Daiichi-TV(静岡第一テレビ)

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3月3日は「ひなまつり」。ひな人形を飾っているお宅もあると思いますが、最近の傾向やひな人形に込められた思いを取材しました。

きょうは3月3日。この時期、静岡県内各地にも様々な「ひな飾り」がお目見えしますね。

娘の健やかな成長を願う「ひな祭り」まずは、最新のひな人形事情を調査しました。

(徳増 ないる キャスター)
「あでやかな着物に彩られたひな人形。色合いもそれぞれで表情も個性豊かですね」

100年以上の歴史を持つ「左京」。その4代目・望月さんに最近の傾向を聞くと。

(左京 望月 琢矢 社長)
「7段飾りや5段、3弾という派手で大きなお雛様というのはもうほとんどなくて…大半がお殿様とおひな様のお2人のお飾りになっている」

時代とともに核家族化など「家族の形」も変化し、最近はコンパクトで収納しやすいサイズ感の物が好まれるとのこと。

(左京 望月 琢矢 社長)
「こちらなども、とても映えてきれいですね。京都西陣の帯を使ったもので、黒と金と白、色数をシンプルになるべく抑えて、シンプルに美しく仕上げたセット」

また、顔も着物も、職人が分業制で作ったパーツを組み合わせるのですが、昔のように型通りではなく、今のお客さんの好みに合わせオリジナリティーを大切にし組み合わせているといいます。職人でもある望月さんは、「伝統工芸品」としての価値にもこだわると話します。

(左京 望月 琢矢 社長)
「全部、手仕事で折針をしているので、糸がほつれていないかとか、ボンドのつけ漏れがないかとか、入念にチェックしながら、最終的にきれいなフォルムになっているかどうかに注力している」

(左京 望月 琢矢 社長)
「ひな人形の世界では静岡って…すごく重要な場所でして、ここはメーカーの集合地域として役割を担っているので、全国からバイヤーも買い付けにくる。いつまでも静岡は盛り上がっていないといけないなと思う」

静岡市で本格的なひな人形の生産が始まったのは1931年頃。静岡県中部の志太地域では、江戸時代から菅原道真を模倣した人形である「天神」が作られていて、元々、人形作りの技術があったこと。また、静岡市によると浅間神社の造営工事のために漆職人などが多くいたため、「ひな具」などの伝統工芸が盛んになり根付いたということです。

そもそも日本の風習、ひな祭りは、女の子の誕生から最初の3月3日に初節句をお祝いし、そこから毎年飾り(成人や就職など)娘が自立したことを節目に、役目を終えた人形は供養してもらうことも大切だといいます。県内には、こうして供養される人形がたくさん集まった場所があるんです。

(徳増 ないる キャスター)
「袋井市の可睡斎には…ご覧ください。1200体ものひな人形が並んでいます」

ひな人形が所狭しと並ぶ光景は圧巻。全国から集められた人形を、可睡斎では2015年から毎年、大広間でお披露目しているといいます。

(可睡斎 知客 西垣 隆英さん)
「以前はお焚き上げで焼却してしまっていたが、当時の住職が『かわいそうだな、見てもらえないかな』ということで始まったのが可睡斎のひなまつり」

毎年200~300体ものお人形が全国から集まり、御祈祷をした上で供養しますが、保存状態がよいものを大切に保管し、毎年11月頃、約2週間かけてきれいに並べています。

元の持ち主はもちろん、より多くの人に見てもらうことで、人形に再び命を吹き込んでいるのだといいます。お内裏様とお雛様だけでなく右大臣、左大臣や仕丁など、今ではなかなか見ることができない昔のお人形を見ることができます。この日も、多くの観光客が写真を撮ってそれぞれの「ひな祭り」への思いを胸にしているようでした。

(愛知県からの観光客)
「お顔もこんなにまんまるで可愛いお顔は見たことがないので、いろいろなひな人形が見られていいなと思った」

(磐田市からの家族)
「娘が初節句なので写真を撮りたいと思って来た」

(徳増 ないる キャスター)
「おめでとうございます」

(磐田市からの家族)
「無事に生まれてきてくれたことがうれしいですし、これからも、この子らしく幸せに健康で育ってくれればいいなと思っている」

(可睡斎 知客 西垣 隆英さん)
「おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、お子さんたちとできれば3世代で見に来ていただいて、ここで和やかな気持ちになっていただければなと思っているし、思いを持った方が次の世代へつなげていただければ、思いが伝わっていくのではないか」

いつの時代も変わらない娘への思い。伝統を守りながらひな人形も進化し、ひな祭りの文化が受け継がれています。