【木村 政美】「悪気ゼロ」のZ世代新人が1か月で招いた職場崩壊…”近すぎる距離感”が生む「境界線トラブル」の正体
今年4月、都内の食品メーカー・甲社で営業課長に昇進したA上さん(仮名=以下同)。部下30名を率いる立場となり、密かに不安を抱えていた中、新入社員のB谷さんが配属された。初日から課長にタメ口、先輩にインスタ交換を要求、同期のにはランチを断られるたびに執拗なLINE。その近すぎる距離感の負担が、同期D岡さんの退職を招き、職場崩壊とも言える状態に。
前編記事はこちら→課長にタメ口、同期には執拗なLINE…“悪気ゼロ”のZ世代新入社員がたった1か月で「職場崩壊」させた一部始終
Z世代に特徴的な「境界線トラブル」はなぜ起きるのか。その背景と対策を社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
本記事の登場人物
A上課長:35歳。 都内の食品メーカー・甲社(従業員数400名)の営業課長。今年4月に昇進し30名のメンバーを率いる立場に。穏やかで口数が少ない性格で、顧客対応には定評があったものの「自分に部下をまとめられるのか」と密かに不安を抱えていた。新婚で毎日妻の手作り弁当を持参している。
B谷さん:22歳。 甲社営業課の新入社員。大学時代はオンライン授業中心でアルバイト経験もなく「孤独してました」と振り返る。「もともとは誰とでもすぐに仲良くなれるタイプ」を自称し、初日からA上課長にタメ口で接し、先輩にインスタ交換を要求するなど距離感の近さが際立つが、悪気はない。
C川さん:28歳。 甲社の営業主任。A上課長の私生活(新婚の愛妻弁当)をB谷さんに話したことが、課長へのからかいの発端となった。
D岡さん:22歳。 B谷さんの同期で、同じ営業課に配属。もの静かな性格で、新入社員研修の頃からB谷さんに苦手意識を持ち、できるだけ関わらないようにしていた。ランチや飲みの誘いをやんわり断り続けるが、断るたびにB谷さんから詰問LINEが届くようになり……、退職届を出した。
E田部長:50歳。 甲社の総務・人事部長。A上課長がB谷さんへの指導に限界を感じて相談に向かったその日、D岡さんから退職届を受け取っていた。
Z世代の定義とコミュニケーションの取り方の特徴
Z世代とは、一般的に1990年代後半〜2010年前後に生まれ、SNSやオンライン環境が生活の中心にあった世代を指す。
彼らの特徴をコミュニケーションの取り方に絞って説明すると、距離感が近いこととフラットさにある。つまり役職や年齢よりも「人としてどうか」を重視し、年齢や肩書に関係なく対等にやり取りをする。SNSに限らずリアルな関係でも大学で教授を「○○さん」と呼んだり、社会人になると上司にも対等に接することもあるが、彼らにしてみれば失礼なことではなく、自然なコミュニケーションのスタイルとされている。また、チャットやSNSなどデジタル前提のスピーディなやり取りを好むことが多い。
なぜ「境界線」トラブルが増えているのか。その背景
ここでいう「境界線」とは、職場での人との距離の取り方であり、もっとわかりやすくいうと、「相手にどこまで近づき、どこから先は踏み込まないかというちょうどいい距離を推しはかること」である。話し方や態度、話題、SNSによるコミュニケーションなどは自己と相手の境界線によって接し方が変わるのは当然であり、家族や友人と比較して仕事相手の場合(上司、先輩、顧客など)仕事を円滑に進めるために節度ある距離を保つことが必要とされてきた。
Z世代における境界線トラブルが増えている背景には、彼らの価値観だけでなく、育ってきた環境と企業側の構造的な問題がある。
(1)コロナ禍による影響
2020〜2023年に大学生活を送った世代は、コロナ感染拡大防止の観点から授業やサークル活動、就活などがオンライン中心であり、アルバイト経験もできなかった。その影響で、リアルなコミュニケーションを通じて相手の空気を読むといった「非言語の距離感」を学ぶ機会が極端に少なかった。
現在22歳の大卒新入社員B谷さんの場合、大学1〜2年生の期間がちょうど上記の時期に重なっており、リアルでの人間関係構築や距離感の学習不足による影響があると考えられる。
(2)企業文化との価値観のずれ
SNS文化では既読スルーや深夜のダイレクトメッセージ(DM)、友人の友人ともすぐつながるといった「距離感ゼロ」の関係が当然であっても、その感覚を職場に持ち込んだ場合、上司、先輩、顧客などから不快に思われ、人間関係のトラブルに繋がりやすい。彼らに対しては自らの立場を理解して接することが暗黙のルールであり「社会人ならそれくらいはわかるだろう」と具体的な説明を省きがちだが、Z世代の価値観とのズレが摩擦を生む原因になっている。
職場で起きている境界線問題の具体例
では、境界線の認識の違いによるトラブルには一例としてどんなものがあるのか。
(1)上司を友達感覚で扱う
・初日から上司のことを「○○さん」と呼ぶ
・タメ口で話す
・いきなりSNSのアカウント交換を求める
……上司は「軽く思われている」と感じ指導が難しくなる。
(2)先輩への過度な踏み込み
・恋愛、家族、収入など私的な内容を聞く
・先輩のSNSを勝手にフォローする
・飲み会でなれなれしい態度を取る
……先輩が「距離を置きたい」と感じ、仕事への悪影響が出やすくなる。
(3)同僚との距離感差を認識していない
・求められていないのに毎日LINEで仕事や私的な愚痴を書き込み、休日も連絡をする
・相手から距離を置かれると「嫌われた」と思い込み反論する
