「コンクリートに詰めようか」祖父の一言で6歳女児遺体が18年放置…住民票が削除され「社会に存在しない子」になった衝撃の経緯
今年3月、大阪地裁(伊藤寛樹裁判長)は懲役8年の実刑判決を言い渡し、確定している。
前編では、玲奈さんが死亡するまでの一部始終を詳報した。後編では、遺体をコンクリ詰めにするに至った衝撃の経緯と、なぜ18年もの間放置され続けたのか、その全貌に迫る。
裁判では時系列にそって事件が紐解かれていた。2006年12月下旬から翌07年1月上旬ごろ、飯森被告は玲奈さんを殺害。その一部始終が供述された後、コンクリ詰めにして遺棄されるまでの詳細が明かされた。
飯森被告は交際相手のA(同・36歳)=死体遺棄の罪で公判中=と同居していた当時の自宅で、玲奈さんに暴行を加えて死亡させると、その翌晩、遺体を車に積み込んで外出した。
向かった先は、飯森被告の父親で玲奈さんの祖父にあたるB(送検時・82歳)=死体遺棄の容疑で不起訴=の家だった。
「父親から玲奈を預かっていたので、殺めたことをちゃんと見せて伝えに行こうと思いました」
当時のBの家は、2階建てのくたびれたような昭和の面影が残る長屋。玲奈さんが生前、母親らと仲睦まじく生活していた家だった。
◆「コンクリートに詰めようか」祖父Bからの衝撃の一言
当時、飯森被告はBに遺体を対面させて報告した後、「警察に出頭しよう」と考えていた。その意向をBに伝えると「出頭するな」と咎められた挙句、こんな指示をされたという。
「お前が処理せえ」
大阪府警は関係者の供述などをもとに、Bの関与が濃厚だとして死体遺棄容疑で書類送検していた。しかし、大阪地検は「不起訴」と判断。その理由は明かされていない。
Bから遺体の処理を命じられたのに対し、「僕は埋めたりばらしたりするのは嫌やで」と言い返した。すると、Bから具体的な方法を提案してきたと証言する。
「コンクリートに詰めようか」
◆コンクリート詰めにするまでの生々しい供述も
玲奈さんから「パパ」と呼ばれ、とにかく慕われていた飯森被告。さすがに、この残忍な遺体の処理を決意できなかったという。証言台に座っている飯森被告の濁った声が涙でか細くなっていく。
「すぐに返事ができなかったんです。やり方がむごいから」
玲奈さんの遺体をBの家に置いてから3、4日後。飯森被告は物置と化していた2階で、その小さな遺体の処理をはじめた。まず、飯森被告は遺体の服をすべて脱がせた後、Bの指示で髪を刈り上げると、交際相手のAに死に化粧をさせた。
その後、飯森被告は金属製の衣装ケース(縦約88センチ、横約45センチ、高さ約35センチ)にコンクリートを入れて下地を作り、遺体を入れた。徐々に遺体にコンクリートを流し込んでいたとき、「お腹が見えたあたりで一旦やめた」という。
すると、飯森被告は階下にタオルと仏花を取りに行った。遺体の腹部にタオルを敷いて供えると、ささやかに死を弔った。しかし、コンクリートを流し込む手は緩めなかった。
「コンクリートを全部入れたとき、ごめんなさいと手を合わせました」
そしてコンクリ詰めにされた遺体は、Bの家の2階になんと18年もの間、放置されていた。
◆18年後に遺体が発見された“まさかの経緯”
事態が展開したのは、死後約18年が経過した2024年11月。Bの家が建て替えのため、立退きを求められたのだ。Bは、飯森被告に再び指示をしたという。
「次の新しい家に運ぼか」
Bが新しく借りた長屋までは、直線距離で約300メートルで、徒歩でも5分とかからない。解体業者が来る前に遺体の入った金属ケースを移動する必要があったため、同月12日に実行に移した。
