「中学受験と子供の幸せ」の最終結論…格差社会を描いた世界文学が提示する"子育ての答え"

■階級ごとに集団分けされた胎児を徹底管理
<お悩み>
中学受験させる? させない?
子どもを中学受験塾に通わせています。
アルファクラスだったのですが、
勉強で競争するのはいやだと言い出しました。
将来のために続けさせるべきか、
子の意思を尊重すべきか……。
中学受験ブームが過熱するなかで、私立中学を目指す小学生の勉強量は増大する一方です。
大量の知識を子どもに詰め込むため、多くの中学受験塾では子どもたちを成績別に細かくクラス分けして、競争意識を煽っていると聞きます。
アルファベットで人間を選別する未来社会を描くディストピア小説の名作『すばらしい新世界』を読めば、自分や子どもがそうした価値観になじめるかどうかがわかるでしょう。
『すばらしい新世界』の舞台は、ほぼすべての胎児が瓶の中で培養される未来社会です。
家族制度や出産が消滅したこの社会では、生まれた子どもたちは階級ごとに集団分けされ、徹底的に管理されて育ちます。
エリート階級であるアルファとベータの胎児は美しく賢く、労働者階級であるガンマ、デルタ、イプシロンに振り分けられた胎児はわざと醜く愚かになるよう、瓶の中で操作されます。
いわば「親ガチャ」ならぬ「瓶ガチャ」ですべてが決まる世界です。
こう書くといかにも暗い社会に思えますが、人々は洗脳のおかげで意外に明るく暮らしています。
■下を見下し、上を哀れみ、みな満足に暮らす
たとえばベータの女性は、上の階級に嫉妬しないよう、睡眠学習でアルファの苦労を聞かされながら育ちます。
「わたしはベータでほんとによかった。あんなにたくさん勉強しなくて済むから」
同時に、下を見て安心する刷り込みも行われます。
「ガンマは莫迦。みんな緑色の服を着ている。デルタの子はみんなカーキ色の服を着ている。いやだ、デルタの子とは遊びたくない。イプシロンなんてもっとひどい。頭が悪すぎて読み書きもできない……」
熱帯で働く労働者階級は、胎児の段階で条件付け学習によって寒さを嫌い、暑さを好むように仕込まれます。
こうして人びとは下を見下し、上を哀れみながら、誰もが自分の境遇に満足して過ごしています。

■タワマン文学のような新世界
アルファやベータの人間関係には、タワーマンションを舞台に高学歴男女の格差や嫉妬を描く「タワマン文学」的な面白さがあります。
主人公は、アルファとして生まれるも、培養時のミスで労働者階級並みに貧弱な身体をもって生まれ、コンプレックスを抱えているバーナードです。
彼はグラマラスなベータ女性レーニナに恋していますが、彼女はアルファ男性ヘンリーに40階建てのタワマンに連れ込まれてしまいます。
バーナードは、レーニナをエロい肉扱いしてもてあそぼうとするアルファ男性たちに腹を立てています。彼にとってさらに最悪なのは、レーニナ自身が自分の身体を「肉みたいに思ってること」でした。
妊娠や性病の心配のない新世界では、女の子は誰とでも気軽にセックスするのです。
バーナードは思い切ってレーニナをデートに誘います。すぐにベッドをともにすることができましたが、虚しさしか残りません。
さみしさのあまり、「連帯のおつとめ」なる乱交パーティに参加しても、他のメンバーのようには盛り上がれない自分に気づきます。印象に残ったのは、女の子のつながった眉毛のことだけでした。
アルファの中で孤立しているバーナードの唯一の友人は、顔面とコミュ力が最強で、何百人もの女の子と寝ているとうわさされるアルファ男性ヘルムホルツです。
現状肯定の感情をかきたてるコピーライティングの才に恵まれた彼も、優秀すぎてやはり孤立していたのです。
■リベラリズムと文化芸術が絶滅したエロ天国
ディストピアのはずが、やけにバブリーな雰囲気が漂う新世界。ここでは人々が社会に不満を抱いたりしないよう、すでにリベラリズムや文化芸術が絶滅に追いやられているのです(自意識と個性が強くなりすぎた者は島送り)
その代わりに、憂鬱を吹き飛ばす麻薬のような薬「ソーマ」が配給され、キスの触感を味わえる感覚映画などの娯楽がたっぷり用意されています。
さらに新世界の子どもは、幼いころからエッチな遊びを推奨されて育つので、エロが日常にあふれています。職場で女性の尻をさわるのは、もはやエチケット。
まるで一昔前の日本みたいです。清潔に管理されているはずの未来世界でエロが蔓延しているのは、ちゃんと合理的な理由があります。
性欲を少しでも堰き止めると、あふれた欲望が愛という取り扱い困難な感情に育ってしまうからです。
■一夫一婦制の恋愛と家族愛が悪徳になる世界
資本主義社会の歯車として安定した労働力を提供するには、「気がたしかで、従順で、現状に満足し、安定した人間」でなければなりません。
相手のことで頭がいっぱいになってしまうロマンティックラブや、子どものケアを優先する家族愛は、社会の安定を乱すもとです。
だから絶えず性欲を発散してロマンティックラブに至らないようにし、その延長線上の家族愛が生まれないようにしています。新世界では、一夫一婦制の恋愛と家族愛はおぞましい悪徳なのです。
新世界を統治する世界統制官は、家族愛や恋愛感情がいかに狂気や不安をもたらすかを、生徒たちに説いて聞かせます。「堰き止められた衝動はあふれ出る。あふれ出たものが感情となり、情熱となり、狂気にもなる」。
だから、性欲などの衝動はすぐに満たさなくてはいけません。そうすれば「定められた水路をよどみなく流れて、おだやかな幸福に至る」。
そう、お腹がすいたと感じると同時にミルクを与えられる赤ちゃんが、あまり泣かなくてすむように。
感情は、欲求と充足との時間差に潜んでいる。
その時間差を短縮し、過去の無用な堰をすべて破壊せよ。
かつての日本の職場でセクハラが蔓延し、会社帰りに連れ立って風俗に行くような文化が存在したのも、労働者を家族愛から切り離して効率的に働かせる効果があったからかもしれません。

