太宰府天満宮は多くの観光客で賑わうが…

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 2025年、福岡県太宰府市の「古代日本の『西の都』〜東アジアとの交流拠点〜」というストーリーが、“日本遺産”の認定を取り消された。日本遺産の認定取り消しは初めてとなる。ストーリー性の不足をはじめ、周辺地域との連携が不足していることなどが主な理由だったと報じられている。

 しかし、そもそも「日本遺産ってなんだ?」「世界遺産とどう違うの」という声がネット上では少なくない。ある大手旅行会社の社員からは、「日本遺産になっているからといって、旅行先に選ぶ人はほぼいない」という厳しい声が聞かれた。日本遺産に認定されたところで、何か意味があるのだろうか。【取材・文=山内貴範】

【写真】「登録されてもされてなくても関係ない」の声も…知名度の低さが指摘される「日本遺産」の例

日本遺産なんて「知らない」

 日本遺産は世界遺産に登録されなかった地域を救済する意味で、文化庁が2015年から認定を始めた。太宰府市の「古代日本の『西の都』〜東アジアとの交流拠点〜」は2021年に認定された。市のホームページには“「西の都」太宰府”や“世界とつながる「西の都」”などのストーリーが認定されたとある。

太宰府天満宮は多くの観光客で賑わうが…

 従来の世界遺産や国宝などとの違いは、認定に当たって“ストーリー”を重視している点にある。つまり、世界遺産や国宝であれば、そのエリアや個々の建築物などが選定や指定の対象になるのだが、日本遺産は物語性を重んじており、一覧を見ると、歴史学的に評価が定まっていないストーリーも含まれているように見受けられる。

 そして、認知度の低さは文化庁も問題視しているようである。自治体が行った調査を見ても、日本遺産の認知度は軒並み低い。長崎県が行った「令和7年度 長崎県の日本遺産認知度等調査結果」によると、日本遺産について「知らない」が19%と2割近くを占め、「名称だけは聞いたことがある」が35%で、半数以上はあまり関心がない印象である。

 長崎県の調査結果に掲載されている回答者のコメントを見ても、「世界・日本といろんな認定があり過ぎて差別化が分からない」「飽和状態に陥っているように感じる」「日本遺産という名称には聞き馴染みがない」「日本遺産という名称はたまに耳にするので、そういうのがあるんだなぁという認識はありますが、その内容については詳しくは知らない」など、なかなか手厳しい。

 日本遺産の問題は、文化財保護が目的なのか、観光振興が目的なのか、狙いがわかりにくい点にある。文化財保護であれば、従来の世界遺産や国宝などの制度で十分であろう。観光振興が目的なのであれば知名度向上を図るべきだが、認定開始から10年以上経った今でも知名度は低いままでは、制度に何らかの欠陥があるとみていいのではないか。

日本遺産の特集をしても「反応は鈍い」

 筆者は、これまでに数多くの旅行関係の書籍や雑誌で原稿を執筆してきた縁で、大手旅行会社や旅行ガイドの編集部にも多くの知り合いがいる。著名な旅行ガイドの製作に携わってきたベテランの編集者A氏に、日本遺産の認知度について匿名で話を聞いた。

――日本遺産の認知度について、どう思っていますか。

A:私たちがこう言うと怒られますが、正直、全然知名度がないと思います。私どもがターゲットにしている読者層は、日本の歴史や文化に深い関心を持っている人たちなのですが、そういった層にも浸透していません。なので、女子高生やサラリーマンといった、一般的な旅行者はほとんど知らないと言っていいでしょう。

 私どもの雑誌でも、日本遺産の認定が始まったときに記事を作ったことがあるのですが、反響は鈍かった。以後、日本遺産を前面に推し出した特集は、ほぼ作っていませんね。施設の説明の際、軽く触れる程度にとどまっています。

――日本遺産の認知度が低いのは、なぜだと考えますか。

A:まず、ネーミングがいまいちですよね。世界遺産が圧倒的な存在感があるので、その下、みたいなイメージはぬぐえないのではないでしょうか。さらに、認定に際してストーリーを軸にしているというのも、よくありません。ストーリーを大切にするなら、地元に語り部のような人材を積極的に配置すべきだし、案内板にもひと工夫がいると思います。

 世界遺産だって、すべての施設が観光客でごった返しているかと言うと、そうではありませんよね。それならば、なおさら日本遺産は厳しいでしょう。観光客が多く訪れているエリアもありますが、それはもともと観光地として魅力があったエリアに限られていて、認定がきっかけで爆発的に知名度が上がった例はほぼないとみていいと思います。

世界遺産、国宝……もっとも認知度が高いのは

――ストーリー重視なら、有名なアニメーターや声優に依頼し、アニメを作ってPRするのも有効だと思います。

A:そういった工夫があるといいですよね。ちなみに、東京都八王子市では日本遺産のPRの一環で「日々は過ぎれど飯うまし」というアニメとコラボを行っています。神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社は、日本遺産の「大山詣り」に縁の深い伝統芸能をPRするため、「大山詣り奇譚録 時をかける納太刀」というアニメを作りました。声優には緒方恵美さんが起用されています。

――日本遺産の認定が取り消された大宰府市は、これからどうなるのでしょう。

A:太宰府市はもともと観光資源が多いエリアですし、日本遺産の認定が取り消されても、ほとんど影響はないとみています。私も行ったことが何度もありますが、地域の人たちは地元の文化に誇りを持っている印象を受けました。

――文化財に関する制度にもいろいろあり、世界遺産、日本遺産、国宝、重要文化財、日本遺産、伝統的建造物群保存地区……など、本当にいろいろあります。旅行の目的になりやすいのはどれでしょうか。

A:何と言っても、世界遺産です。日本国内はもとより、海外にもPRできますからね。みなさんが海外旅行をする際にまず目的地にするのは、世界遺産ですよね。ヴェルサイユ宮殿も、モン・サン=ミシェルも、万里の長城も、自由の女神もすべて世界遺産。海外の方が日本旅行をする際も、姫路城とか、法隆寺のような世界遺産を見に行こうとします。

 意外に強いなと思うのは、国宝です。映画「国宝」のヒットで、国宝という単語の知名度も上がり、ポジティブでプラスなイメージがますます高まりましたから。一方で、重要文化財はちょっと知名度で難がありますね。登録文化財というものもありますが、専門家や愛好家はまだしも、旅行者には違いがわかりにくいです。

 姫路市のように国宝の城が誇りになっている地域もある一方で、まったく住民が関心を持っていない地域も少なくありません。どんな制度であっても、地域ごとの温度差は大きいです。結局のところ、日本遺産であろうと、世界遺産であろうと、それを活かせるかどうかは地域の人の努力次第だと思います。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部