日本経済新聞と日経メディカルオンラインの共同調査(2026年3月実施、回答医師7460人)で、医師の地域偏在に対する危機感の大きさが改めて浮き彫りになった[1]。

 地域間の偏在が「非常に深刻」「やや深刻」と答えた医師は合計46%。小規模な自治体ほど危機感は強く、町村部では上記のような回答が65%に達した。一方、東京23区では29%にとどまっている。

医師の偏在問題、その裏側には一体どのようなメカニズムがあるのだろうか(写真:milatas/イメージマート)


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医師の4割が「開業規制は必要」と答えた

 医師偏在指標で見ても、首位の東京都(353.9)と最下位の岩手県(182.5)では約2倍の開きがある。

 こうした状況を受けて、医師の自由開業の原則を制限する規制が必要かという問いに対し、「必要」が42%、「必要ない」が21%。全年代で「必要」が「必要ない」を上回った。

 また2025年12月に成立した改正医療法により、2026年4月からは外来医師過多区域での新規開業に事前届出制が導入された[2]。都道府県の知事が、在宅医療など地域で不足する機能の提供を要請し、応じない場合は保険医療機関の指定期間を短縮できるという仕組みだ。

 医師の偏在は確かに深刻な問題であり、何らかの対策が必要だという認識は理解できる。規制の方向性にも、一定の合理性はあるだろう。

 ただ、それだけで本当に十分なのか。規制以外にも目を向けるべき論点があるのではないか。本稿では、「経済合理性」という視点から、医師の偏在問題について考えてみたい。

子どもの教育環境は、収入では補えない

 都市部で開業する医師は、高い家賃を払い、高い人件費を負担し、周囲には競合がひしめいている。それでもあえて都市部で開業しようとするのはなぜか。

 一方で、地方に行けば競合は少なく、コストも低い。経営数値だけを見れば、「儲かる」可能性はある。しかし、その水準の経済的リターンでは、医師にとって納得感がないのかもしれない。

 医師が都市部を選ぶ理由は、収入の問題ばかりではない。なかでも大きいのが子どもの教育環境だ。中学受験や進学校へのアクセス、塾や習い事の選択肢--これらは地方では代替が効かない。

医師がなぜ都市部で開業したがるのか。その背景には、子どもの教育環境などの理由がある(写真:graphica/イメージマート)


 医師は高学歴層であり、自身が受けてきた教育水準を子どもにも提供したいと考えるのは自然なことだ。配偶者のキャリアも含め、家族全体の生活設計において、都市部で暮らす方が有利な構造は厳然としてある。

 つまり、現状は都市部で暮らすことの方がトータルの合理性が高い。この構造を変えずに、ただ「都市部での開業を抑制する」と言ったところで、根本的な問題は解決しない。

 実際、地方に暮らしながら収入面では都市部と遜色のない待遇を得ている医師もいる。それでも「子どもが中学に上がるタイミングで都市部に戻る」という話は珍しくない。子どもの教育環境は、収入では補えない問題だ。

 ただし、こうした問題は決して変えられないものでもない。例えば、島根県の海士町にある隠岐島前高校は、独自のカリキュラムと寮制度が魅力となり、島外から高校生を集め、定員を超える志願者が押し寄せている。

 地方であっても、設計次第で教育環境を整え、強い武器にすることもできる。医師の偏在対策も、同じような発想が求められているのではないか。

一つのヒントになるドイツの開業規制

 医師偏在対策の議論で頻繁に引き合いに出されるのがドイツの制度だ。

 ドイツでは地域ごとに専門医の定員が設定されており、医師が充足している地域では、新規開業が認められない[3]。さらに診療所の承継も公募制となっており、親がその地域で開業したからといって、子どもが自動的に引き継げるとは保証されていないのだ[4]。日本の改正医療法と比較すると、はるかに厳格な制度設計である。

 コンサルティング会社のPwCによれば、ドイツでは2014年から2023年にかけて、各地域間の、人口あたりの外来医師の数の格差は縮小傾向にあり、医師の偏在対策は一定の成果を上げているという[5]。

 ただし、ここには重要な留保がある。この同じ期間、ドイツの就労医師の総数は25%も増加しており、日本の伸び率(約17%)と比べても、その差は大きい[5]。

 医師の総数が増えている中で、その偏在を是正するのと、医師不足が叫ばれる中で偏在を是正するのでは、条件がまったく異なる。つまり日本がドイツ式の規制を輸入しても、同じ効果を得られるとは限らない。

 もう一つ見落とされがちなのは、ドイツは規制だけで医師の偏在を是正しているわけではない、という事実だ。家庭医が不足している地区では、医師に対して開業支援金などの経済的なインセンティブを用意している。つまり規制と誘導の両輪で医師の偏在問題への対策を講じているのだ[4][6]。

