「自宅を2日で現金化」物件を見ないで買い取る不動産テックの仕組み
※本稿は、斉藤徹『業界破壊企業 第二のGAFAを狙う革新者たち』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■「手の届く範囲でビジネスをする」というイメージはもう古い
Opendoorのビジネスモデルを語る前に、そもそも不動産業界にもテクノロジーの波が押し寄せているという背景を知っておきましょう。
近年は、既存の専門領域とテクノロジーを掛け合わせる「○○テック」という言葉をあちこちで耳にします。「フィンテック」(金融×テクノロジー)という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。そのほか「メディテック」(医療×テクノロジー)、「エデュテック」(教育×テクノロジー)などと並んで「不動産テック」という言葉が登場するほど、この業界もIT化が進んでいます。
もともと不動産業界は、いわゆる「町の不動産屋さん」のように、「顔を合わせて、手の届く範囲でビジネスをする」というアナログのイメージがあり、IT化が遅れている業界でした。「部屋探し」といえば「最寄りの駅の不動産屋さんに行ってみる」が当たり前だったのです。
しかし、テクノロジーの発展、浸透とともに「部屋探し」「家探し」「物件の売買」はもはや店頭よりもオンラインが中心となり、ポータルサイトの活用、AIを使った物件査定など、さまざまな側面でIT化が進んでいます。
その状況は日本もアメリカも同じです。ただし、日本では不動産情報の検索によく使われる「REINS(レインズ)」というサイトは不動産業者専用であるなど、一般の人に向けた情報公開が十分とはいえません。一方、アメリカでは、誰もがネットで詳細な不動産情報を検索できます。それぞれの地域の価格推移や売買履歴はもちろんのこと、近隣にある学校のレベル、犯罪に関する内容までさまざまな情報を自由に閲覧することができます。
そうした背景もあって、アメリカでは不動産テックがより進んでいるのです。
■「買い手」が見つかる前に物件を買い取る
そんなアメリカの不動産テックを支えてきたのが「Zillow(ジロウ)」「Opendoor」「Redfin(レッドフィン)」「Compass(コンパス)」という四つの企業。IT業界の巨人「GAFA」(ガーファ:Google・Apple・Facebook・Amazon)をなぞって「ZORC」(ゾーク)という言われ方までされています。
そのうちのひとつがOpendoorです。
Opendoorのビジネスモデルで特筆すべきなのは、業界でいち早く「iBuyer」を取り入れたことです。「iBuyer」とは、簡単にいえば、家を売りたい人からまず物件を買い取って、その後、転売するというやり方です。
通常不動産業務とは、仲介業が主なので「家を売りたい人」が出てきたら、「その家を買いたい人」を見つけて、その間を取り持つというビジネスになります。会社にしてみれば、リスクの少ない、安定した事業が可能なのですが、このモデルには「売れるまでに時間がかかる」という問題がつきまといます。
当然、売り主は「できるだけ高く買ってほしい」という思いを持っていますが、なかには「急いで現金が必要なので、より早く買ってほしい」「高く売れるに越したことはないが、とにかく急いでほしい」という人もいるでしょう。
■売り主は「最短2日」で現金化できる
ところが、いわゆる仲介業務では、最初に設定した価格が高すぎてなかなか買い手がつかず、徐々に金額を下げるというプロセスがよくあります。一般に売却が完了するまでの期間は2カ月ほど、長い場合は半年ほどかかるといわれており、物件の内覧希望者が現れるたびに掃除をしたりと、その手間と時間的ロスが、とにかくストレスなのです。
そんな問題を大胆に解消してしまうのが「iBuyer」。とりあえず、会社がすぐに買い取ってしまうというビジネスモデルです。
Opendoorの場合、売り主はオンライン上のシステムに物件情報を入力すると、複雑なアルゴリズムを用いて即座に物件の査定がスタート。数日後には、おおまかな買取価格が売り主に提示されます。それに売り主が納得すれば、即買い取る。売り主は最短2日で現金化できるのです。
もちろん、一般的な査定価格よりやや安くなる可能性があるといったマイナス面もあります。ただ、それを受け入れてでも「早く現金化したい」という人にとっては非常にありがたいサービスです。
■前代未聞の「30日間キャッシュバック保証」
Opendoorのような「iBuyer」をする企業にしてみれば、買い取った物件について「早く買い手を見つけたい」と当然思います。物件そのものが在庫になるので、長期間、抱えておくわけにはいきません。
そこでOpendoorでは、買い手にとって非常にありがたい(買いやすい)二つのしくみを導入しています。
ひとつは「30日間キャッシュバック保証」。これは業界にとって前代未聞の取り組みで、Opendoorから中古の家を買った人は、30日間住んでみて、気に入らなければ(購入時の手数料などを除き)全額キャッシュバックしてもらうことができるというもの。
住宅というのは、人生における最大の買い物なので、誰だって「失敗したくない」という思いが強い。そこで「30日間、試せる」というのは非常に魅力的なしくみといえるでしょう。
さらにもうひとつ。もともとアメリカでは中古物件を購入する場合、各種設備(電気系統、給湯設備、空調システムなど)の不具合に備えて1年間の保証がつくのが普通ですが、Opendoorはそれを「2年保証」に延長して、買い手にさらなる安心感を提供しています。
こうしたしくみを整えることで、Opendoorは業界を破壊するほどのインパクトで、急成長しているのです。
■ライバル登場で価格競争が激化する
ただし、Opendoorのビジネスモデルを継続するにはかなりの資金が必要です。そのための資金を集め続けられるのか。ここは重大な問題になります。本書の第5章で、最近のスタートアップ・バブルの状況については詳しく触れています。
また、Opendoorの快進撃を見て「これは放っておけない」とばかりに大手不動産会社も「iBuyer」(不動産を買い取ってしまうやり方)を導入してきているので、今後の勢力マップがどう変わっていくのかも注目です。
Opendoorのビジネスの場合、シンプルに「安く買って、高く売る」ことがビジネスのキモであり、「即購入し、すぐに現金を支払う」というやり方によって、ある意味で中古住宅を安く買い叩くことができていました。しかし、そこにライバルたちが参入してくると、当然売り主も「早く現金化される相手のなかで、一番高値をつけてくれる相手」を探し始めます。OpendoorはAIを駆使することで高い査定価格を出すとしていますが、ライバルの登場と価格競争のなかで、今後どんな展開を見せるのか。注目したいところです。
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斉藤 徹(さいとう・とおる)
ループス・コミュニケーションズ代表取締役
1961年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学部を経て、85年、日本IBM株式会社入社。91年、株式会社フレックスファームを創業。2005年、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。学習院大学経済学部特別客員教授を経て、20年、ビジネス・ブレークスルー大学教授に就任。専門分野はイノベーションと組織論。30年近い起業経験をいかし、Z世代の若者たちとともに、実践的な学びの場、幸せ視点の経営学を広めている。『再起動』(ダイヤモンド社)、『ソーシャルシフト』(日本経済新聞社)など著書多数
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(ループス・コミュニケーションズ代表取締役 斉藤 徹)