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「普通の人が経験しなくてもよいことをした」

2019年9月、山梨県のキャンプ場で行方不明になった小学1年生・小倉美咲ちゃん(当時7歳)の母親、とも子さんは、この6年間をそう振り返る。

突然娘がいなくなり、警察が顔写真を公開する前から、SNSでは美咲ちゃんの顔が拡散され、「母親が殺した」「人身売買」といったデマが飛び交った。

殺害予告、押しかけてくる不審者、霊能力者からの接触、捜索ボランティア内の摩擦、そして突きつけられる「正論」。行方不明という深刻な事態だけでも苦しいのに、家族はさまざまなことで擦り減っていく。

2022年、娘の死を受け入れたとも子さんは「最愛の娘の天国での平安」を祈り続けている。5月は美咲ちゃんの誕生日。同級生たちは、すでに中学2年生になった。

出来事を落ち着いて語れるようになるまでには、長い時間が必要だった。家族が行方不明になった人は、何に直面し、どう耐えてきたのか。とも子さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

●警察も非公開の顔写真がSNSに広まる

2019年9月、美咲ちゃんは他の家族と一緒に訪れていたキャンプ場で行方不明になった。

警察からは「家に戻ってきたときに暮らしにくくなるから、顔出しは数日後がよい」とアドバイスを受け、当初の報道では名前だけが伝えられた。警察が顔写真を公開するのは、およそ1週間後となる。

しかしその間に、SNSではすでに美咲ちゃんの顔写真が広がっていた。とも子さんが経営するトリミングサロンのインスタグラムに掲載していた写真を、客や友人が「この子がいなくなった」と善意で拡散したことがきっかけだったとみられる。

テレビや新聞には顔が映らないのに、SNSだけで顔が広まる。そんないびつな状況が生まれていった。

もちろん、母親のとも子さんの顔もテレビには映らない。捜索に加わってくれた女性が、他のボランティアから母親と勘違いされて「母親の態度が悪かった」などとSNSで噂が広がることもあったという。

「フォロワーは500人ほどで、ほとんどがお客様や友人でした。過去には家族の顔写真も載せていましたが、その時はこんなことになるとは思っていませんでした。

当時、警察と一緒に現地で必死に捜索していましたが、美咲の情報が拡散したことで安否を気遣うLINEや電話が殺到し、山の中での捜索中にスマートフォンの電源が切れることが恐怖でした」(とも子さん)

●広がる「妄想」で犯人視される家族

断片的な情報だけで、事実の全体像を把握することは難しい。それでも、人はSNSやネットに出ている情報を過大評価し、断片をつなぎ合わせ「意味」を見出そうとする。

キャンプ当日、小学校ではもともと運動会が予定されていた。とも子さんは運動会で店を休むことをインスタグラムに投稿していたが、台風予報で運動会が延期になり、以前から誘われていたキャンプに参加した経緯までは書いていなかった。

そのため、ネット上の人々は「運動会で店を休みにしたのに、親子でキャンプに行っているのはおかしい」と騒ぎ始めた。

やがて、あるブログがとも子さんを犯人視し、「母親が怪しい」「人身売買・臓器売買した」などと虚偽を繰り返し投稿した。根拠のないデマは拡散され、「母親が殺した」と断定する声へとエスカレートする。夫や長女の個人情報まで晒された。

ブログ運営者の男は2年後、名誉毀損罪で有罪判決を受ける。1人5役の人格を使い分けてまで、ネット掲示板に投稿していたことも明らかになった。

「美咲に関する情報もたくさん届きましたが、それ以上に誹謗中傷が多かった。こうして振り返ってみると、誹謗中傷の発生を自分でコントロールすることはまったくできませんでした」(とも子さん)

●自分だけで情報を整理することの限界

店のインスタグラムには励ましも寄せられたが、中傷コメントの方が大きく脳裏に残っている。「頑張ってください」というコメントがたくさんあった中、数の少ない「母親が怪しい」というコメントのほうに、10倍の「いいね」をつけられた。

