肉乃小路ニクヨ クレーム対応専用のコールセンター勤務に耐え切れず、引き籠りに。「なぜ心が折れたのか」1ヵ月考えて出した答えは
ニューレディ、経済愛好家としてテレビやラジオなどで活躍する肉乃小路ニクヨさん。その知的な語り口と温かい人柄が支持され、対談依頼が増加。今では「対話おばさん」と自称することも。人見知りで、コミュニケーションが下手だったニクヨさんが、どのように「対話力」を磨いてきたのか。著書『育つ、育てる。対話力 話し下手が強みになるニクヨ式会話術』より、一部を抜粋して紹介します。
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対話は場数。対話サンプルを充実させる
私も電話接客のコミュニケーション研修やスクリプトだけで、一気に会話のノウハウや学びを得たのではありません。どうやって獲得していったのかというと、一件一件、コミュニケーションの実践を積み重ねるしかありませんでした。
一つ一つ、コミュニケーションが終わるたびに「もう一人の自分」と反省会を行い、意味付けや分類を行い、「他者との対話」のデータベースを増やしていき、次のコミュニケーションに役立てるという繰り返しをひたすら行ったのです。
時にお客様に怒られながら、時にSV(スーパーバイザー=コールセンターの管理者)に怒られながら。改善をはかり、データベースを増やし続けて、実績を積み重ねていきました。
最初の頃は心が折れそうになったこともありました。いや、正確に言うと何回か心が折れました。
与えられた役と自分を切り離せなかった経験
時給がよかったことから、とあるクレーム対応専用のコールセンターに勤務していた時がありました。
そこではとにかく切羽詰まったお客様からすごい勢いで怒られるのと、私の雇い主側が最終的にはお客様と決裂してもよいという基準を持っていたので、私が目指しているMake Senseの必要がない場所でした。つまりただの感情の吐き出し場になっているだけだったのです。
私がそのクレームという名の顧客の感情を受ける意味があるのかと思い悩んでしまい、職場に行くのが嫌になって、そのまま辞めたことがあります。20代も半ばを過ぎて、仕事をトンだのです。
これは自分自身としてもショックなことで、一応今まで責任を持って仕事をやってきたのに、逃げ出してしまったことが許せなくて、1ヵ月くらい自室に引き籠もってしまったことがありました。外に出るのは近くの食品スーパーに食材を買いに行く時くらいでした。

『育つ、育てる。対話力 話し下手が強みになるニクヨ式会話術』(肉乃小路ニクヨ:著/KADOKAWA)

(撮影:西尾豊司〈Rongress Inc.〉/画像提供:『育つ、育てる。対話力 話し下手が強みになるニクヨ式会話術』KADOKAWA)
1ヵ月よく考えました。「自分との対話」を繰り返しました。なぜ心が折れてしまったのか? どうして逃げてしまったのか? その時に考えたことは、私は「役に徹しきれていなかった」ということです。
お客様が怒っていたのは私に対してではなく、会社に対して怒っていたのです。私は会社のただの窓口で、その意見を聞く受付役でした。だけど、受け止める側として未熟だったために、自分に非があったのではないかと錯誤してしまったのです。
つまり会社から与えられた役割と自分自身をうまく切り分けられず、自分が怒られているように感じてしまい、職場に行くと自己否定をされているようで、嫌になってしまったのです。
冷静に考えれば、役割や仕事を理解できていなかったということになるのですが、私のように考えてしまう人が多かったのか、その職場は離職率が高かったので、雇い主側の方からも、よくあることと慣れた感じで対応され、それもまたショックで引き籠もりました。
そこから、仕事をしていく上で、社会で生きていく上で、役割を考えて生きていくことの大切さを学びました。そして、役割を掴むために、仕事で求められていることを的確に把握することの意味を知りました。
役割がわかったら、仕事では役に徹すること、仕事上で否定された場合は、自分がその役をしっかり掴みきれていなかったからで、自分自身が否定されたわけではないと割り切れるようになりました。
社会は役割の集合体。まずは自分の役を掴む
そして、そのことは仕事だけではなく、プライベートの状況でも応用可能で、コミュニケーション全般においても使えることに気が付きました。ちょうどその頃「はじめに」でも取り上げたミュージカル作品『CHICAGO』に出会ったのです。
自分の役割を掴むことは、過去のコミュニケーションが下手な時代に応用できたなと気付きました。
学生の頃はいいクラスメート・楽しいクラスメートという役割をあまり徹底できていなかったから、どう振る舞えばよいかわからず、うまく友達を作れなかったのではないかと思うことができました。
そんな学校生活でも中学校で「生徒会役員」という仕事を与えられた時期は、役割がはっきりとしていたので、やりやすかったなとか、そういうことを思い出していったのです。
たとえば、入学式の在校生代表の挨拶や、生徒総会の仕切りなど、普段のコミュニケーションが苦手な自分ではできなかったことも、生徒会役員(副会長)として、こうした方がいいのではという風に考えると、自然と自分の中の脚本家さんがほいほい台本を書き始めて、言葉が自然と出てきたりしました。
その時と同じようにクレーム対応の電話オペレーターの仕事の時も企業の対応窓口として、というように明確に役割を設定して、対応すればよかったのです。
しかし生徒会役員は、役員選挙を経てその役割を担うようになったので、役割を明確に自覚していたのに対して、クレーム対応は職種として応募したものの、ヌルッと仕事が始まり、しっかりした自覚を持てないまま、仕事が始まっていました。
新しい仕事をスタートする時は、皆そうかもしれませんね。若かった私は、基本的なスクリプトはあったものの、役を掴む前にお客様からクレームを浴びて、心が折れてしまいました。
そして自分の役に徹しきれなかったというのが失敗した理由だったということもわかりました。役を設定するということをその都度適正にやっていれば、コミュニケーションに悩むことは少なかったのだろうなと思います。
このように、私は「もう一人の自分」と対話をしながら、過去の役割ということについて整理をしていきました。そうすると、「あそこの場ではああ振る舞えばよかった」「この言葉をかけてあげればよかった」。そういうことがどんどんたまってくるのです。
こういった振り返りを行うと、「もう一人の自分」は演出家兼脚本家となって「このセリフをここで繰り出すべきだった」とか「役の捉え方はこうすべきだった」ということを対話をしながら不思議と教えてくれるようになってくるのです。
役割を適切に果たせるよう、対話のデータベースを充実させる
たくさんのセリフを作り、演技指導(演出)をするためには経験が必要です。なぜならデータベースとなる経験が多ければ多いほど、スムーズにセリフや演出プランを作り出し、それを演じることができるからです。
そう考えるようになってからは、自意識過剰で恥じらってばかりでうまくいかなかったコミュニケーションに、データベース構築のためのサンプル採集という目的ができました。
すると目的がはっきりしているので、抵抗なく、他者とコミュニケーションを行うことができるようになっていきました。人生が好転し始めたのは、そういうことが自然とできるようになった40歳以降でした。
不器用な私はこんなに時間がかかってしまいましたが、もっと柔軟で器用なあなたなら、意識さえしておけば、簡単に人生が好転し始めるはずです。
どうか、私が今までの人生で獲得した対話への意識やコツなどを取り込んで、今日からでも人生を好転させてほしいなと思っています。
※本稿は、『育つ、育てる。対話力 話し下手が強みになるニクヨ式会話術』(肉乃小路ニクヨ:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