……同僚間での依存関係が問題化するケースも多い。
(4)相談と愚痴の境界があいまい
……Z世代は「相談=気持ちを共有すること」と捉える傾向があるが、職場における相談は「業務を改善するための報告・連絡・相談」を意味する。この認識の違いにより、双方の意図がすれ違い、コミュニケーション不和が生じる。
法的・実務的に見る境界線問題
境界線の認識差異により人間関係のトラブルに発展した場合、企業では次のリスクが考えられる。
(1)ハラスメント問題
距離感が近すぎる言動を取ることで、相手から「セクハラ」「パワハラ」などハラスメントを受けたと訴えがあったり、逆に上司が注意したことで「パワハラ」と受け取られることもある。
(2)プライバシー権の侵害
恋愛や家族、趣味や嗜好などの私的な話題に踏み込むことは、パワハラでいう「個の侵害」に該当するばかりか、本人の同意なく他の社員に漏らした場合、プライバシー権の侵害となる可能性がある。
(3)SNSトラブル
上司などの職場関係者の写真を無断でSNSに投稿したり、社内情報や同僚の悪口を書き込む行為は、企業の信用失墜に繋がる。
(4)職場の秩序維持義務
企業には職場の秩序を維持する義務がある。境界線によるトラブルを放置した場合、生産性の低下や社員のメンタル不調、離職に繋がることもあり、企業の責任が問われる。
企業が取るべき対策
境界線問題は、個人の性格や単なるマナーの問題では解決しない。Z世代と企業間の価値観の違いを把握した上対処することで、トラブルを未然に防ぐことができる。具体的な対処方法の一例をあげる。
(1)距離感のルールを明文化して周知する
「上司や先輩などとの接し方」「SNSの扱い」「相談の仕方」 などを組織内の暗黙に留めず就業規則やマニュアルなどで明文化し、周知する。
(2)ビジネスマナー研修に境界線教育を組み込む
「友達と職場の距離感の違い」「プライバシーの概念」「SNSの危険性」などをレクチャーする。 Z世代は理由を理解すると行動が変わりやすいため、背景を丁寧に伝えることが効果的だ。
(3)Z世代の距離感を理解する
「フラット志向 」「 SNS文化 」「対面経験の少なさ」など上司が若手の背景を理解すると、指導がしやすくなる。
(4)ミーティングなどで価値観のすり合わせをおこなう
研修後は個人ミーティングなどを通じて その都度お互いに距離感を確認することで、認識の誤解を防ぐ。
甲社の問題点
B谷さんの言動が原因で、職場全体のコミュニケーションがぎくしゃくしてしまったばかりか、同僚であるD岡さんの離職問題まで発展した甲社は、どこが問題だったのか。
(1)新入社員に対して上司、先輩との距離感やSNSの扱い、プライベートの線引きといったルールを説明しておらず、暗黙の了解に依存していたこと。
(2)A上課長がZ世代の価値観や背景を理解しておらず、単なるマナー問題として注意していたこと。
(3)D岡さんが困ったときに相談できる上司以外の窓口など、フォロー体制が整っていなかったこと。
(4)A上課長がE田部長に相談を持ち掛けるまで1か月の期間があったこと。
甲社の対処策だが(1)及び(2)についてはすでに前述した。(3)については、人事課などが相談窓口を設置、周知するなどで対処可能であり、(4)は、A上課長が新任のため、もっと早い段階でE田部長がA上課長との面談機会を設け、部下の指導などで困っている点はないかなど、状況確認することが必要だったと思われる。
甲社の気になる「その後」
翌日の朝、E田部長はB谷さんを呼び、A上課長も同席した。
「実はね……。D岡さんから退職届を受け取ったんだけど、君、心当たりはある?」
E田部長の言葉に驚いたB谷さんは
「今初めて聞きました。なぜですか?」
と逆に尋ねた。
「職場の人間関係に疲れて、仕事へのやる気をなくしたそうだ」
「人間関係?そんなはずないです。A上さんも先輩たちも皆親切です」
ここでA上課長が口を開いた。
「君から毎日ランチやアフターに誘われたり、断るとLINEで執拗にメッセージが入ることが嫌だと私に相談があった。だから私は君に何回か注意したんだけどね……」
「そんなつもりじゃ……。同期だし仲良くしたかったんです」
「君に悪気がないのはわかるけど、職場では友達みたいに仲良くするよりも、お互いに気持ちよく働けることの方が大切。君はいきなりD岡君に近づきすぎちゃったんじゃないかな?いい関係になりたかったら、自分だけの想いで先走るより相手の様子を見ながら行動しないとね。それは上司や先輩に接するときも同じだよ」
E田部長の言葉にショックを受けたB谷さんは、無言のまま退席した。
次の日、B谷さんはA上課長に頭を下げた。
「僕、みんなに馴れ馴れしかったし、D岡さんにも嫌な思いをさせてしまいました。昨日E田部長に言われ、はじめて気がつきました」
「私も君にもっと適切な注意をすべきだったと反省しているよ。D岡さんは昨日E田部長が説得して、退職を思いとどまってくれたからよかった」
B谷さんがほっとした表情になったところで、A上課長は言った。
「来週、新入社員を対象とした半日研修を実施するとE田部長から指示があった。内容は、職場でのコミュニケーションの取り方やSNSの扱い方など、入社時研修の補足をするみたいだよ。曜日と時間はあとで連絡するからよろしくね」
「わかりました」
自席に戻り、パソコンで作業をするB谷さんの姿を見ながら、A上課長は「やれやれ……」と呟いた。
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