突如、アメリカのAI産業が崖っぷちに…イラン攻撃で自らの首を絞めた結果、浮上した「身も蓋もない現実」
世界石油市場史上最大の供給途絶
2026年2月28日、米国とイスラエルによるイラン攻撃で幕を開けた戦争は、わずか数日のうちにホルムズ海峡をほぼ封鎖した。国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長はこの事態を、世界石油市場史上最大の供給途絶と形容している。
ブレント原油価格は一時1バレル100ドルを突破し、米国のガソリン小売価格は2022年以来初めて1ガロン4ドルに到達した。カタールのRas Laffan液化天然ガス施設では14基ある液化トレインのうち2基がイランのミサイル攻撃で損傷し、世界LNG容量の約3.5%が数年単位で失われる見通しとなった。
しかしこの戦争が、もう一つの戦場における勝敗までも静かに決めつつあることは、まだあまり語られていない。その戦場とは、AI産業である。
NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは2025年、業界関係者を前にこう語っていた。将来のあらゆるデータセンターは電力制約を受けるだろう。我々はもはや電力制約産業である、と。電力に縛られた産業にエネルギー危機が降りかかるとき、何が起きるのか。その答えを探ると、欧米主導と信じられてきたAI業界の地図が、思いがけない方向へ書き換わりつつあることが見えてくる。
米国AI産業の息切れ
AIがソフトウェア産業だと思われていた時代は、すでに終わっている。2025年を境に、この業界の実像はむしろ製鉄所や化学プラントに近づいた。鉄鉱石の代わりに半導体を、石炭の代わりに電力を大量に飲み込みながら回る、巨大な工業インフラである。
その規模は桁外れだ。米格付け会社ムーディーズの分析によれば、アルファベット、アマゾン、メタ、マイクロソフト、オラクルの5大ハイパースケーラー(巨大な規模のクラウド基盤を運営する事業者)はすでに合計9,690億ドル(約15.4兆円)の支出を確定させている。これはニュージーランドやポルトガルといった国々の国家予算に匹敵する額だ。
ところが、このうち約6,620億ドル分のデータセンター関連リース契約は、まだ着工すらしていない。問題は資金ではない。電気が足りないのだ。
米国最大の送電網運用者PJMインターコネクションは、2027年に6ギガワット分の信頼性要件不足に直面すると予測している。これは大型原子力発電所6基分に相当する規模だ。しかも米国では電力変圧器1台の調達リードタイムが143週--およそ2年9か月に及ぶ。中国における48週の約3倍という長さである。つまり米国がいま「電気を増やそう」と決断したとしても、実際に送電網へ新しい電子が流れ始めるのは、2029年以降だということになる。
発電側も同じような状況だ。米国のデータセンター向け電源の主力候補であるガスタービンについて、大手GEヴェノバの受注残は2025年末時点で80ギガワットに達し、そのバックログは2029年まで続く。シーメンスエナジー、三菱重工業など他の主要2社も同様の状況にあると見られる。いま発注しても、タービンに火を入れられるのは2030年前後--これが米国のAI向け電源をめぐる、身も蓋もない現実だ。
2025年末時点で、241ギガワット相当のデータセンターが米国の開発パイプラインに積み上がっており、年初比で約159%の増加となっている。この数字を送電網がそのまま吸収することは、物理的に不可能である。イラン紛争が始まる以前の段階で、米国のAI産業はすでに静かに息切れを起こしていたのだ。
コストが大幅削減
この息切れが顕在化しつつあった時期、地球の反対側では全く別のゲームが静かに進行していた。中国のAI開発者たちが追い求めていたのは、より大きなチップでも、より多くの電力でも、より豪華なデータセンターでもない。その正反対--「同じ知能を、いかに少ない計算資源で引き出すか」だった。
転機は2025年1月、中国のスタートアップDeepSeekが推論モデルR1を公開した瞬間である。性能はOpenAIのo1に肉薄する一方、API価格は数分の一。しかもモデルの重み(weights)を誰でも自由にダウンロード・改変できるオープンウェイト形式で公開された。R1は寛容なMITライセンスの下でオープンウェイトモデルとして公開され、誰でもダウンロード、検査、デプロイができた。
その直後、米テクノロジー関連株はわずか1日で合計およそ1兆ドルの時価総額を失い、世界の開発者たちはシリコンバレー以外にもう1つのAIの震源地があることを知らされた。
DeepSeekが採用した中核技術の1つが、MoE(Mixture of Experts、混合エキスパート)と呼ばれる設計だ。たとえばDeepSeek V3のMoE設計では、6,710億パラメータを搭載しながら、推論時にはトークンあたり370億パラメータしか活性化しない。
これをたとえ話で説明してみよう。いまここに、6,710人の従業員を抱える大企業があると想像してほしい。従来型のAIは、問い合わせが1件来るたびに、全従業員を会議室に集める。したがってその人件費--つまり電力消費--は途方もない額になる。
MoE方式はこれを根本から変える。質問ごとに「これは経理部門の問題」「これは法務部門の問題」と自動で振り分け、必要な約370人を呼び、残りは席で待機させたままにする。同じ頭脳規模を持ちながら、一回あたりの実行コストは小さな会社並みに抑えられる仕組みだ。