家族からも「SNSを閉じるべきだ」という声も出た。それでも、娘につながる手がかりをわずかでもつなぎとめるため、SNSをやめる選択はできなかった。

チラシを配り、現地で捜索を続けながら、コメントを確認する日々。並行して、誹謗中傷に法的措置をとるため、投稿のスクリーンショットを撮り続けた。スマートフォンのカメラロールは、中傷で埋め尽くされていった。

「家族だけで誹謗中傷と向き合い続けるのは限界がありました。SNSやホームページに集まる情報の整理、誹謗中傷の証拠を残すといった作業は負担が大きすぎて、心が疲弊しました。途中から友人や知人、ボランティアに頼るようになり、負担が大きく軽減しました」(とも子さん)

●「中傷」以上に苦しめられた「正論」

警察による大規模な捜索は16日間で終了した。

とも子さんはその後、顔と名前を出して積極的に取材に応じるようになる。この点も家族の中で意見は割れたが、現場に一緒にいた親としての自責の念を強く感じていたからだ。

そして、犯人扱いや誹謗中傷以上に心をえぐったのが、「正論」だった。

「一番つらかったのは正論でした。子どもを3人育て上げたという女性が『私だったら十数秒でも子どもから目を離さない』とフェイスブックを通じて実名でDMを送ってきました。私に責任があることは私自身が一番よくわかっています。誰よりも後悔しています。子どもが行方不明になった家族は、こうした言葉にも苦しむことになると思います」(とも子さん)

●捜索ボランティアに感謝しつつも…人間関係に疲弊

美咲ちゃんの行方を探す活動は、数年にわたって続いた。

警察が捜索活動を終了してからも、有志のボランティアが集まり、探し続けてくれた。多くは純粋に「美咲ちゃんを見つけたい」という思いからだったが、なかには「一旗あげたい」のではないかと感じさせる人もいたという。

活動の方針をめぐって人間関係の摩擦も生まれていった。

活動資金が尽きたとして、個人でクラウドファンディングを呼びかける人や、グループを去ってから批判を始める人もいたという。

美咲ちゃんの遺骨が発見され、とも子さんが捜索の終了を決断したときも、反対する人もいた。

「ボランティアで捜索に協力してくださる方の中には、過去に深い傷を負っている方もいます。善意には心から感謝していますが、精神的な不調からトラブルになるケースもありました。家族は、ボランティアとの関係にも気を配らなければならないことがあります」(とも子さん)

●霊能力者、スピリチュアル、その支持者…苦しむ家族につけこむ人々

子どもがいなくなったとき、家族は冷静さを失う。わずかな可能性にも、すがろうとする。

霊媒師、占い師、スピリチュアル──。「美咲ちゃんの居場所を知っている」「助けてあげる」と連絡をしてくる人が相次いだ。さらにその支持者や知人らしき人が「この人に見てもらったら絶対に助かるから」と強く勧めてくるケースも後を絶たなかった。

とも子さん自身も、普段なら絶対に関わることのない「霊能力者」の言葉に耳を傾けたことがある。しかし、どれだけ動いても成果はなかった。やがて「霊能力者やスピリチュアルをお断り」と公表するようになる。

なかでも最悪だったのは、霊視や占いの結果と称して「苦しい、助けてと美咲ちゃんが言ってる」などとネガティブなメッセージを送りつけてくる人たちだ。それが家族にとって、何かプラスになることはひとつでもあるだろうか。

注目される事件は、自称能力者にとって「名前を売る機会」にもなる。さらにメディアが無批判にコメントを求めることで、非科学的な存在にお墨付きを与えてしまう危うさもある。

「霊能力者の言葉を否定するために、ボランティアさんに地面を掘り起こしてもらったこともありました。でも、何も出てきませんでした。彼らの言葉はまったく役に立たなかったし、ただ時間の無駄でした。話題の事件に関わって名前を売りたかったのではないかと感じています」(とも子さん)

