薄味の水っぽいスープ……「佐野らーめん」が失墜した日《佐野SAスト39日間の軌跡》 から続く

【動画】従業員の会合で勝利宣言をする加藤元総務部長(9月19日)

時給1300円、求人広告の衝撃

 お盆休みに始まった佐野サービスエリア(SA)の従業員によるストライキ。開始から1カ月が経った頃、従業員を驚かす事態が起こる。佐野市内に配布された求人広告で、佐野SAの新規スタッフの募集がなされたのだ。

〈A社 「えっ、この内容でこの時給!?」って言われます(笑) 佐野SA上り線でのお仕事★未経験OK★SA内でのフロア・厨房でのお仕事 時給1100〜1200円〉

 自分たちの職場で、新たにスタッフを募集している――従業員たちに動揺が広がったのは言うまでもない。加藤正樹元総務部長(45)がその影響を語る。

「従業員のほとんどが時給800円台からスタートしていて、この募集にある時給1200円が本当だとしたら、この地域では破格の待遇。50名のスタッフがすぐに集まってしまうのは明らかでした。つまり、私たちの戻る場所はなくなってしまうのです。

 スト開始後、佐野SAの現場を取り仕切っていたのは、預託オーナー商法で社会問題となった企業の関係業者A社でした。その業者がスタッフを募集していた。社会問題になったA社に、私たちの職場は“占拠”された。豊富な資金力で持久戦に持ち込まれ、正直なところ、私たちの勝ち目はなくなったと思いました」


お盆からの続いていたデモが終結した佐野サービスエリア ©文藝春秋

 その後も、出入り業者だったB社、C社が佐野SAに送り込むスタッフを募集し始めた。

〈B社 接客・調理補助・洗い場等 未経験歓迎! 経験・年齢問いません 時給1300円〜(試用期間有)〉

〈C社 業務拡大のため新規スタッフ大募集 接客・調理補助・洗い場等 未経験歓迎★年齢不問 時給1300円〜(試用期間有)〉

 ここで加藤氏は、あることに気が付いたという。

「SAを監督するネクセリア東日本とケイセイ・フーズが取り交わした契約には『再委託禁止』という項目があるのです。今回のスタッフ募集はこの項目に抵触するのではないかと」

幻のデモ計画があった

 ネクセリア東日本とは、東北道を管理・運営するNEXCO東日本のグループ会社で、ケイセイ・フーズに対して店舗を貸与している立場になる。加藤氏は社会問題となった業者の存在、そして「再委託禁止」という項目に抵触している旨を、SNSを通じてNEXCO東日本に訴えたが反応は鈍かった。

 悩んだ末、加藤氏が出した決断は、最初で最後の“従業員全員のデモ”だった。

 9月17日、加藤氏は集まった従業員に万策尽きつつある現状をありのまま伝え、デモを提案した。

「皆さんお疲れ様です。今まで私は岸(敏夫)社長に歯向かってきましたが、今週末からは、全員で闘う準備を始めたいと思います。どんなに長くても今月中に資金(自ら組合に供託した1500万円)は尽きます。皆で闘うのは、これが最初で最後になる可能性が高いです。

 正直、我々にはもう時間がないです。公の場で堂々と自分たちの意見を発表する場を作りたいです。それで最終的にどうなるかは想像もつきません。いい結果になることを期待しつつ、がんばっていきましょう」

 

 従業員らはわずかな可能性に賭け、3連休の中日にあたる9月22日日曜日に、都内にあるNEXCO東日本本社前や佐野SAで行うデモに向けて準備を始めた。だが、デモを経験したことのある従業員など誰もいない。さらに、今度は人前での活動となる。抵抗感を露わにする従業員も少なくなかった。

「私たちは組合活動がしたいわけではありません」

「人前で大声を出すのは苦手」

「チラシを配るのが恥ずかしい」

 そんな声が、女性を中心に上がった。加藤氏も、その反応は当然のことだったと振り返る。

「デモというと、過激なものをイメージする方も多くいて、異論が出るのは当然。そういった方にもデモに参加してもらえるように、声を出さなくてもいいと伝えました。メッセージをプリントした紙を持ってくれるだけでありがたいと」

手作りのタスキ、チラシを準備

 手作りのタスキを準備し、メッセージボードの材料を手分けして集めはじめた。いざ作成に取り掛かると、ここまで1カ月間ストライキを共にした仲間同士、チームワークが生まれ始めた。

「黒の服に白のタスキを掛けたほうが、よりメッセージが目立つと思います」(男性従業員)

「プリントした紙は濡れると読めなくなるので、工夫しましょう」(女性従業員)

「顔を見られたくない人は、マスクをして、帽子を被れば大丈夫ですよ」(男性従業員)

「ノボリの布は裁断すると時間が間に合わない。折り曲げて縫ったらどうですか」(女性従業員)

 多くの意見を出し合って、デモのために準備を進めた。ただ、その中で、加藤氏本人も、いまだに抵抗感を拭えなかった。

「正直、迷いがあります……」

 当時、記者にそう打ち明けていた加藤氏の背中を押したのは、従業員たちだった。

「ある従業員から、『私たちは今まで、交渉からお金のことまで、あまりに加藤さんにおんぶに抱っこだったんじゃないか。今回こそは自分たちも何か動きたい』と言われたんです。正直、それを聞いて嬉しかったですね。別の従業員も『私たちはまだ何もしていない。一度も動かず終わるのは本意ではない。最後はちゃんとした方法で抵抗しよう』と言ってくれた。

