美しさを求める人にとって、ひとつの条件となっている「大きな目」。そしてその目は「二重まぶた」であることが必須になっているのが現代です。でも、日本人はそもそも一重まぶたの割合が多く、生まれながらの二重まぶたのほうが少ないと言われています。そんな、江戸時代の「まぶた」についてのお話です。

江戸時代「切れ長の一重まぶたが美人」。では「二重」は?



江戸時代は、小さい切れ長の一重が美人とされた時代。
ですが、二重の人も、少数ながら存在しました。
彼女たちは「ふた皮目」と呼ばれ、めずらしがられたのです。
ある文献に、こんな文章が残っています。

「情(なさけ)らしき二皮目、鼻筋通りて卑しからぬは壺口(つぼくち)」
つまり、色っぽい二重まぶたに、鼻筋が通ってかわいらしいおちょぼ口、という意味。
二重も二重で美しいとされていましたが、特に「性的魅力にあふれている」と見られたようです。

たとえば、出家した尼さんが二重まぶたであると、「したたるや 尼に成っても ふた皮目」と詠まれてしまいます。
尼さんになっても、したたるような色っぽさ……。
「ふた皮目」の女性は浮気性、とも言われたので、あまり褒められたことではなかったよう。
逆に、遊女のような「玄人筋」の女性が二重だと喜ばれる。
恋をするなら二重、お嫁さんにもらうなら一重、といったところでしょうか。

また、江戸時代は一重の女性が正統派の美人であるというのに対し、二重の男性は「出世の相」であるとも言われていました。

ある人相の文献に、ふた皮目の男は「中年以降、快楽する男」「長寿する男」と書かれています。
男性も、やはりふた皮目は「性的に魅力のある男性」で浮気性と言われましたが、そこは江戸。浮気は男の甲斐性なので、「出世する」と言われたわけです。
男性にとっては、プラスのことのほうが多かったようです。

今や、メイクなどでも目を大きく見せることが主流ですが、江戸時代の美の主流は小さい切れ長の一重。
女性の一重は、誠実の証のようなところもあったようです。
本来の日本女性の美しさは、一重にこそあるのかもしれませんね。

文/岡本清香

TOKYO FM「シンクロのシティ」にて毎日お送りしているコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は「恋をするなら、ふた皮目?」として、2015年10月20日に放送しました。

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