高い偏差値を取って、いい大学へ進学する。

それは、この東京で成功するための最も安定したルートだ。

…あなたが、男である限り。

結婚や出産などさまざまな要因で人生を左右される女の人生では、高偏差値や高学歴は武器になることもあれば、枷になることもある。

幸福と苦悩。成功と失敗。正解と不正解。そして、勝利と敗北。

”偏差値”という呪いに囚われた女たちは、学生時代を終えて大人になった今も…もがき続けているのだ。

▶前回:「進学校なんて行かなきゃよかった…」慶應卒オンナが抱えるお嬢様学校へのコンプレックス




File10. 知美(30)
友人からの他愛ない一言に…


― こんなにオシャレして来たのに、バカみたい…。

お気に入りのケリーバッグとChristian Louboutinのパンプス、そして新作の洋服を買って浮かれ気分だった自分が、もはや滑稽に思えてくる。

ランチの帰り。

店から自宅までは、いつもならタクシーに乗るような距離だ。

しかし、友人たちとも離れたい、そして家にも帰る気になれない。

とにかく誰にも会いたくない知美は、まるで風に吹かれ舞う落ち葉のように、行く当てもなく歩いていた。



高校の同級生とのランチ会は、おいしい料理と懐かしい面々と弾む会話に、途中までは時間を忘れるほど楽しかった。

しかし、近況報告の中でメンバーの1人から言われた一言に、知美の気分はどん底に落とされることになる。

「知美、せっかくの京大卒なのに、旦那さんのサポートだけなんてもったいなくない?」

それは、嫌味でもなく何の気なしに発したような言葉だった。

しかし、その友人が意識していないからこそ、この言葉は知美に大きなショックを与えた。

― 数年ぶりに会った友人の他愛もない一言なんて、気にしない!

何度も何度も、そう思おうとした。

しかし、それでも落ち込んでしまうのは、ほかでもない自分自身が心の片隅でそう思っていたから…。

そのことを、知美はようやく自覚したのだった。


私の人生は、ちっぽけなもの?


私も、何かしなければ


「知美、せっかくの京大卒なのに、旦那さんのサポートだけなんてもったいなくない?」

頭の中で、何度も何度もこの言葉が脳内再生されている。

退屈な毎日を過ごす中で「私も何か仕事がしたい」という想いは、友人に言われるまでもなく、知美の心の中で燻り続けていたのだ。

しかしその都度、「今私がするべきなのは、夫をサポートすること」と思い直してきた。

それにもかかわらず、友人からの言葉でまたしても再燃してしまった「社会の役に立ちたい」という気持ちは、今の知美の生活をとてもちっぽけなものに感じさせるのだった。



「知美ちゃんは、本当に何でもできる子ね」

「こんなに優秀なお嬢さんで、将来が楽しみね」

学校の先生や友人の父母。近所の人。親戚…。いつだって知美は、賞賛と期待の中にいた。

勉強もスポーツも万能で、何をやらせてもできる典型的な優等生。

偏差値70を超える大阪府立の高校を経て、現役で京都大学経済学部に進学した後は、大手メガバンクに総合職として入社した。

新卒での配属は、東京本社での法人営業。色んな業界・業種のクライアントに対して、経営課題の特定や、経営者のニーズに合わせた融資の提案を行う仕事だ。様々なクライアントと接しながら、経営の知見を深めることができる。

