(※写真はイメージです/PIXTA)

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「老後は年金と貯蓄でやりくりするしかない」。そう思い込み、日々の支出を切り詰めて暮らしていた68歳女性。しかし、終活で改めて通帳を見返した際の“ちょっとした違和感”が、その前提を揺るがします。見慣れたはずの記帳のなかに紛れていた、見落としていた入金。その正体をたどった先にあったのは、想像を超える金額でした。なぜその資産は長年見えなかったのか――。本記事では合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が、佐藤和子さん(仮名)の事例から、みえない資産の落とし穴について解説します。※相談事例は本人の許諾を得てプライバシーのため一部脚色しています。

節約を続ける68歳女性が「通帳整理」で覚えた違和感

神奈川県のマンションで一人暮らしをする佐藤和子さん(仮名/68歳)。2年前に夫(享年72)を亡くしてからは、年金を頼りに生活しています。

夫は中堅メーカーに長年勤め、定年まで働き上げました。退職金は約1,400万円。住宅ローンの返済に充てたあと、手元に残った預貯金と合わせて、現在の金融資産はおよそ1,200万円です。

毎月の収入は遺族年金と自身の年金を合わせて約19万円。一方、マンションの固定費を含めて月20万円ほどかかり、不足分は貯蓄を取り崩して補っています。来年は、積立金の値上げも決まり、さらに取り崩しが進む見込みで、和子さんはお金の心配ばかりしていました。

「贅沢はしていないつもりなのに、管理費や修繕積立金だけで毎月4万円弱。医療費もかかるようになって、気づけば月20万円近くになってしまう」--和子さんにとって、節約したくてもできない出費が積み重なっていたのです。旅行や外食といった楽しみはとうに控えていましたが、固定費は削れませんでした。

夫が亡くなって2年、改めて感じるのは「お金のことをなにも知らなかった」ということ。「無口だったけど、几帳面な人でした。お金のことは全部、主人に任せきりで」と和子さんは振り返ります。家計の管理も資産の運用も、夫が担う役割でした。

几帳面だったからこそ、資産はきちんと管理されていました。ただ、自分が元気なうちはすべて自分で完結させるつもりだったのか、口座の詳細を家族に伝えることはありませんでした。その分、和子さんは細かい資産の中身を把握していませんでした。

夫は生前、株式投資をしていましたが、それは証券会社の担当者とやりとりしながら行っているものだと認識していました。年に一度届く報告書をみても、「それほど大きな資産ではないだろう」と感じていたといいます。

夫の一周忌を過ぎたころ、和子さんは自分の身に夫のように突然のことが起きたときのため、終活を兼ねて亡き夫の通帳を整理しようと、改めて一つひとつ記帳内容を見返していました。

そのとき、これまで気に留めていなかった入金に目が留まります。通帳には、「配当金〇〇〇」といった記載の入金が、毎年数千円ずつ、いくつも記録されていたのです。

「配当金」という言葉ぐらいはわかるものの、それが夫のどの投資に紐づくものなのか、和子さんには判断がつきませんでした。

気になった和子さんは、相続手続きを進めてくれた長男に相談します。当時の手続きでは把握できていなかった口座の可能性も考えられたからです。しかし、その長男も通帳をみながら首をかしげました。

「こんな銘柄、あったかな……」

この何気ない一言が、思いもよらぬ事実の判明につながっていきます。

デジタル化で“みえなくなる資産”

長男が改めて調べを進めると、夫が生前にもう一つ、別の証券口座を持っていたことが判明しました。

和子さんは、夫が生前、大手証券会社を利用していましたが、取引のたびにかかる手数料に不満を漏らしていたことを思い出します。そのため、一部の取引をネット証券で行うようになったのでしょう。推測するに、担当者から得た情報を参考にしながら、実際の売買は手数料の安いネット証券で行う--そんな使い分けをしていたようなのです。

ただ、その口座はすべて電子交付。郵送での報告書は届かず、ログイン情報も家族に共有されていませんでした。

2000年代後半以降、株式は電子化され、取引内容はインターネット上で管理されるのが一般的になっています。便利になる一方で、家族にとっては「存在に気づくきっかけ」が失われやすくなりました。

和子さんも、「夫は投資をしている」とは知っていましたが、「どこに、どれだけあるのか」までは把握していませんでした。その結果、別の証券口座の存在は長年見過ごされ、“存在していないのと同じ状態”になっていたのです。

こうしたケースは珍しいものではありません。特にデジタル化が進んだ現在、資産は「持っているかどうか」ではなく、「みえているかどうか」で認識が大きく変わります。

「気づかなかった資産」が変えた、老後の見通し

長男のサポートを受けながら証券会社に照会を進めると、担当者から返ってきた返答に、長男も言葉を失いました。その口座の全容が明らかになったのです。

そこには、いまから25年ほど前、株価が低迷していた時期に購入された複数の株式が残されていました。値動きに一喜一憂するタイプではなかった夫は、そのまま売却せずに持ち続けていたのです。配当を受け取りながら、持ち続けていたことが、結果として資産の増加につながっていました。

相続に関する手続きも改めて行う必要がありましたが、専門家のサポートを受けながら対応を進めることになりました。

その後、株式を整理・売却し、和子さんの銀行口座に振り込まれた金額は--「¥72,000,000」。

通帳に記帳されたその数字をみたとき、手の震えが止まらなかったといいます。

「こんなお金があったなんて……」

これまで「足りなくなるかもしれない」と不安を抱え、必要以上に支出を抑えてきた日々。その前提が大きく揺らぐ瞬間でした。

なお、株式を売却した場合には、相続とは別に譲渡益に対する税金が発生することもあり、あとから思いがけない負担となるケースもあります。

特に長期間保有されていた株式では、購入時の記録が残っていないケースも少なくありません。その場合、「概算取得費」として売却額の5%を取得費とみなすルールが適用され、税負担が想定以上に大きくなる可能性もあります。

和子さんのケースでも、こうした点を踏まえながら手続きを進めていくことになりました。思いがけない資産がみつかったとしても、それがそのまま手元に残るとは限らないのです。

今回の出来事を通じて和子さんが感じたのは、「知っているつもり」の危うさでした。いま把握している資産は、本当にすべてでしょうか。一度、見直してみる価値はあるかもしれません。

三原 由紀

合同会社エミタメ

代表