《“10分でも構いません”と手紙が》雅子さま 福島ご訪問で子供たちへの激励に奔走…突き動かす「13年前の少女からの直訴」
発表会のさなか、福島県の特産品である柿や桃に関する風評被害を思い出して、思わず涙ぐんだ男子高校生。その姿に雅子さまご自身も目に涙をためながらこう励まされた。
「泣かないでください」――。
’13年8月、天皇陛下と雅子さまは、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターをご訪問。被災地の中高生たちが参加した教育復興プロジェクト「OECD東北スクール」の取組発表会に臨席された。雅子さまと福島県の少年との心の交流は、そのときのワンシーンだ。
それから13年、4月6日から天皇陛下と雅子さまは愛子さまを伴われ、福島県を訪問されている。
「1泊2日の行程で福島第一原発事故後、いまも一部に帰還困難区域がある双葉町、富岡町、大熊町、浪江町などを回られています。特に福島第一原発がある双葉町と大熊町を皇室の方々が訪問されるのは震災後初めてのことです。
そうした機会に愛子さまをお連れになることからも、被災地への両陛下の並々ならぬお気持ちが伝わってきます」(皇室担当記者)
’11年3月11日に発生した東日本大震災。地震や津波による被害のみならず、福島県の人々は原発事故で拡散した放射性物質のために避難を余儀なくされ、いまだに風評被害に苦しめられている。
前出の皇室担当記者は続ける。
「農産物は販売不振や価格下落などの影響を大きく受けました。全国的な供給懸念により米や野菜の取引価格は上昇傾向にあるそうですが、桃や和牛などは回復が鈍いとされています。政治的な理由もありますが、いまも中国は福島県などの一部地域の日本の水産品を輸入禁止対象にしています。福島県出身の児童へのいじめも社会問題となりました」
この15年間、雅子さまは原発被害とも向き合わざるをえない福島の少年少女たちにお心を深く寄せられてきた。
「その象徴といえるのが、復興事業への協力や、グローバルな人材育成を目的としていたOECD東北スクールの応援です。
交流が始まったきっかけは’13年2月当時、福島県いわき市で被災した高校2年生の少女が雅子さまへ手紙を送ったことでした」(前出・皇室担当記者)
そのころ東北スクールは、パリで東北の復興をPRするイベントを計画していたのだ。少女は手紙にこうつづったという。
《8月に東京で中間報告をします。たとえ10分でも構いません。お越しいただけないですか》
■「夢に向かって、これからも頑張ってください」
その手紙が両陛下を動かし、冒頭のような中間報告会のご臨席が実現。少年少女たちを「皆さんの思いは伝わりました」「応援しています」と励まされたのだ。
「さらに’14年にパリでのイベントが成功した後の’15年2月、両陛下はスクールの主要メンバーを東宮御所に招待されたのです。
そのなかにいた男子高校生は、その後、アメリカに留学。両陛下との東宮御所でのご懇談により、“福島のためにできることがきっとある”と勇気づけられたそうです」(前出・皇室担当記者)
東北スクールの運営事務局でプロジェクトマネージャーを務めていた福島大学前学長の三浦浩喜さんはこう話す。
「今回の福島ご訪問で、愛子さまはご自身と同世代の人々が、復興や教育に貢献している姿をご覧になると思います。両陛下が被災地に寄せられているお気持ちを愛子さまが引き継いでいかれるのなら、それは私たち福島県民にとって大変ありがたいことです」
文部科学省の担当官として三浦さんといっしょに東北スクールを立ち上げた南郷市兵さんは、福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校の副校長も務めた。
両陛下は’15年には、ふたば未来学園で、授業風景をご覧になっている。そのとき高校1年生だった新妻留菜さんはいま26歳。雅子さまのお言葉について、震災から15年の節目にあたり、本誌に次のように語ってくれていた。
「地域の課題解決に向けた取り組みをテーマにした生徒の話し合いを、両陛下はご覧になりました。雅子さまは、みんなをいたわるお言葉を述べながら、『夢に向かって、これからも頑張ってください』と、おっしゃってくださったのです。
そのお言葉により地域復興のために頑張っていきたいという気持ちになり、いまもそれは変わっていません。また愛子さまと私は1学年違いなのですが、愛子さまのご来訪で、さらに多くの方に東日本大震災について考えていただけるのではないかと思っています」
1人でも多くの福島の子供たちを激励するため、雅子さまは今回のご訪問でも子供たちとのご対面を熱望されていたという。
「4月7日に先進的な教育施設として知られる『学び舎(や)ゆめの森』を視察されます。“町の復興への思いを話し合う”中学生の授業や、“自らの興味関心を追求する”小学生の授業もご覧になる予定です。両陛下はもちろん愛子さまも福島の未来を担う子供たちを勇気づけられることでしょう」(前出・皇室担当記者)
三浦さんの盟友・南郷さんは、3月まで学び舎ゆめの森の校長も務めていた。
「両陛下と東北スクール、浜通りの教育とのご縁を感じました」(三浦さん)
“原発事故のネガティブなイメージがついてしまった福島の名誉回復を”“福島の子供たちには、私たちとともに世界を翔けて未来を輝かせてほしい”、そんな雅子さまの真の復興への悲願は、いま愛子さまに託された。