勉強量も多いが、得られる充実感はそれをはるかに上回る「法人営業」という仕事は、知美にとって天職とも思えるほどだった。

しかし、仕事が楽しくなってきた矢先の27歳の時、知美に転機が訪れる。

長年付き合っていた京大時代の先輩である直人から、プロポーズされたのだった。




「俺、今の会社辞めて独立したいと思っているんだ。ある程度クライアントも持っているし、3年以内には結果が出せると思う。

ただ、早く結果を出すためにも、1人ではできない。知美の力が必要なんだ。本当に申し訳ないけど知美には今の仕事を離れてもらって、俺を支えてほしい。

もちろん、事業が軌道に乗ったら、好きなことをしてもらっていい。だから、少しの間だけ、俺の事業の支えになってもらえないか?」

直人のプロポーズの言葉は、決して意外なものではなかった。

直人が起業を考えていることは、知美は学生時代から理解していたのだ。

そもそも知美が上京したのは、2年早く上京して外資系金融に勤めていた直人の存在が大きかった。

仕事に対する思いや未練は、当然ある。でも、東京で就職をしたのは、お互いの将来を考えてのこと。

― 直人のいない人生は考えられない。仕事はまたできる日が来るかもしれないけれど、直人のプロポーズを断ることは考えられないわ…。

プロポーズを受けた後、ハリー・ウィンストンの指輪を前に何度悩んだことだろう。しかし、何度考えても、やはり知美の気持ちが直人から離れることはなかった。

「有能な彼の力になりたい。人生をかけてみよう」

こう思う気持ちが何よりも勝った知美は、悩みに悩んだ末、今の仕事を退職して直人のサポートをすることを決心したのだった。



結婚した翌年には、第1子となる息子の蓮を授かった。

今では直人の事業も軌道に乗り始めている。直人を支えながら、家庭もきちんと切り盛りして、充実した人生を送っている…。直人のサポートに回って以来、知美はずっとそう信じてきた。

しかし、ランチ会で繰り広げられていた同級生たちの会話を聞いた後では、そんな気持ちもどこかむなしい。

仕事に恋愛に「現役」で充実した日々を送っている同級生たち。その様子を目の当たりにしたことで、知美はやっぱりこう思ってしまうのだ。

― 私は、直人を支え続けるだけで本当に満足?友達は皆こんなに輝いているのに…。私だって、何か私自身が充実できることをやりたいわ!

気持ちが固まった知美は、意を決して直人に素直な気持ちを打ち明ける。

「私、直人のサポートだけじゃなくて、私自身が何かできることをやりたいの。直人の事業も大きくなってきたし…」

知美にとっては、それは勇気のいる申し出だった。しかし、直人の返事は拍子抜けしてしまうほど快いものだった。

「もちろんだよ。俺が起業したときに支えてくれたのだから、今度は俺が知美を応援する番だな!」

直人は笑って答えてくれたのだった。

「事業が軌道に乗ったら、好きなことをしてもらっていい」

そんなプロポーズの時の言葉を反故にすることなく、応援すると言ってくれたことに、知美は心の底から直人に感謝した。

しかし、喜んだ知美が早速就職活動をはじめた、その矢先…。

始めたばかり就職活動を中断せざるを得ない、家族の今後にかかわる出来事が起きたのだ。


私ができることは…


運命の出来事


それは、蓮の2歳児検診での出来事だった。

「お子さんの聴力に異常がある可能性があります。専門の病院に紹介状を書きますので、早めに受診をしてください」

想いもよらぬ医師の言葉に、心臓がドクンと鳴る。

しかし、そう言われて振り返ってみると…いくつか心当たりがあった。

もちろん、蓮はまだ2歳なので、自分から「聞こえない」と訴えることなどできない。

だが、早い子では二言くらいの会話は成り立つようになる頃だというのに、蓮は全く言葉を発しなかった。大きい音を出しても驚いたりする様子もなく、反応がなかったのだ。

そして、不安を抱えたまま迎えた1週間後。

紹介状を手に受診した専門病院で、こう診断が下った。

「お子さんは先天性の両耳難聴です。もう2歳ですので、小学校就学時の言語能力の発達を見据えても、療育はなるべく早く始めていただく必要があります。補聴器の装用も早々に開始していただき……」

淡々と診断結果を説明する医師の言葉を聞きながら、知美は全身の血の気が引くのを感じていた。

大人たちが何を話しているのか知る由もなく、隣に座る蓮のニコニコとした笑顔が、知美のショックをさらに大きくした。

― そ、そんな…。蓮の耳が聞こえないなんて…。

頭が真っ白になってしまった知美は、もはや医師の言葉が頭に入らなくなっていた。

― 普通学級に通えないとなったら、家から通えるろう学校ってどこがあるの?難聴の子って大学に通えるの?蓮の将来はどうなるの?就職は…?自立できるの…?