DeepSeekはここで歩みを止めなかった。2025年9月には実験版V3.2-Expを公開し、「DeepSeek Sparse Attention(DSA)」と名づけた新しい機構を導入する。これについては、長編小説を読んで質問に答える作業にたとえるとわかりやすい。
従来型のAIは、質問を受けるたびに全ページをもう一度読み直す。ページ数が倍になれば読む量は四倍に膨らむ。DSAはこれを、「目次と索引でまず当たりをつけ、関係ありそうな章だけを精読する」という人間的な読み方に置き換えた。DeepSeek自身の技術レポートによれば、この仕組みはモデル出力の品質をほぼ同一に保ちながら、長文脈における訓練と推論の効率を大幅に改善する。実地テストでは、長文脈APIコールのコストが最大でおよそ50%削減されることが報告されている。
制約が創意を強いた
興味深いのは、この効率化革命がエンジニアリングの美学から生まれたのではなく、地政学的な制約から生まれたという点である。米国の半導体輸出規制により、中国の開発者たちはNVIDIAの最新GPUを自由に購入することができない。限られた計算資源で最先端に並ぼうとするならば、アルゴリズムそのものを痩せさせる以外に道はなかった。制約が創意を強いた、と言い換えてもよい。
もちろんこの手法には障害もある。報道によれば、DeepSeekは後継モデルR2をHuaweiのAscendチップで訓練しようと試みたが、安定性の問題、チップ間接続の遅さ、ソフトウェアツールの未成熟により繰り返し失敗し、最終的にNVIDIAハードウェアに戻さざるを得なかったという。
V3.2-Exp自体はリリース初日からHuaweiのAscend系(CANNソフトウェアスタック)への対応を用意しているが、本格的な大規模訓練の現場は依然としてNVIDIAエコシステムに片足を残している。
それでも方向性は揺らいでいない。清華大学の劉知遠(Liu Zhiyuan)教授は、MIT Technology Reviewの取材にこう答えている――「計算資源とエネルギーは、あらゆるデプロイにおいて存在する制約である」。この一言こそが、中国のAI開発者たちが静かに共有している前提を、端的に言い表している。
中国が静かに積み上げた、もう一つの優位
中国の開発者たちが「軽量なアルゴリズム」に取り組み一方、彼らの足元にはもう一つの優位性が広がりつつあった。発電所から流れ込んでくる、膨大な量の電気である。
米連邦準備制度理事会(FRB)が2025年10月に公表したワーキングペーパー「The State of AI Competition in Advanced Economies」は、米中AI競争をめぐる通説をいくつか覆す数字を並べている。筆頭に来るのが電力だ。
国際エネルギー機関(IEA)データに基づくFRBの集計によれば、中国の設備発電容量は約3,200ギガワットに達し、米国の1,293ギガワット、EUの1,125ギガワットを大きく引き離している。これは単なる規模の問題ではない。中国は2024年だけで429ギガワットの純発電容量を新規に追加しており、これは米国が同年追加した容量の15倍を超える。ドイツの電力供給量をまるごと1つ、毎年追加している計算である。
この数字を読み解くうえで重要なのは、米中AI競争の常識的な構図が「チップ格差」--米国が圧倒的な優位を持つ--で語られてきたという文脈だ。FRBペーパー自身も、米国が世界のAIスーパーコンピュータ容量の74%を保持し、中国は14%にとどまると指摘している。それでもなお、同ペーパーは結論部で中国の最大の優位が「エネルギーインフラ」にあることを認めている。米国優位を支える報告書が、その例外として電力を挙げているのだ。
ブルッキングス研究所が2026年1月に開いた座談会で、この構図は「electron gap(電子の格差)」という言葉で表現された。同研究所フェローのカイル・チャンは次のように指摘する。「米国は最先端のAI半導体へのアクセスで優位に立つ一方、中国はエネルギーにおいて大きな優位を持つ」。この「電子の格差」は、両国のAIコンピューティングのバランスを再形成する可能性がある。
この格差は、単なる発電量の違いに還元できない。同じ座談会でエネルギー安全保障・気候イニシアチブのサマンサ・グロス所長はこう述べている。「中国は、住民の反対に煩わされることなく迅速に物を建てる能力を持っている」。
さらに中国は需要増に先んじて発電能力を建設するのに対し、米国の電力需要は過去20年近くほぼ横ばいだったあと、ようやくいま成長し始めたばかりだ。ここには、計画経済と自由市場の優劣というイデオロギー的な話ではなく、もっと身も蓋もない現実がある。電力インフラは需要が来てから慌てて建てても間に合わない、ということだ。
そしてここに、2026年2月28日のイラン戦争が覆いかぶさる。ホルムズ海峡のほぼ封鎖により、世界は紛争前にホルムズ海峡を通過していた約2,000万バレル/日と比較し、現在約1,100万バレル/日--世界供給の約11%--の原油を失っている。これは1973年と1979年のオイルショックを合わせたよりも大きい規模だ。欧州の卸電力価格は天然ガス価格の高騰とともに上昇を続けている。
【後編を読む】ここにきてシリコンバレーの起業家たちが「中国製AI」に乗り換え始めた「納得の理由」
