羽月被告

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【写真を見る】SNSの密売アカウントには<寝る前の一服に超最高>の文字…。電子タバコのカートリッジに入った“エトミデート”の実物。ゾンビたばことして蔓延し続けている

相次ぐ逮捕者

 2月25日、広島東洋カープは「ゾンビたばこを使用したとして逮捕・起訴された羽月隆太郎被告との選手契約を解除した」と発表。羽月被告は、指定薬物エトミデート(Etomidate)、いわゆる“ゾンビたばこ”を使用した容疑で、1月27日に広島県警によって逮捕されていた。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

 前途有望な選手だっただけに契約解除とは残念としか言いようがないが、今回の事件が、沖縄を中心に社会問題となっていたゾンビたばこの知名度を一気に押し上げ、全国的に危機感をもたらしたことは間違いないだろう。多くのメディアが事件を取り上げ、筆者もデイリー新潮編集部の取材に応じて、エトミデートの実態について簡単にレクした。1月30日配信の記事【広島カープ「羽月容疑者」逮捕の衝撃…元マトリ部長が明かす“ゾンビたばこ”の正体「効果がすぐに切れるので、また使いたくなり、“依存”へと陥ってしまう」】でご確認いただきたい。

羽月被告

 だが、その後もエトミデートの勢いは収まらず、2月26日には近畿のマトリが男女2名のエトミデート使用者を逮捕し、多数の証拠品を押収している。

 長年、薬物対策に携わってきた筆者のチームにも「なぜいまエトミデートなのか? 報道だけでは全体像がよく掴めないが、他にも危険な“新種”が出回っているのか?」といった問い合わせが続々と寄せられている。確かに、大麻ブームの只中に突如として現れた、耳慣れないカタカナ名称の新たな薬物に、混乱が生じても致し方がないだろう。今回はこのエトミデートをはじめ警戒を要する関係物質について、筆者の経験と知見をもとに改めて一問一答形式で紹介したい。

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(1)ゾンビたばこいつ頃からで出回っているのか

 筆者がエトミデートの存在を意識したのは、コロナ禍が収束する少し前の2023年1月のことだった。中国語を専攻する大学生カップル(A男とB子)から「実は台北でゾンビたばこをやってしまって……。ゾンビたばこの詳細について教えてもらえませんか」との相談を受けたことがきっかけだった。

 詳しく聞いてみると、2人は日台の渡航制限が解除された22年12月に、久しぶりに台北へと渡航し、信義区にある馴染みのナイトクラブへ行ったという。そこで知り合った男から「これ合法大麻、CBDみたいなものだよ。安くするから!」と勧められるがまま、電子タバコの機器ごと4000元(日本円約2万円)で購入。ホテルに戻って2人で吸引すると、A男はいきなり酒に酔ったようなフワフワとした気分になったが、傍らのB子はガクガクと手足を振るわせて白目を剥きながら痙攣し始めたそうだ。慌てて救急搬送したことで、彼女はどうにか回復したものの、ドクターからは次のように釘を刺された。

「君たちが使ったものは、おそらく医療用の麻酔が溶かされた“ゾンビたばこカートリッジ(喪屍菸弾)”と呼ばれている危険なリキッドだ。未規制なので流行しているが、気をつけなさい」

 この話を聞いた筆者は早速、友人の台湾捜査官や医療者に連絡して情報提供を求めた。すると次のような話が寄せられたのだ。

「ゾンビたばこは台湾のみならず、チャイニーズ圏全域で“トレンドドラッグ”になっている。ハイになるタバコ(上頭菸)、スリープカートリッジ(睡眠菸弾)、マジックタバコカートリッジ(神奇菸弾)、合法マリファナ(合法替代大麻)などとも呼ばれます。いずれもプロピレングリコールやグリセロールといった食品添加物に、医療用として用いられる短時間型静脈麻酔“エトミデート”を僅かに溶解させたもの。混ぜられているエトミデートはもちろん違法な密輸品。これが電子タバコのカートリッジに充填された状態で、SNS上やナイトクラブで売られています」