 私は従業員たちをデモにまで参加させたくはありませんでした。でも、ケイセイ・フーズとの隔たりは大きすぎる。監督する立場にあるNEXCO東日本に話を聞いてもらうためには、残された手段はデモしかありませんでした」(加藤氏)

「新たな社長が就任する。戻ってこないか」

 ところが、デモの準備を始めた9月17日の深夜、事態は一変する。

「岸社長ら現経営陣が退陣し、新たな社長が就任する。従業員には9月22日に戻って来ないか」

 今回のストについて相談していた関係者を通じて、加藤氏に一本の電話が入ったのだ。加藤氏は突然の連絡に、その内容がにわかに信じられなかったという。

まずは戻れる状態なのか、現場を見たい。翌18日、レストランの閉店後に現場確認に入ることになった。会社側を刺激しないように、加藤氏は現場を訪れず、井原永治支配人(51)が中心となって、従業員たちが1カ月ぶりにSA内に入った。

「私と各部署のリーダーを合わせた9名が店舗に入ったのは夜中の23時でした。事務所の出入り口から入ると、新しい経営陣の方と旧経営陣の方がいて、現状の説明を10分ほど聞きました。そして、書類や商品の管理状況、さらに消費増税への対応などを確認しました」

 深夜の現場確認に立ち会った、厨房担当の従業員が語る。

「厨房に久しぶりに入ったら、想像以上に状態は悪かった。洗い米は水に漬けたまま、ガス釜の元栓も開けっぱなし……それに、ラーメンのスープもフタもせずに放置されている。いつもラーメンの出汁に使っていた、昆布と干し椎茸も見当たりませんでした。臨時スタッフだから仕方ないですけど」

 1時間ほどSA内を見て回り、問題はいくつかあったが清掃や片づけをすれば戻れそうだと井原氏は判断し、加藤氏に報告。翌日の9月19日、これまでずっと険しい表情が続いていた従業員を前に、加藤氏は目を真っ赤にしてこう宣言した。

「やっとここまできました……。皆さんに初めていいます。安心してください」

 加藤氏の“勝利宣言”に、会議室は大きな拍手で包まれた。2日前、追い詰められた表情でデモを準備していたメンバーとは思えない晴れ晴れとした表情だった。

 会社側の対応が急変した背景には、スタッフの募集が「再委託禁止」の項目に抵触すると従業員側が訴えたことで、新規スタッフを集められなくなり、ギブアップした可能性が高いという。

 ストライキ最終日となった復帰前日の9月21日。1カ月以上続いた会議室での会合の最終日。闘い続けた従業員たちを前に、加藤氏はこう語った。

「普通だったら、他の仕事を探す人がいたり、ストを止めて会社に戻る人が出たりする状況なのに、みんな残ってくれました。泣いてしまうかもしれないので、私からはこれくらいにしておきます……明日からはまず自分たちの働いていた元の職場環境に戻すところから始めて、提供するサービスのレベルも前以上になって、やりましょう。今日からがスタートです」

「勝ったわけではない。負けなかっただけ」

 1カ月間、従業員を牽引し続けた加藤氏に、最後にこんな質問をしてみた。心が折れかけた時はなかったのか、と。

「もちろんありました。9月中旬になっても会社との労使交渉は一向に進まず、『みんなもいい加減、もうストを辞めてもいいと思っているはずだ』と。再就職を考える従業員が大半だと思いましたから、会社側の要求を受け入れて、私が辞めて皆に戻ってもらおうと考えていました。

 そんなとき、支配人の井原さんからこう言われたんです。『加藤さん。採決を取りました。45人のうち24人が加藤さんと一緒に会社に戻ると言っています』と。こんな“敗北濃厚”という状況になっても半分以上が賛同してくれた。そこで初めて『私の方が、みんなに頼ろう』という気持ちになった。このことが忘れられないですね。私たちは決して勝ったわけではありません。負けなかっただけです」

 

 従業員らが現場復帰し、SAの営業も軌道に乗りはじめたことで、加藤氏の去就についての風向きが変わってきた。前回の記事まで、岸社長ら経営陣の退陣の条件とされていた加藤氏の辞任も、現場復帰後に会社側から持ち出されていないという。

 ケイセイ・フーズでは、岸社長は9月末で辞任する一方、10月1日付で、別会社から60代の新社長を迎えて新体制で再スタートする。

「新社長とは連絡を取り合っていますが、地元での評判もよく、物腰も柔らかで話をしっかり聞いてくれます。まずは消費増税の対応もあります。一歩一歩、従業員の皆さんと一緒に佐野SAの信頼を回復していきたいです」

 ストを経て、加藤氏もやっと落ち着いた職場環境を得た。気になる、加藤氏が自費で準備して組合に供託した1500万円についても、会社から提案があったという。

「私が組合に供託したお金については、会社側から『話し合いも持ちたい』と言われている状況です。少しずつ話が進んでいくと思います」

 スト中は、ひまわりや風鈴の絵が飾られた売り場は、9月22日の従業員の復職とともに、少し遅れて紅葉や栗などの秋仕様に変わった。

「サッパリしているのにコクがある。麺のコシも強くて、佐野SAの『佐野らーめん』らしさが戻ってきました」(利用客)

 秋の行楽シーズンに向けて、従業員が落ち着いて業務につける日を願ってやまない。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)