかと理解し始めたという感じですね。現在は前提としてAIの使用がある感じですけど、当時は取り入れている棋士が少数派でした。

 勉強手段としてのAIを導入したとき、まず描いたのはAIの中盤の押し引きの強さを取り入れることでしたが、それには時間がかかります。序盤の定跡研究に使用するほうが生きました。

当時のAIは今に比べると荒かった

――電王戦の数年後に初タイトルを獲得されました。

豊島 先ほども言いましたが、電王戦当時はAIについて何もわかっていませんでした。対戦相手として使っていたこともありますし、対局の中終盤を振り返るために活用したこともあります。

 自分がタイトルを獲得した時はAIがだいぶ強くなっていましたが、私はそれ以前からAIに触れていたのがよかったのか、当時は序盤でリードを取れるようになっていました。

 もっとも、当時のAIは序盤でも荒い部分があって、今の視点ではかなり無茶苦茶な攻めをやってきます。AIと対戦するとその剛腕で負かされるのですが、その序盤を参考にすると自分の感覚が乱れるというのはありますね。

――現在はプロ棋士の研究にAIは欠かせないという見方がありますが。

豊島 必要に応じてという面はありますが、使っている方が大半ですよね。使っていない棋士でも、AI研究が深い棋士と指しているとその感覚が入ってきます。

――先ほど、対局を振り返るためにと仰っていましたが、指した対局を振り返るということ自体はAIの前からもありそうですが。

豊島 そうですね。ただAI以前は感想戦を別にすると、自身が指した将棋を他の人に真剣に考えてもらえることがあまりなかったです。

 人力では感想戦のあとにそれほど変化が出てきません。ですがAIにかけると、自分が考えていない手を絶対どこかで指摘されます。

34歳になってから「区切り」を感じた

――豊島さんが初タイトルを獲得されたのが2018年で、翌19年は史上9人目の三冠を達成されました。

豊島 その頃、28、9歳の頃は自分の中でもすごく充実していた感はありました。その後も形勢判断や知識での上積みはありましたが、棋力を伸ばすことができず、段々と厳しくなってきました。

――30代を迎えて、何か変わったということを感じられたのでしょうか。

豊島 そういう意識はそれほどなかったですね。間もなく藤井さんとの対戦が続いてタイトルを失いましたが、当時は過去の自身と比較して伸ばせている部分もあると自覚していたので、それがモチベーションになっていました。

 ただ、33から34歳になる期間ではだいぶ力が落ちたので、そこで区切りを感じました。

――豊島さんが34歳となった2024年度は、自身初の年度負け越しを経験されています。

負のスパイラルに陥っていた

豊島 その1年前から手応えがよくなかったですね。自分の中で前に進んでいる実感がなくなり、そこから負のスパイラルに陥りました。

 記憶力はそこまで落ちたとも思わないし、体力も維持できている、でも盤上でのパフォーマンスが悪くなりました。

――それはなぜでしょうか。

豊島 色々考えましたけど、最終的にはよくわからず、事実を受け入れるしかなかったですね。昔から自己否定に陥りやすく、そういう精神的な部分もあったとは思います。

 過去の自分と比較していいことがないときついんですよ。モチベーションが全くないわけでもありませんが、それを保つのが大変だった1年でした。

――ちょうど、藤井竜王・名人以外にも伊藤匠二冠など、若い世代の台頭がより見られたころだと思います。

豊島 そうなると、相対的にトーナメントプロとしての地位は落ちますが、それを気にしても仕方がありません。もちろん勝負するうえで、自身と比較して戦略を練るのは必要ですが、あまり気にしても仕方がないです。

 長い目で見たら、いずれは成績低下を避けられないということになりますが、そうなったときに自分が将棋をどうやって続けていくかという考え方ができていなかったことが、理由の1つでしょうか。

再浮上を掴んだきっかけ

――ですが、昨年度は銀河戦決勝で藤井竜王・名人を破り、復活の優勝となりました。

豊島 復活できたかはわかりませんけど、それまでの負のスパイラルは止まったかなと思います。自分の中で考え方が確立して、これでやっていこうかなという気持ちが持てました。

――ちょうどご結婚をされたころと思いますが、奥様の影響はあったのでしょうか。

豊島 妻と出会う前に自分の中では調子が悪い時期があって、自分の中で色々と考えたんですけど。成績が悪いとかパフォーマンスが落ちているというのはありつつも、それでも将棋に取り組むことで、盤上への思考に没頭したり、静謐な対局中の穏やかな時間を持つのは自分の中で意味があることを再確認しました。

 それで将棋を長く続けていきたいと考えがまとまり、前向きになれました。

――それ以前はどのようなことがモチベーションだったのでしょうか。

豊島 それまではタイトル戦に出られるうちは頑張ろうと思っていましたが、それができなくなった後にどうするかということに見通しがありませんでした。それが自分の中で確立できたことで、結婚にも前向きになりました。成績が悪くなっても、それに応じた場所で指させてもらえる限りは一生懸命やっていこうと。

 そういう気持ちを持っていることがわかったので、もちろん不確かな面もありますが自分の将来がおぼろげながら描けてきました。(つづく)

「結婚の決め手は何ですか?」新婚ホヤホヤの豊島将之九段に、妻との新生活を聞いてみた〉へ続く

(相崎 修司)