 これに対して日本が今回導入した改正医療法は、規制としても中途半端であり(開業禁止ではなく抑制に留まる)、インセンティブの設計も不十分だ。両輪のどちらも回り切っていない。

経済的インセンティブで人を動かす米国

 ドイツとは対照的に、米国では半世紀以上にわたって、経済的インセンティブを医師の偏在是正の主要手段として活用してきた[7]。

 米国では、医療資源が乏しい地域をHPSA(Health Professional Shortage Area)やMUA(Medically Underserved Area)として指定し、これらの地域で勤務する医師に対して、診療報酬の優遇や学費・ローンの肩代わり、ビザ要件の免除などといったインセンティブを提供している。

 例えば、国立保健サービス団(NHSC)のプログラムでは、学費負担の代わりに医師不足地域での2〜4年間の勤務を求める仕組みがある[7]。

 日本にも「地域枠」という類似した制度はある。しかし米国のプログラムとの決定的な違いは、米国では医学生が入学後に自らの意思で参加を決められる点にある。「選択肢としてのインセンティブ」であり、「入口を縛る」わけではない。この設計思想の差は大きい。

規制がもたらす「意図せざる逃避」

 規制には、意図せざる副作用がつきまとう。開業規制の強化によって、2つの「逃避」が加速する可能性がある。

 第一に、保険医療から自由診療への逃避。

 保険診療での開業が規制によって窮屈になれば、規制の対象とならない美容医療や自費診療の領域に医師が流れる動きが加速するだろう。すでにこの傾向は顕在化しつつあるが、開業規制が、それをさらに後押しすることになりかねない。

保健診療の開業が厳しく規制されるようになれば、美容医療などに医師が流れる動きは加速するかもしれない(写真:graphica/イメージマート)


 偏在を是正し、地域の保険医療を守るための規制が、かえって保険医療の担い手を減らしてしまうという、見過ごせないパラドックスが生じかねない。

 第二に、次世代の医師のなり手が減るリスク。

 医師の家庭では、子どもを医師にする傾向が長く続いてきた。しかし、開業の自由が制限され、勤務地の選択にも制約がかかるとなれば、「自分の子どもには別の道を」と考える医師が増えても不思議ではない。医師という職業の魅力が損なわれれば、その影響は10年後、20年後の医師の質と量の両方に及ぶ。

 今回の調査でも、勤務医と開業医の間で温度差がある。病院勤務医の46%が規制を「必要」と答えた一方、開業医では「必要」が30%、「必要ない」が29%で拮抗していた。現場で開業に直面している層ほど、規制の副作用を肌で感じている表れだろう。

 労働市場においては普遍的な原則がある。規制を強めた業界からは人材が流出する。医療も例外ではない。

人を動かすのは「禁止」ではなく「仕組み」

 医師の偏在は深刻な問題で、何も対処しなくてよいとは思わない。規制に一定の効果があることも事実だろう。

 しかし、規制だけに頼るアプローチは、保険医療の担い手を自由診療に追いやり、次世代の医師のなり手を減らし、結果的に問題を悪化させるリスクをはらんでいる。

 人の行動を持続的に変えるのは、「禁止」ではなく「インセンティブ」だ。地方で医療をすることの経済合理性を、本気で高めていくこと。子どもの教育環境を含めた「生活の総合力」で都市部との差を縮めること。期間限定の地方経験が、キャリアの資産になる仕組みを作ること。

 ドイツが規制とインセンティブの両輪で動いているように、日本も規制だけでなく、医師が自ら地方で働きたくなるような設計を、本気で考える時期に来ている。

 それは医師を守ることであると同時に、医療を必要としている地方に暮らす人々を守ることでもある。

【参考文献・引用元】
[1] 「診療所開業『規制を』4割 医師、都市偏在を危惧」日本経済新聞(2026年4月10日)
[2] 「都市部の診療所、26年度から開業抑制 改正医療法が成立」日本経済新聞(2025年12月5日)
[3] 「ドイツにおける医師の就業事情とは?」民間医局コネクト
[4] 「見えてきた医師偏在対策、いずれはもっとドイツ式に?」日経メディカル(2026年1月24日)
[5] 「ドイツ・フランス・ロシアにおける医師偏在対策」PwCジャパン
[6] 「地方の家庭医にインセンティブ、ドイツの施策は効果があったか」日経メディカル(2025年4月3日)
[7] 「日本の未来とグローバルヘルス:医師偏在の緩和に妙薬はあるのか?(前編:米国および英国)」PwCジャパン
[8] 「医師地方開業で税負担減、厚労省要望」日本経済新聞(2025年8月26日)

筆者:中山 俊