日本ノルディック複合復活の背景 3強の壁破った結束力、24時間勤務&ほぼ相部屋の日々
「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#89 菊池トレーナーが語るノルディック複合の特殊性
「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載する。
スキージャンプとクロスカントリーで争われるノルディックスキー複合団体が17日に行われ、日本が銅メダルを獲得し、28年ぶりに表彰台に立った。1992年アルベールビル五輪、94年リレハンメル五輪で2大会連続の金メダルを獲得して以来の快挙となったが、その裏にはどのような背景があったのか。日本チームに長年帯同してきた菊池拓トレーナーの言葉から、復活の要因を探った。(取材・文=小林 幸帆)
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ノルディックスキー複合団体が17日に行われ、日本が銅メダル獲得の快挙を果たした。個人戦ではエースの渡部暁斗(北野建設)がラージヒルで3位に入り五輪3大会連続のメダルを獲得していたが、団体では28年ぶりとなる悲願のメダルだった。
「今回で最後の挑戦になると思う」と覚悟を決めて3度目の五輪に臨んだ最年長38歳の永井秀昭(岐阜日野自動車)は2018年の平昌五輪の後、現役を続ける理由として渡部暁の存在を挙げていた。
「やっぱり暁斗の力になりたいというのがある。暁斗があと1人か2人いたら(日本は)絶対にメダルが獲れるのに、文句を言わず僕らを引っ張ってくれる。1回くらい4人の団体でメダルを獲る喜びを味わってもらいたい」
渡部暁という絶対的な存在を持ちながら、これまでは選手層の厚いノルウェー、ドイツ、オーストリアの3強の壁に阻まれ続けてきたが、4人全員がそれぞれの役割を完璧に果たし、アンカーに山本涼太(長野日野自動車)を起用した大胆な作戦、そして渡部善斗(北野建設)が「今日のMVP」と称えた抜群に滑るスキー板を用意したワックスマンの見事な腕と、チームの持てるすべての力を結集して銅メダルを勝ち取った。
瞬発力のスキージャンプと持久力のクロスカントリーの両立を求められるノルディック複合を制した者は、「キング・オブ・スキー」と称えられる。
ヘルメットとスキー板だけで時速90キロ超えのスピードで空中を飛んでいくジャンプと、竹槍のような細い板に乗って、ふわふわの新雪やガリガリの氷の上を周りの選手と接触スレスレになりながら猛スピードで滑っていくクロスカントリー。その両方を数時間の間にこなすタフな競技に挑む選手たちを誰よりも近くで見てきた日本代表チームの菊池拓トレーナーは、フィジカル、メンタルの両面に複合競技ならではの個性が見られると話す。
相反する2つの競技「我慢強くならないと無理」
鍼灸師・アスレティックトレーナーとして2014年夏から日本代表チームに入っている菊池さんは、11月末から3月末まで欧州を転戦するワールドカップ(W杯)遠征はもちろん、年数回の合宿にもすべて帯同している。
複合チームに入る前からさまざまな競技のアスリートを見てきた菊池トレーナーに他競技の選手との違いを聞くと「スキージャンプが特殊過ぎる」と言い、それまで他競技の選手からは聞いたことのない反応を受け取ったと明かす。
「他の競技の選手と絶対的に違うのは、(競技後に)『頭が疲れた』と言うこと。それまで『頭が疲れた』と表現する選手を見たことがなかった」
競技で使ったはずの体ではなく頭が疲れる理由として、菊池さんは「スキーは足裏の感覚が難しく、摩擦のない助走路でどうやって力を伝えるか。助走では速度に遠心力がかかり、空中に出たら風の抵抗があり、さらに恐怖心も加わる。一瞬の間にいろんなことに集中しなければいけないので脳神経の負担が大きい」と、数秒で終わる競技の中で、風というコントロール不可能な外的要因まで含めて目まぐるしく変わっていく状況に、体と頭を瞬時に適応させていくことの難しさを指摘する。
さらに、競技に取り組む選手の内面にもノルディック複合選手ならではの特徴があるという。菊池トレーナーはチームを「大人の集団」と表現し、その根底には選手一人ひとりの持つ「我慢強さ」があるという。
「複合は我慢強さがないとできない。相反する2つの競技をやるので、コントロールがすごく難しい。筋肉の量を増やしてクロスカントリーのパフォーマンスを上げようとしたら、その分(体が重くなって)ジャンプが飛べなくなる。筋肉量を増やさず、いかに強い走りをできるようにするか。骨格の動きもクロカンをすればするほどジャンプに不都合になる。お互いにとって邪魔になる2つの競技をやらなきゃいけないので、ある程度我慢強くならないと無理なんですよね」
確かに世界トップレベルの選手でも、ジャンプのレベルをさらに上げようとして大きく調子を崩してしまうというのは珍しいことではなく、それだけ両立が難しいことを物語っている。
そして、その我慢強さは長い遠征の集団生活にもつながっている。各国を転戦しながら戦うW杯は週末の3日間に行われ、ヨーロッパの選手たちは木曜日に現地入りして月曜日に帰宅というサイクルで長いシーズンを過ごしているが、日本チームだけは家に帰ることができない。
銅メダル獲得につながった長期遠征で培った絆
特にこの2シーズンは新型コロナウイルスの影響で、シーズン中は一度も帰国できずにいる。1人になれる時間も空間もままならないなかで過ごしている選手たちのことを、菊池トレーナーは「半年間、24時間一緒に過ごしているので、『波風立たないようにしよう』という大人な部分もあるんじゃないかな。全員が24時間勤務みたいなものですよ。ほぼ相部屋だし」と笑うが、チームの輪を尊重する姿勢から大きなものが生み出されている。
五輪を2年後に控えた2020年2月初めのW杯3連戦の後のこと。3強との広がる差を目の当たりにし、「五輪の団体でメダルを獲るために何をすべきか」ということを、お酒の力も借りつつ外国人スタッフを含めチーム全員で朝まで真剣に話し合いを続けたという。
その直後にコロナ禍が始まり、代表チームの活動強化など実現に至らなかったものも多かったというが、この時のチーム一丸となった結束が、北京五輪での銅メダルにつながったのは間違いないだろう。
五輪が終われば、すぐにW杯が再開する。五輪は個人、団体の3試合ともノルディック複合の面白さが存分に発揮され楽しませてくれたが、競技はもちろん、その裏にある複雑さにも注目したい。
(小林 幸帆 / Saho Kobayashi)
