俵万智が解説。藤本美貴が詠んだ「育児短歌」に込められた「子どもとご飯」の本音
俵万智さん『サラダ記念日』が39年を経て新装版
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
歌人の俵万智さんのこの短歌は日本で一番有名な短歌と言っても過言ではないかもしれません。この短歌が掲載された短歌集『サラダ記念日』が出版されたのは、1987年5月のこと。およそ40年近く前の短歌集が、新装版として2026年4月に発売され、オリジナルと合わせて287万部の国民的ベストセラーとなっています。
具体的な言葉でみずみずしい感性をわずか31音前後で表現する短歌の魅力を伝えた俵さんが、今度は子育て真っ最中の世代はもちろん、すでに子どもが巣立った人、あるいはかつて子どもだった人も楽しめる書籍を上梓しました。それがテレビ朝日の人気バラエティ『夫が寝たあとに』との豪華なコラボレーションにより、育児短歌を集めた『みんなの短歌』(マガジンハウス)。「自分も似たような経験をした!」「子どもってこういうところがあるよね」と受け取る側が共感することも多く、“あるある”がぎっしり詰まっています。
本書は3部構成。第1章では、俵さんが育児短歌とはどういうものなのか、入門編として解説しています。
第2章では藤本美貴さん、横澤夏子さんをはじめ、書籍ゲストの書き下ろし短歌をご紹介。その魅力や、こうしたらもっとよくなるというような実践的なアドバイスを盛り込んでいます。さらに、詠んだときの気持ちが似ていたり、作り方に共通点が見られるような俵さんの短歌も、それぞれの作品に添えています。
第3章は、番組に寄せられた視聴者の短歌から100首を厳選しています。
そこで、『みんなの短歌』第二章より抜粋の上、短期集中連載としてご紹介。第1回は藤本美貴さんが詠んだ「こどもとご飯」をテーマにした歌をお届けします。
かけがえのない一瞬を生け捕りに
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
俵万智 作『未来のサイズ』
初めて寝返りを打ったとき、初めてハイハイをしたとき、初めて言葉を発したとき、初めてつかまり立ちをしたとき……。子育てをしていると、さまざまな「初めて」に出合います。そして「一生に一度の初めて」の瞬間を写真に撮ったり、日記に書いたりなどして、記念すべき大切な日として記憶に刻もうとします。
一方で、知らないうちに過ぎ去ってしまいがちなのが、最後の時間です。
「そういえば、絵本を最後に読んでやったのはいつだったかしら?」などと、しばらく経ってから、ふと思うことが意外とあるのに気がついて、終わってしまった寂しさを詠んだのが冒頭の歌です。
夜中の授乳や、泣き止まない子どもの抱っこなど、寝不足になりながら育児をしている最中は、「この時間が早く終わってほしい」「子どもが大きくなったらもう少し楽になるかな」などと思うことでしょう。だけど今しかない、かけがえのないひとときなのだと意識できたら、子どもとの向き合い方が変わってくるかもしれません。
育児が生活の中心になっている時期は、閉ざされた狭い世界に生きているように感じる方もいるかもしれません。けれど、この世に誕生して間もない子どもの視線や行動に、大人が気づかされることは無数にあって、実はとても深い世界を垣間見ることができるのだと、自分の経験から感じています。
これ以上ないほど尊い経験をしているのですから、瞬間瞬間に感じたことを、短歌にしないともったいない。そんなふうにさえ思うのです。
藤本美貴さんが作った短歌と、さらに素晴らしくするためのアドバイス
昨日まで大好きだったあのごはん嫌いになるの急すぎない?
藤本美貴 作
――子どもがおいしいと言った、八宝菜。野菜をいっぱい食べられるし、好きならいいじゃん! と思って週二で出したら、二週目でもう食べない。私、何の失敗をしたんだ? (藤本さん)
「あるある!」と言いたくなるような歌。昨日まで夢中だったものに見向きもしなくなってしまう、子どもの予測不可能な感じがよく表現できています。
藤本さんにとっての「あのごはん」は、八宝菜だったようです。
似たような体験をしていても、食べられるメニューは当然それぞれ違うので、もしかしたら「あのごはん」と表現したほうが、より多くの人が共感しやすいのでは、と考えたのかもしれません。
だけど読んだほうは、「あのごはんってなんだろう?」と、かえって気になってしまいませんか。
昨日まで大好きだった八宝菜嫌いになるの急すぎない?
メニューを具体的にすることで、情景がくっきりと浮かんできますよね。しかも八宝菜は、子どもが急に嫌いになりそうなメニューとして、すごくちょうどいい。飽きられる食べ物は家々で違っても、メニューが具体的になることで、「うちの場合はギョウザだわ」などと自然と置き換えて読むことができるのです。
最後の「急すぎない?」は六字なので、字足らずになっています。五・七・五・七・七のリズムを味方につけるのが短歌の基本で、字足らずを成立させるのは、実を言うとちょっと難しいのです。だけどこの場合は、「えっ、もう嫌いになっちゃったの!?」というガクッとした気持ちが、足りないことでうまく表現できていて、このままのほうがいいなと思いました。
俵さんが詠んだ「子どもとご飯」
子を連れて冷やし中華を食べに行くそれが私の今日の冒険
俵万智 作『プーさんの鼻』
子どもと食事といえば過去に作ったこんな短歌を思い出します。
母になる以前は当たり前にやっていた外食が、子ども連れだと冒険になるものです。とはいえ、外食といってもいろいろ。いきなりフレンチに連れて行くのは現実味がないし、ファミレスだったらそこまで気合いを入れなくていいかもしれない。「冷やし中華」という具体的なメニューを出すことで、情景がクリアになって冒険感が増すと思うのです。
お店で子どもがグズったらどうしよう、子ども用に取り分けるお皿はあるかな……などと、外食にはさまざまなハードルが待ち構えていますが、ひとつずつクリアして楽しみたいと思った歌です。
愛情いっぱいのみんなの短歌、読むことを楽しんだら、ぜひ作ることにもトライしてみてください。