家族を大切に思ってケアを優先し、家族と一緒に過ごしたがる労働者は、長時間労働には不向きです。そうならないように、即物的なエロと娯楽を与えて孤独なままにおくほうが、合理的であるといえます。
現代においても、子どもの看病で休む労働者よりは、家庭に居場所がないのでサービス残業もいとわず働く労働者のほうが、企業に好まれることに変わりはありません。
1932年出版の小説の中の世界とは思えないくらい、新世界は理にかなったしくみで動いています。しかも新世界は、少子化とは無縁です。
■新世界と受験産業の相性
バーナードとレーニナの二人は、新世界から隔離されている「野人保護区」に向かいました。そこには旧世界の暮らしを続けている「野人」が住んでおり、昔ながらの恋愛結婚、出産、そして文学が生き残っています。
そこでバーナードたちは、隙あらばシェイクスピアを引用する文学青年ジョンに出会います。この「人間的な」世界がいい感じに描かれているかというと、そうでもないのが本作の面白いところです。
ジョンの目には、新世界の労働者が本当に幸せであるようには見えません。ジョンの疑問に、新世界を統治する世界統制官はこう答えます。
「疲れない程度の軽い労働を7時間半やれば、あとは配給分のソーマとゲームとフリー・セックスと感覚映画が楽しめる。それ以上、なにを求める?」

現代でも、リベラルや人文系が排除され、金稼ぎとフリーセックスと娯楽だけで回る新世界を好もしく思う人は多いのではないでしょうか。そしてそう思える人は、受験産業のシステムと相性がいいはずです。
自分の価値観は新世界寄りなのか、それともジョンの言い分のほうが理解できるのか。この小説は、格差社会を生きる自分が何を重んじているかを考えるきっかけになるでしょう。
私たちは序列意識とまったく無縁ではいられません。結局のところ子育ては、どこかで親の価値観の押し付けにならざるをえないものです。だからこそ「子どもが選んだから」などと子どもの責任にせず、親の責任において決めるしかないのでしょう。
「おまえのためを思って」式の言葉でごまかしたりせず、はっきり自分の価値観を示せば、反発するにせよ同意するにせよ、子どもも子どもなりの価値観で向かってきてくれるのではないでしょうか。
『すばらしい新世界〔新訳版〕』
オルダス・ハクスリー、大森望訳、ハヤカワepi文庫、2017年
オルダス・ハクスリー(1894―1963)は英国の小説家、評論家。生物学者のトマス・ハクスリーを祖父に、同じく生物学者のジュリアン・ハクスリーを兄に、文芸誌の編集長を務めたレナード・ハクスリーを父に持つ。1908年、医者を志してイートン校に入学するも角膜炎を患い退学。2年後、視力がある程度戻り、オックスフォード大学のベイリアル・カレッジに入学、文学と言語学を学ぶ。1916年には第一詩集『燃える車輪』を、21年には初の長編『クローム・イエロー』を刊行。以後、小説や評論、旅行記といった幅広い分野で活躍し、32年に『すばらしい新世界』を刊行。同作はオーウェルの『一九八四年』と並び、ディストピア小説の傑作として広く知られる。63年、舌癌のため死去。享年69。(編集部)
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堀越 英美(ほりこし・ひでみ)
文筆家
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。著書に『エモい古語辞典』(朝日出版社)、『女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出文庫)、『不道徳お母さん講座』『モヤモヤしている女の子のための読書案内』(以上、河出書房新社)、『スゴ母列伝』(大和書房)、『紫式部は今日も憂鬱』(扶桑社)、『親切で世界を救えるか』(太田出版)、『ささる引用フレーズ辞典』(笠間書院)など、訳書に『世界は私たちのために作られていない』(東洋館出版社)、『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』(河出書房新社)、『ギタンジャリ・ラオ STEMで未来は変えられる』(くもん出版)、『「女の痛み」はなぜ無視されるのか?』(晶文社)などがある。
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(文筆家 堀越 英美)
