『誰だって無価値な自分と闘っている』Netflix配信中

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 韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』が、4月18日よりNetflixで配信がスタートした。『またオ・ヘヨン!』『私の解放日誌』のパク・ヘヨンが脚本を手がけ、ク・ギョファンとコ・ユンジョンを主演に助演がオ・ジョンセやカン・マルグムらといった、実力と人気を兼ね備えた俳優陣がキャスティングされた今春注目のNetflixシリーズである。

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●パク・ヘヨン脚本が紡ぐ、光と影のコントラスト

 映画業界を舞台にした本作は、映画監督のファン・ドンマン(ク・ギョファン)とプロデューサーであるピョン・ウナ(コ・ユンジョン)を中心に繰り広げられる群像劇のようなドラマだ。同期の映画人で作るグループ「8人会」の中、ただ1人デビューできず20年が経っているドンマンは仲間に絡むことで憂さ晴らしをするので、パク・ギョンセ(オ・ジョンセ)らからも爪弾き気味だ。

 “斧”という異名を持つほど、持ち込まれた脚本を舌鋒鋭く批判する敏腕プロデューサーだったウナは、ある悲しい経験をきっかけに無気力な日々を送っている。狭い業界で顔見知り程度だった2人は、互いの劣等感や不安で繋がり合い“自らの無価値さ”に向き合っていく。

 本作はモノローグの多さが特徴的だ。仲間の誰かが興行に成功すれば嫉妬心むき出しにやっかみをまき散らし、失敗すれば嬉しそうに侮蔑まじりで慰めてくるドンマンは実に不快で、付き合いきれない。そんな彼が、周囲に当たり散らしてさえも解きほぐすことができない胸のうちが、脚本家パク・へヨンならではのキャラクターの心情をつぶさに掘り下げた言葉たちで紡がれる。人間の動と静、感情における光と影のコントラストが、ドラマに深い余韻をもたらす。

 ク・ギョファンがまた、わざとこちらを不愉快にさせようと振る舞いながらも底に悔しさをにじませたような表情も見せることで、「ただ性格の悪い嫌な奴」などとむやみに遠ざけられない人間性を体現しきっている。「私も同じなのに、自分の価値がないことを隠そうとやかましくもがく人間のことが、なぜまたそんなに嫌いなのだろう。そういう人間を抱きしめられなければ 自分を抱きしめられないことだとはっきり分かっていても、憎しみは止まらない」(※1)という製作意図が、演出とキャストの相乗効果で上手く表現されている。

●肩書き社会に抗う「名前の絶叫」と「感情ウォッチ」

 配信開始して日が浅いにもかかわらず、すでに記憶に残るシーンがいくつもあるが、ドンマンが毎晩、丘のようなところに上がり自分の名前を叫び続けるシークエンスが特に印象深い。

 「ファン・ドンマン!」と何度も大声で呼びかけ、最後にまた自分で「はい!」と応答するのは、「この声が届いたなら、それが自分のものになる」からと日課にしているのだそうだ。ドンマンは心拍数などから感情を読み取る「感情ウォッチ」と呼ぶスマートウォッチをつけている。治験現場で、ドンマンは「映画監督」ではなく「無職の40代男性」と呼ばれた瞬間激しい動悸に襲われ、「極度の羞恥」と表示された。「無職と聞くと動悸がする」と大げさに愚痴るドンマンに対し、8人会のメンバーは疎ましげだ。

 「無職」、つまり社会的に無為であることへの恐怖心も、名前を呼ぶことで何かを自分のものにできるという“信仰”も、実に痛ましく思うと同時に奮い立たされるような気持ちになる。彼は相手を肩書きで判断してしまいがちな社会に抗い、“ファン・ドンマン”という固有名詞を、叫び続けることで取り戻そうとしているのではないだろうか。本来優劣などありはしないはずの名前の代わりに職業で分けられた肩書を付与され、それで人間の値打ちが決まると信じ込まされている社会に、素手で立ち向かっていくドンマンの愚直さでしか救えないものがある。

 他方ウナもまたドンマンと同じ感情ウォッチをつけているが、心が消耗し感情を失ってしまったため「不明」と表示されてしまう。病院で診察を受けた時、ウナは主治医から治療のために感情に名前をつけることを勧められる。どんな感情かと問われ、自分だけが取り残されたような感じで「自爆したい感じ」と小さく答えるウナ。名付けようのない感情を解きほぐすことで、ウナもまた回復していくであろう展開が兆しているシーンだった。

 本作が日本での配信が発表された当初、『誰だってもっと自分を好きになろうとしてる』という邦題だった。しかしSNSなどでは「原題のニュアンスが弱まっている」といった不満が見られると、のちにNetflixの同作の配信ページのタイトルが『誰だって無価値な自分と闘っている』に改められていた(※2)。改題の真偽のほどは確かではないにしろ、それだけタイトル通り自身の無価値と闘っている人が多いということだろう。その苦闘は、「好きになる」というほど生易しくなく、ドンマンのように時に周囲から疎外され、満身創痍になるものだ。だからこそこのドラマが、人生の羅針盤を見失った大人たちを深く慰めてくれるはずだ。

参照※1. https://tv.jtbc.co.kr/plan/pr10011927※2. https://s.cinemacafe.net/article/2026/04/18/108743.html(文=荒井南)