病名がつかず、周囲の理解も得られない…IQ84以下 「境界知能の人たち」が直面する生きづらさ

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どうしようもない生きづらさを抱えながら、周囲に理解されないーー。その当事者を見守ってきたのは、著書に『境界知能の人たち』(講談社)がある、青山学院大学教授の古荘純一氏だ。第一人者が、ケアの重要性について語る。

【前編を読む】「怠惰で仕事ができない」と職場では判断されて…見た目は普通、「境界知能の人」が見ている風景

SNSの普及で追い詰められる

また、境界知能はあくまで知能指数による分類で、病名ではありません。そのため、当事者の多くが原因を自覚しないまま、うまくいかない自分を責め続けてしまい、うつ病や不安障害などの精神疾患を二次的に引き起こしやすい傾向があります。ヨウコさんが精神科に通うようになったのも、まさにそういった経緯でした。

境界知能の人は、計画的に考えることが苦手な場合も多く、食べたい物ばかり食べ続けて生活習慣病になりやすかったり、ヨウコさんのように金銭の管理ができなかったり、実にさまざまな生きづらさに直面します。

問題は、ADHDやASDなどの発達障害や知的障害と異なり、境界知能は公的な支援が用意されていないことです。知的障害者向けの療育手帳も交付されず、発達障害者の支援枠にも入れない。うつ病などの病名でかろうじて支援に繋げようとする現場の担当者もいますが、根底にある知的機能へのサポートには届かないのです。

こうした状況は、現代社会においてさらに深刻さを増しています。かつて、地域や近所で何かしらの共同体があった時代は、境界知能の人たちも周囲の助けを借りながら、それなりにやっていけました。ところが今は、地域のつながりが薄れ、少しでもうまくいかなければ自己責任を問われる時代です。

加えて、SNSやデジタル技術の普及が、境界知能の人たちをさらに追い詰めている可能性もあります。情報の取捨選択や処理が苦手な傾向があるため、フェイクニュースや投資詐欺、闇バイトの誘いに乗ってしまいやすい。突然の変化に順応するのも苦手で、アプリの仕様変更やアップデートなど、次々と更新されるシステムにも大きな負担を感じます。

境界知能はIQという数字で線を引いた枠組みに過ぎないので、テクノロジーの急速な進化についていけず、境界知能の人たちと似たような困難に陥っている人は、7人に1人よりもはるかに多い気さえします。

日本は支援体制が不十分

しかし、これは個人の努力だけで解決できる問題ではありません。むしろ制度の問題です。

繰り返しますが、境界知能は病名がつかないため、現行の支援制度は活用できません。

韓国では国策として、境界知能を早期発見する検査ツールを開発し、支援体制を整える準備が進んでいます。アメリカや北欧では、軽度の知的障害者や境界知能の人たちに高等教育の機会が保障されています。

一方の日本は、一部の地域では支援体制が整いつつありますが、国全体では不十分と言わざるを得ません。障害者手帳を持っていないと対象外と見なされ、適切な支援を受けられないのが現状です。

ただし、IQ84以下の人全員を支援の対象にすれば、今度は少し数字を上回った人が困難を感じても支援を受けられないという、同じ問題が繰り返されるだけです。数字で線引きする限り、その矛盾は解消されません。

私はこども家庭庁のヒアリングでもこの問題を説明していますが、LGBTQの理解増進法のように、境界知能への理解を広げる法整備が必要だと考えています。

まずは、多くの人が境界知能について正しく認識し、想像力を働かせることからはじめるしかありません。

古荘純一(ふるしょう・じゅんいち)/昭和大学医学部卒。専門は小児精神医学、小児神経学など。トラウマケアなどの研究を続けながら、教職者や保育士への講演も行う(撮影/市谷明美)

「週刊現代」2026年4月13日号より

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