台湾では覚醒剤と同レベルの“毒品”扱い

 ゾンビたばこは1〜2服の吸引でアルコールに酔ったような状態になる。それ以上、続けると足元がおぼつかなくなり、腰を屈めてふらつきだす。そうなると目の焦点が合わなくなって、まともに喋れることもできない。いきなり震えだし、痙攣しながら昏睡してしまう者も少なくない。なかには混乱や異常な興奮を来して、自分の行動を制御できなくなる者も見かける。

「先日、走行中の車に半裸の状態でぶら下がり、喚めき散らす男と出くわした。これには驚いた……。こういった様子から使用者はゾンビ(喪屍)と揶揄されるようになって、ゾンビたばこという名称が生まれたのです」

 その後も台湾では、ゾンビたばこが多くの事件や事故を誘発し続けた。そして、2024年8月5日、台湾政府はエトミデートを毒品危害防制条例(日本の麻薬関係法律に匹敵)の“第3級物資”に指定する。第3級にはケタミン、コデインなどの物質が収載されている。だが、それでも被害が拡大し続けたため、同年11月14日には、覚醒剤やMDMA、LSD、大麻などと同レベルの“第2級物質”に格上げして取締りを強化するに至ったという。

 筆者の記憶では、時を同じくしてエトミデートが沖縄に上陸したように思う。香港、中国、韓国といった国や都市でも同様に規制を強化しているが、読者もご承知のとおり、沖縄では「笑気麻酔」という名称でゾンビたばこが急速に拡散し、若者たちを蝕んでいった。25年に入ると、国や沖縄県は事態を重くみて注意喚起を徹底。5月16日には、厚生労働省がエトミデートを医薬品医療機器法上の指定薬物に指定(施行は5月26日)し、本格的な取締りを開始した経緯がある。

(2)エトミデートは医療でも使われているのか。

 海外の多くの国々でエトミデートは鎮静剤や麻酔導入薬として用いられている。以下は少し専門的な解説になるが、ぜひ知ってほしいので記述していきたい。

 エトミデートは通称名で、物質名は「エチル=1−(1−フェニルエチル)−1H−イミダゾール−5−カルボキシラート」という。医学文献によれば1964年に合成され、72年から医療現場で実用化されている。

 速効性があって効力も高く、体内分解や排出も速い。さらに安価に合成できるため、全身麻酔手術の導入静脈麻酔(患者を速やかに入眠状態にするために静脈に注入する麻酔)や、処置鎮静剤(内視鏡検査などで患者の意識レベルを低下させ、うたた寝のような状態にする麻酔)などとして、欧米やアジア各国で使用されるようになった。

 ところが、副腎皮質機能を抑制したり、子どもに投与した場合に認知機能障害を引き起こしたりする可能性などが示されたため、アメリカやカナダ、オーストラリアなどでは使用を中止にしている。日本ではそもそも安全性が定かでなかったためか医薬品として承認していない。より安全で効果的な麻酔が存在するということも理由だったのだろう。今般、日本でも不正エトミデートの含有物が出回り、急速に拡散したため、上記の経過を辿って規制されることとなった。

(3)不正に使用するときは電子タバコを使うのか

 不正使用の場合、エトミデートが溶かされたリキッドをベイプ(VAPE)と呼ばれる電子タバコ機器で電気加熱し、成分をエアゾル化して吸引する。一方、加熱式タバコは煙草の葉そのものを電気加熱して、成分をエアゾル化させて吸引する機器のことを指す。基本的には同じ原理と言えるが、日本では電子タバコが雑貨扱いなのに対し、加熱式タバコはタバコ事業法の対象になっている。

