「純烈」初期メンバー白川裕二郎、卒業理由に「母の他界」 涙こらえ会見「亡くなった日もステージに」
ムード歌謡グループ「純烈」は8日、都内で会見を行い、メンバーの白川裕二郎(49)が来年3月31日をもってメンバーを卒業すると報告した。卒業については「昨年の母の他界で、モチベーションが他のメンバーよりなくなった」と説明し「一度立ち止まり肉体的にも精神的にもしっかりと充電をさせていただく」と今後の展望を語った。
白川は「親孝行をしたい」という思いから純烈入りしていたことを明かし、会見の中で涙をこらえながら「去年10月に母親が他界して、純烈を続けるモチベーションが他のメンバーよりなくなった」と吐露。「中途半端な気持ちで続けるのはよくないと思い、スタッフ、メンバー、ファンに申し訳ないと、こういった決断をした」と説明した。
「5年前から卒業を考えていた」点については「母が生前に5年ほど前から、僕が家に帰っても僕を認識しなくなっていて…。“親孝行ってなんだろう”と思ったとき、母のそばにいるのが親孝行なんじゃないかと思った」と説明。「リーダーに“そろそろ介護をさせてもらえないか”と話したら、“もうちょっとガンバレや”と…それでここまで頑張った」と経緯を明かした。
母との思い出については「夢は紅白出場での親孝行でした。初めて紅白に出たときが一番の思い出です。あの母親の笑顔が忘れることできない…」と目を潤ませた。
また、母が亡くなった際もステージに立ち続けたことに対しては「後悔はありますよ」と吐露。「でもうちの母親の口癖は“目の前にいるファン、仕事のありがたみを…大変なことあるかもしれないけど、何があっても頑張りなさい”と言ってくれてたので、その言葉を思い出しながら当日は立ちました」と振り返った。
会見の中で、天国の母へ向け「高齢出産で生んでくれて、母の存在があったからここまでこれた。こんなに素敵な景色を見させてくれてありがとうと言いたいし、あなたの息子でありがとうと言いたい」と感謝を伝えていた。
卒業後については「アウトドアとか海外に行くのが好きなので、50歳にもなってバックパッカーとかやってみたいという思いもあります。あとは青森とか福島の方のみちのく潮風トレイルなども、のんびり歩きたいなとか考えてます」と夢を膨らませた。
純烈は2007年に酒井一圭を中心として6人グループを結成。10年にメジャーデビューを果たした。18年にグループ結成から11年で悲願の「第69回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たして以降、8年連続出場を達成。メンバーの脱退・卒業・加入を経て、現在は酒井、白川、後上翔太の初期メンバー3人体制で活動していた。