難聴の人の生活を全く想像できない知美は、不安と絶望に押しつぶされそうになっていた。



その日の夜。

知美から診断結果を聞いた直人は、動揺する知美を見てか、努めて冷静な様子だった。

「これはもう、誰のせいでもないしどうしようもないよ。俺たちにできるのは、今から蓮のためにできることをするだけだよ」

― わかっている、わかっているけど…。蓮のこれからは?私のこれからは…?

色んなことが一気に起きた日の終わり。蓮も直人も就寝し、1人リビングのソファに座る知美の目からは、知らぬ間に涙がこぼれてきたのだった。




診断以降、当然ながら知美の生活は、蓮の療育や治療が中心となった。

蓮を連れて療育施設の見学や通院をしながら、自分でも難聴についても専門書で調べ続ける毎日は、あっという間に過ぎて行く。

「就職活動を始めよう!」と思っていたのが、今では遠い昔のことのようだ。

そして、蓮が通う療育施設も無事に決まり、ようやく療育がスタートしたのだった。

難聴だけでなく、様々な障害を持つ子どもたちの社会参加と自立を促す場所。それが療育施設だ。

通い始めた当初は、今まで接したことのない世界に不安を感じていた知美だったが、そんな心配はすぐに消え去ってしまった。

通っていくうちに、蓮に喜ばしい変化が見られるようになったのだ。

音に反応するようになり、ゆっくりながらも着実にできることが増えている。療育に通い始めて、彼の世界は確実に広がっているように見えた。

そして、週2回の療育に付き添う知美は、蓮だけでなく他の子どもの様子についても気がついたことがあった。

通う子どもたちは皆、日に日に自分たちができることを着実に増やして、それぞれの世界を広げている。そして何より、通っている子どもたちの表情は皆、とても明るかった。

不安で仕方なかった療育施設への通園は、いつの間にか知美にとっての楽しみになっていた。

そしてある日、ふと思ったのだ。

― 私ができることは、これなのかもしれない…。

少し前に考えていた「私自身ができること」。

蓮と向き合い、そして療育施設で過ごしていく中で、いつのまにか知美は強く思うようになっていた。

― 子どもたちの発達支援をしたい。それが、今の私のできることなのかもしれない…!蓮だけでなく、療育に通う子どもたちの成長をサポートしたい!

その想いはもはやランチ会で感じた他律的なものではなく、蓮との経験から生まれた揺るぎなく純粋な使命感によるものだった。

早速、知美は通信制大学のカリキュラムを調べ始めた。蓮のサポートと自分の今後の両方に役立てるために、特別支援学校教諭免許を通信制大学で取得しようと考えたのだ。

療育の必要のある子どもたちの成長を助けてあげたい。

自分の経験や考えの中で導き出した答えは、確固たるものだ。身体の中から大きなパワーが湧き出るのを、知美は感じていた。

― 京大受験の時と同じように、教諭免許の取得を頑張ろう!蓮や他の子どもたちをサポートできるようになるんだから!

そう決心した知美の顔は、まるで澄み渡った空のように晴れやかだった。



高い偏差値を取って、いい大学へ進学する。

この東京で成功するための最も安定したルートと言えるだろう。

しかし、結婚や出産などさまざまな要因で人生を左右される女の人生では、高偏差値や高学歴は武器になることもあれば、枷になることもある。

知美も、「高い偏差値を取って、京大に進学し、大手メーカーで出世する」という安定したルートをたどることもできたはずだ。

しかし、結婚や出産で人生を左右された1人の女として、高偏差値がゆえにもがき続けたが、その末に自分が自分らしく進む道を見つけたのだ。

どんな経験も無駄ではない。

数多の辛い思いも経験も、軽やかに乗り越えていく力が彼女たちにはある。

そして、様々な苦難を乗り越えた女たちは…どんな高偏差値を取りつづけた青春時代よりも、美しく輝くのだ。

Fin.

▶前回:「進学校なんて行かなきゃよかった…」慶應卒オンナが抱えるお嬢様学校へのコンプレックス