(4)そもそも何の目的でゾンビたばこを吸うのか

 他のドラッグと同様に好奇心や興味本位、仲間意識が使用のきっかけと言えよう。しかし、使用を繰り返すうち「酒に酔ったようなハッピーでフワフワとした高揚感」を求めるようになっていく。どういうわけか「集中力が増す」と口にする使用者もいた。吸うといきなり効き目が出るが、消失するのもあっという間だ。医療用でも、注射後30分で効果は減少するとされている。そのため、使用者は効き目の継続を求め、短時間に何度も吸引する。そして、これを繰り返すうちに早期に“依存”に陥ってしまう。つまり、かなり速いペースで負のスパイラルにハマるわけだ。未経験だったり、摂取量が多かったり、常習したりすると、先述したように痙攣や昏睡といった中毒症状を呈すことになる。永久神経障害や死に至ることも珍しくない。

(5)ゾンビたばこはどのように売られているのか

 ゾンビたばこというスラングでは売られていない。沖縄で蔓延が始まった当初は「笑気麻酔」という俗称が使われていた。SNS上では<いま流行の笑気麻酔あります。那覇手押し、業販も応じます。詳しくはチャンネル(※テレグラムチャンネルのこと)まで>といったキャッチで配達密売されていた。

 価格は電子タバコのカートリッジ1本が,2万〜3万円だった。笑気麻酔は「笑気ガス」とも呼ばれるが、語源は歯科医療で使うことのある“笑気吸入鎮静法”だろう。低濃度の亜酸化窒素と酸素を患者の鼻から吸わせて、痛みを感じにくくする麻酔方法のことだ。

 亜酸化窒素を吸入すると筋肉が緩み、笑ったような表情になることから“笑気”と通称されるようになったらしい。エトミデートと笑気は全く違う麻酔だが、吸うとすぐに効果が出て、消失するのも速いという類似点があることから、エトミデートを笑気麻酔と俗称するようになったのではと推測している。今では全国に拡散し、SNSでは「Kペン」「K-pods」「ケタペン」「ケミペン」などのスラングで密売されている。いま流行りの麻酔薬「ケタミン」やケミカル(化学物質)をもじったスラングと思われる。ペンは、大麻(THC)リキッドのスラングのひとつとして使われている“ペン(リキッド入り試験管orカートリッジの意味)”を真似ているのだろう。「K-pods」は大麻のスラング「ポッド(Pods)」とケタミンを合わせたもの。SNS上では絵文字も使われ、“象”と“ペン”を合体させてひとつの絵文字として使われる場合がある。これはケタミン絵文字の象と大麻リキッド絵文字のペンをミックスした造形絵文字と思われる。(SNS上の密売人はすぐにこのような隠語や絵文字を作りたがる。解読する捜査員はかなり大変だ)

 最近の密売価格は、約0.8ミリリットル入りのカートリッジ1本が1万〜1万5000円と下落傾向にある。つまり値下げできるほど密輸され、巷に溢れているわけだ。詳細は省くが密造地は中国の一部からタイなど東南アジアの一部と見て間違いない。

(6)エトミデートの類似物質は出回っているのか

 いずれエトミデートの誘導体(兄弟物質と思ってもらえばいい)が出回り始めるはずだ。あえて挙げるなら鳥類用の麻酔「メトミデート(Metomidate)」は可能性が極めて高い。さらに中国などではケタミンの誘導体である「NENK(エチルケタミン)」や「2-FDCK(フルオロデスクロロケタミン)」などだろうか。また、ライオンやクマなど大型獣用の麻酔として海外で使用されている「チレタミン」が、犯罪組織によって電子タバコに混ぜられて“合法大麻”や“未規制ドラッグ”として密売されている。これはごく少量で命を落とす代物であり、PCPやフェンタニル並みに危険なドラッグと筆者は見ている。

 筆者が伝えたいのは「電子タバコで吸引するドラッグは極めて危険で、何が入っているか分らない」ということだ。日本国内でも電子タバコ用の「大麻リキッド」「THC類似物リキッド」「覚醒剤リキッド」「ケタミンリキッド」、そして「エトミデートリキッド」が出回っている。今後、種類はもっと増えて行くだろう。電子タバコの機器自体も、加熱すると金属が溶け出して肺疾患を引き起こす粗悪品もあり、欧米では多様な規制が進められている。カートリッジの中身が分からないまま、「電子タバコを吸う」ことは極めて危険だ。この点を理解してほしい。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部