●弁護士の介入で、ようやく動き出した状況

店の住所はすぐに特定され、「明日行く」といった脅迫も届いた。外出もままならず、殺害予告を受ける中で、防犯カメラを設置し、自宅で常にモニターを確認する生活を余儀なくされた。

精神的に追い詰められる中で、転機となったのが弁護士の存在だった。

現在も代理人をつとめる小沢一仁弁護士が受任すると、状況は大きく動き出す。発信者情報の開示請求や損害賠償請求訴訟、メディア取材の窓口対応、会見への同席、殺害予告への刑事告発──。

それ以前にも、「話題の人」になっていたとも子さんに対して、「無料で対応する」と申し出た弁護士もいたが、次第に連絡が途絶えていったという。

●見えてきた現実、中傷は「ネットの総意」ではなかった

専門家に対応を任せ、生活が少しずつ落ち着きを取り戻すにつれ、見え方も変わっていった。

開示請求は約30人に対しておこなった。相手は若者から50代くらいの男性が多かったが、大学の准教授という立場の人も含まれていた。多くは謝罪に至った。

そして何より、身近な知り合いが含まれていなかったことに安堵した。

時間が経つにつれて、「助けたかったけど、自分もなにか言われるのが怖くて声をかけられなかった」と打ち明ける人も現れた。

「誹謗中傷は、どうしてもポジティブな声よりも目立ちます。落ち着いたからこそ理解できたわけですが、中傷はネットの代表者の声ではありませんでした。今では『こんな小さい声を理由に苦しむ必要ないな』と感じています。

渦中にいるときはどうしても気づけませんが、苦しんでいる人には、SNSやネットの“過激で悪い声を増幅する”仕組みに気づいてほしいです」(とも子さん)

●風化させたくない…顔を出した理由

美咲ちゃんは事件に巻き込まれた可能性があると信じ、生存を願い続けてきた。「犯人がいるなら身代金を要求してほしい」と思ったことも一度や二度ではない。

数年後、遺骨が見つかった。訃報の後は、「子どもが戻ってきてよかったね」「ご冥福を祈ります」という言葉さえ受け入れられず、SNSを見ることができなかった。

一方で、行方不明者の家族が顔出しでメディアに出ることは「勧められない」とも語る。実際、表に出たことで受けた中傷は少なくなかった。長い間、ニュースやSNSを見ることすらできない状態が続いた。

長女には、大切な家族の行方不明という出来事にとらわれずに生きてほしいと考えている。

とも子さんが個人で表に出続けるのは、今でも情報が欲しいからだ。

「北朝鮮拉致被害者の横田めぐみさんのお母さん、横田早紀江さんが今もメディアに出続けているのは、風化させたくないからではないかと思うことがあります。私もそうなので。小倉美咲、小倉とも子という名前が消えなければ、いつか美咲につながる情報が得られるのではないかと思います」(とも子さん)

●京都の事件、そして「素人探偵」へ

京都府南丹市で起きた小学生行方不明事件では、養父が死体遺棄の疑いで逮捕され、その後は殺人と死体遺棄の罪で起訴された。

とも子さんも関心を寄せていたが、報道が過熱した時期はテレビを見ないようにしていたという。

「テレビは見たくない情報やコメンテーターの憶測が入ってくるので、ネット記事から情報を得ていました」

SNSやYouTubeにあふれる「素人探偵」の見解も、意識的に見ないようにした。

「行方不明というテーマは拡散されやすく、承認欲求のために投稿する人もいるのではないかと思います。私たちに粘着してきた人たちにも、同じ印象がありました。

事実が確定しない段階で語るコメンテーターも困りますが、YouTubeやSNSはさらに深刻です。個人の見解をあたかも“みんなの意見”のように話すので。高齢の方などは完全にデマの情報なのに『YouTubeでやってたから!』と信じてしまう人もいました。

なにより、身近に疑わしい人物がいれば、警察がきちんと捜査します。素人探偵は必要ありません。そういう認識が広がってほしいと思います」