「確実に殺したかった」ラブホテルから救助されたのは血まみれの車椅子男性⋯22歳女性が「初対面の障害者」を殺そうとした“衝撃の理由”(平成24年の事件)〉から続く

「確実に殺せるから障害者を狙った」――。クリスマスイブのラブホテルで、出会ったばかりの車椅子男性を襲った22歳女性。

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 エリート一家で育ち、パッチリとした目の美人だった彼女は、なぜこれほど残虐な怪物へと変貌してしまったのか。裁判で明かされた歪んだ殺意の正体に迫る。なおプライバシー保護のため、登場人物はすべて仮名である。(全2回の2回目/最初から読む)


写真はイメージ ©getty

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「死ぬところを見せてよ」

「ヒィーッ!」

「死ぬところを見せてよ」

「何を言ってるんだ!」

 それから包丁の奪い合いが始まり、2人はもつれるように床に転げ落ちた。

「助けてくれ。オレはもうすぐ初孫が生まれるんだ。殺さないでくれ!」

「私が手を放したら、あなたが刺すでしょう」

「オレは歩けない。刺せるわけがない。傷口から内臓が出ているかもしれない。病院へ行かせてくれ!」

 そんな山田さんに麻衣は催涙スプレーを吹きつけ、「ホテルの防犯カメラには私の姿が写っている」「始発にはまだ時間があるのでここに居させてもらう」などと冷静に反論し、その場から立ち去ることを2時間以上も拒否した。

「頼む。救急車を呼ばせてくれ。オレは死にたくないんや。警察には言わないから、今すぐ逃げるんや!」

 ようやく山田さんが119番通報したのはホテルに入ってから3時間半後だった。山田さんは救急搬送中に意識を失い、緊急手術を受けたが、肺損傷や肝臓の一部摘出などで全治4カ月の重傷を負った。

犯人から見つかった「軽度の知的障害」

 一方、麻衣はタクシーに乗って港へ行き、フェリーに乗って逃亡。逃亡先のネットカフェで事件が報じられていることを知り、観念して警察に“自首”した。

 警察の家宅捜索で自宅から詳細な殺人計画書が見つかり、「○月○日に車椅子の男を殺す」「刃物は当日買う」「死体はゴミ袋に入れる」「消臭剤で臭いを消す」などの記述のほか、死体をバラバラにするための絵が描かれていた。

 麻衣は精神鑑定にかけられ、軽度の知的障害が見つかった。両親は1歳児健診と3歳児健診のときにそれを指摘されていたが、漫然と放置し、スパルタ教育で娘を育て上げ、本人の凄まじい努力で大学まで卒業していた。

 しかし、就職してからは対人関係がうまくいかず、勤務先の福祉施設や車の部品工場を相次いで3カ月で退職し、父親に厳しく叱責されていた。

 それに加え、事件の半年前に学生時代から付き合っていた彼氏に別れ話を切り出され、イライラが頂点に達していた。そこでたまたま知り合った山田さんに怒りの矛先を向けたのである。

「相手は誰でもよかった。ネットサーフィンをしていて、障害者同士の交流サイトを見つけたので、恋愛を装って近づくことにした」

「障害者の敵」

 被害者の山田さんは「こんな女は障害者の敵。社会から隔離して欲しい。今回の事件でトラウマになっている。裁判所にも出廷したくない。彼女に刺されたときのことを思い出してしまう。あまりにも酷い」と訴えているが、麻衣の両親は麻衣の生い立ちについて次のように説明した。

「周りの赤ちゃんと比べると、何かと遅い子だった。言葉も立ち上がるのも反応も遅い。他の子との差がなかなか縮まらない。小学校に入ると、泣きわめいて感情を爆発させるようになった。

 しつけだと思って強く叱り、手を上げても改善することはなかった。コミュニケーションが下手で、友達ができない。学年が上がるごとにいじめの標的となり、不登校になった。それが原因で中学2年生の終わりには転校することになった。高校時代は社会経験のつもりでアルバイトさせたが、長続きしなかった。どうして自分の人生はうまくいかないのか悩んでいて、事件前に発達障害者支援センターに相談に行ったが、その1カ月後に事件を起こした」

 麻衣を精神鑑定した精神科医は次のように話した。

「父親は障害と理解せず、普通の行動ができないことに怒り、できるように指導するために殴るというやり方を繰り返していた。学校も障害と認識できず、本人が物凄く努力していた。就職先では適応できない業務を任され、失敗経験を重ね、『やっぱり私はできない』『社会から必要とされていない』という疎外感を味わっていた。父親は『こんな変わった子、先生は見たことないと思いますよ』とか、『普通に成長してもらいたかった。思っていた子と全然違うんで』などと話していた。家族にも受け入れられず、孤立を深めた結果、こういう事件を起こした。知的障害が軽度だから、支援が低くてもいいわけじゃない。彼女と会話していても、過去の感情になり、突然怒り出すことがあった」

懲役は⋯

 麻衣の両親も事件になってから、初めて自分たちの過ちに気付いた。麻衣は起訴事実を認め、「酷いこと、無責任なこと、迷惑なことをしてしまって、本当に申し訳ない」と謝罪した。

 しかし、裁判所は「サポートがなかったことが事件の原因ではない。怒りのはけ口を他人に求めたもので、知的障害の特性ではない」として、懲役5年を言い渡した。

(諸岡 宏樹)