一転、「札幌開催」が本決まりになった2020年東京オリンピックのマラソンと競歩。これに対して開催都市・東京都の小池百合子知事は「合意なき決定」と述べ、苦渋の同意であったことを匂わせた。しかし、重要イベントを前にした大組織の長としては「最悪」の一言だったと橋下徹氏は小池発言に辛い点を付ける。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(11月5日配信)から抜粋記事をお届けします。
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2020年東京五輪のマラソン、競歩の札幌開催案についての4者協議後、記者会見する東京都の小池百合子知事=2019年11月1日、東京都中央区 - 写真=AFP/時事通信フォト

■実は前々から構想されていた「札幌開催案」

2020年東京オリンピックのマラソンと競歩の競技会場が、東京から札幌に変更となった。9月から10月にかけてカタールのドーハで行われた世界陸上において、女子マラソンの棄権者が4割に達したことを受けて、急遽選手ファーストの観点から変更となった。

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小池さんは、「そんなの聞いていない!」と猛反発するも、後の祭り。結局、会場変更にまつわる費用を東京都は一切負担しないことを条件に、札幌への会場変更が決まった。

先日、AbemaTVの番組「NewsBAR橋下」で、前東京都知事の舛添要一さんと対談した。舛添さんによれば、2013年に東京都へのオリンピック招致が決定した時から、猛暑の問題は議題に上がっていたらしい。

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今回の変更劇では、ドーハの世界陸上での棄権者続出という事態が大きなきっかけになっていると思われているが、舛添さんの話では、その前から、札幌案はほぼ決まっていたらしい。あとは、それを誰がどのように発表するかの戦略を練っていたとのことだった。

これは政治行政の世界ではよくあることなんだよね。誰がどのようなタイミングで言うかによって、事の成否が決まってくることが多々ある。

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■「賛成か、徹底抗戦か」の岐路に立たされ

小池さんは、会場変更についての賛成者の声を汲んで変更に賛成するか、それとも反対者の声を汲んで徹底抗戦するか、重大な政治判断の岐路に立たされた。

小池さんも都庁内で色々と検討したらしい。都民を代表する立場なら、会場変更は絶対反対となる。だからIOCとどこまでケンカができるか検討したようだが、結局は、IOCと東京都の契約において、IOCに会場変更の絶対的権限があることを法律の専門家から指摘されてケンカを断念したという。

ただ、小池さんは会場変更の意思決定に自分が完全に外されたという屈辱を受けたわけだから、会場変更に素直に賛成するわけにはいかない。しかし最後は、「賛成に合意はしないが、IOCの決定を妨げない」と言って矛を収めた。EUからイギリスが離脱するかどうかのブレグジット問題では「合意なき離脱」という言葉が飛び交っているが、今ブレグジット問題が日本でもよく報道されているからなのか、この言葉にひっかけて、小池さんは「合意なき決定」だとコメントした。

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■小池さんはどういうメッセージを出せばよかったか?

トップに求められる判断というのは、究極の二者択一の判断ばかりだ。

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巨大組織になればなるほど、まずは現場で議論し、次は課長クラス、次は部長クラスと物凄い時間と人数をかけて散々議論した結果、それでも結論が出ないものがトップに回ってくるものだ。今回の札幌案も、IOCや組織委員会、さらには組織委員会の中に入っている都の職員も含めて、膨大な議論を経て出てきた結果だろう。

ゆえにトップの小池さんとしては、札幌案に賛成か反対かの二者択一の判断しかなく、その他の代替案は既になかったと思う。だからこそ、小池さんは、札幌案に「賛成か、反対か」を判断し、それを明確に内外に伝えなければならなかった。

ところが小池さんは「合意なき決定」ということで、賛成するわけではないが、反対するわけでもないという、玉虫色の説明をした。これはトップとしては最悪の説明だ。

これから札幌案で進んで行く。どうせそうなるなら、小池さんは明確に「賛成だ」と表明し、都庁の職員に対しては「札幌でのマラソンが成功するように全力を尽くしてほしい」、都民に対しては、「東京でマラソンができなかったのは残念だが選手のことを考え、選手が最高のレースができるように、札幌でのマラソンが成功するように協力をお願いしたい」とメッセージを発していれば、どれだけ素晴らしかったか。もちろん、札幌での開催なので都民税を使うわけにはいかないことを明言しながら。

このようなメッセージであれば、札幌案への反対者が0になるわけではないが、それでも反対の声は「まあ仕方がないか」というマイルドなものに変わるだろうし、何よりも、都庁職員や都民の意識が札幌開催に向けて前向きなものとなる。

しかし小池さんは、これまでにもよくあった「よく分からない説明」をやってしまった。小池さんは自分が苦しい立場に立った時の説明では「よく分からない説明」を多用する。まあこれは小池さんに限らず、ほとんどの政治家もそうだし、企業トップにも多い。僕にしたって、自分では気づかないところで「よく分からない説明」をやっているかもしれない。

■豊洲移転問題でもあった小池さんの「よく分からない」発言

ここではあえて小池さんの例をとりあげるが、象徴的なのは、築地市場の豊洲移転問題だ。

小池さんは2016年、自民党・公明党、そして旧民進党の包囲網を破り、一匹狼で見事、東京都知事選挙に勝利した。その余勢を駆って、築地市場の豊洲移転に待ったをかけた。

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ところが、庁内で徹底して議論した結果、結局のところ、築地市場は豊洲に移転せざるを得ない状況が見えてきた。2017年6月下旬のそのとき、小池さん率いる都民ファーストの会が初めての都議会議員選挙に挑むときで、小池さんとしては自分のこれまでの大騒ぎが空騒ぎであったことを認めたくなかった。

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

そこで放った言葉が

「築地は守る、豊洲は生かす」だった。

結局、豊洲に移転するんだけど、築地をどうするのかはよく分からない。築地にも「食のテーマパークを作る!」なんてぶち上げたが、豊洲が中央市場になる以上、その近接地である築地にさらに食のテーマパークを作ることは困難なのは素人でも分かる。現在では食のテーマパーク構想は立ち消えになったようだ。

二者択一の判断が迫られたときに、小池さんは、「アウフヘーベン」という言葉もよく使っていた。二者択一にとらわれずに、総合判断をして、一段高みに昇るという意味らしいが、トップに回ってくる判断は、組織がとことん話し合った上で、二者択一にまで絞られたものなので、もう高みに昇りようがないほど煮詰まったものだ。トップはどちらかを選ぶしかない。

その段階で小池さんがアウフヘーベンできるのであれば、その前の段階で、優秀な行政官僚たちや外部識者などがアウフヘーベンしているはずだ。

アウフヘーベンは行政官僚や識者がやること。それができないからこそ、トップである小池さんに判断が回ってきたのであり、そこでは、最後エイヤーで決める政治判断が求められる。

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(ここまでリード文を除き約2600字、メールマガジン全文は約9100字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.174(11月5日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【「トップ判断」のノウハウ(1)】五輪マラソン札幌開催決定! なぜ小池知事のコメント「合意なき決定」は最悪なのか》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)