「治療費700万円。貯金を切り崩し…」ステージ4の乳がん女性、寛解も47歳で直面した「キャリア喪失」冷酷な現実
仕事を辞めた直後に、ステージ4の乳がんが発覚──。治療費は総額700万円にのぼり、離婚や失業も重なって、人生が大きく変わったという井出久日子さん(49)。「仕事は努力すれば取り戻せる」と信じていたものの、思うようにいかない現実。それでも、2025年に寛解を迎えるまでのなかで、「今を生きること」の大切さに気づいたといいます。
【写真】1日10万円以上かかる日も!乳がん治療の明細を公開 ほか(10枚目/全13枚)
乳がん治療にかかった総額は700万円
── 2015年にステージ4の乳がんと診断されたそう。2025年に寛解するまで、さまざまな苦労があったと思います。
井出さん:10年間でかかった治療費は約700万円。莫大なお金がかかることを痛感し、がんになったことでキャリアも中断しました。「助からないかもしれない」という精神的な負荷も大きかったです。実際に治療を受けてみたからこそ、初めて知ることばかりでした。
抗がん剤治療を始めた当初は思うように働けなかったため、当時、結婚していた夫が治療費を工面してくれて。高額療養費制度によって自己負担額は抑えられるものの、世帯収入によって上限が変わります。当時は夫の収入が基準だったので、月の自己負担は約9万円。終わりの見えない治療のなかで、夫にも大きなプレッシャーがかかっていたはずです。
その後、私自身は自立するためにあえて働く時間を増やしました。それまでは夫の扶養に入っていたのですが、自ら社会保険に加入し「被保険者」となることで、高額療養費制度の自己負担額を軽減させるという、自立のための戦略的な決断でした。夫の収入が基準だった当時は月額約9万円の負担でしたが、約2.5万円まで軽減され、経済的にはかなり助けられました。
さらに幸運なことに、2年に一度100万円が受け取れるがん保険にも加入していたんです。10年間の治療中、これまでに6回受給しています。ただ、保険金が得られるのは治療費を払ったあと。病院費用は自分で先に支払う必要があり、当時は大きな負担でした。みるみる残高が減っていく通帳を見るのが怖かったですし、思うように働けないことにもどかしさはずっと感じていました。
正社員を外れ思い知ったお金とキャリアの現実
── 治療と仕事の両立は難しかったでしょうか?
井出さん:もともとは航空会社や旅行会社などでキャリアを積んできました。ただ、38歳のときに「仕事は努力したら取り戻せるけれど、妊娠は今しかできない」と、妊活中心の生活を視野に退職を決意しました。その後は派遣社員として週3日ほど働いていたんです。
ところが、退職直後にステージ4の乳がんが発覚。このときほど、退職を後悔したことはありません。正社員であれば、「病気休暇」などの手厚い社会保険制度などに守られていたはずですから。派遣社員では収入は不安定で、自分が所属する場所がなくなったこともつらかったです。その後もフルタイムで働くのは難しく、旅行会社でアルバイトとして働き始めましたが、コロナ禍で解雇となり無職に。
さらに夫とのすれ違いから離婚し、貯金を切り崩す生活が続き、「この先、どうなるんだろう」と不安でいっぱいの日々でした。2023年秋、47歳でようやく旅行会社の正社員として再び働き始めることができました。やっとスタートラインに戻れたと思ったのですが、周りをふと見ると、かつての同期たちは部長や支店長として、会社の中核を担う立場で活躍しています。
一方、私は正社員になれたことに安堵するも、現場で働く立場。以前よりも新しいことを覚えることは大変だし、老眼も始まり眼も見えにくくなっていて。さらに、若い人に交じってイチから仕事を覚えないといけない。その現実に悔しさでいっぱいでした。38歳で会社を退職したときは、「努力すればキャリアは取り戻せる」と信じていましたが、実際には失ったものの大きさを痛感しています。
若い頃に思い描いた姿とは違うけれども
── 闘病経験を経て、価値観などが変わった部分はありますか?
井出さん:遠回りをしたからこそ、毎日仕事があることのありがたさを実感しています。以前は当たり前だと思っていた「元気に過ごせること」の大切さにも気づきました。がんと診断されてから、「助からないかもしれない」という恐怖はつねにあって…。でも「明日どうなるかわからない」のは、誰にとっても同じなんですよね。だからこそ、「今を全力で生きよう」と思うようになりました。
今の私は、離婚も経験して、キャリアもイチからスタート。若い頃に思い描いていた姿とは違うけれど、今の自分を受け入れようと思っています。他人と比べるのではなく、「今の自分にできること」をひとつずつ積み重ねていく。それが、私にとっての「今を大切に生きる」ということであり、「自立」なのだと思います。
── がんと診断されたのが、38歳という早いタイミングだったからこその悩みも多かったのだと思います。
井出さん:がんは早期発見が大切だと言われています。それが浸透してきたから、みな検査を受け、初期の段階で治療を受けます。だから命が助かる可能性は格段に上がったんです。けれど、がんとともに生きることで、長期にわたる治療に耐えたり、医療費などの金銭面の問題が浮き彫りになったりしています。これまでのように働けなくなり、キャリアの危機にも直面します。メンタル面でも、どんどん追い詰められてしまう場合もあります。それなのに、周囲には悩みをなかなか相談できません。
というのも、がんは命にかかわる病気だから相手がひいてしまいがちなんです。同じ悩みを抱える人は少なく、孤独を感じやすいと思います。私はがんと診断されたばかりの頃、患者会にも参加してみたんです。でも、年齢の高い人ばかりで、妊娠やキャリアなどの悩みを打ち明けられませんでした。その後、自分と同世代の人の患者会を知り、ようやく共感し合える人たちと出会えました。
診断されたばかりの頃は、自分の闘病経験を人に伝えるのに抵抗があったんです。でも自分の気持ちの整理のために、少しずつSNSで発信し始めて…。すると、思いがけないほど反響がありました。がんと闘う人たちから「井出さんの思いに共感した」とか「井出さんが前を向いて進む姿に励まされた」といった声に支えられました。
発信したことがきっかけとなり、ミセスコンテストやモデルにも挑戦しました。その経験が「私にもできるんだ」と自信につながりました。誰かの役に立つと実感が持てると、自分が生きていく意味を見出せるような気がしています。
取材・文:さいだ多恵 写真:井出久日子

