『月夜行路 ―答えは名作の中に―』©︎日本テレビ

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「数時間前に知り合った彼女となぜか私は西へと向かっている――これが人生を変える旅だと知るのはもう少し先の話だ」

参考:波瑠、『月夜行路』で開花させる新たな魅力 『フェイクマミー』の振れ幅がより深化?

 このモノローグが、その後に待ち受けるあまりにも唐突な展開を先取りしていた。日本テレビ系水曜ドラマ『月夜行路 -答えは名作の中に-』第1話は、家庭にも人生にもどこか置いていかれているような感覚を抱えた女性が、ひとりの“文学オタク”と出会ったことで、思いもよらない旅へと連れ出されていく物語だった。ミステリー、ロードムービー、文学案内といった要素が詰め込まれているが、初回でいちばん強く残ったのは、沢辻涼子(麻生久美子)の抱える、どうにも言葉にしづらい息苦しさだったように思う。

 大学生の娘は家事をせず、高校生の息子はろくに会話もしない。夫の菊雄(田中直樹)は帰りが遅く、ようやく帰宅したかと思えば、女性からの電話に気を取られてまともに向き合ってもくれない。どれも極端な不幸というわけではない。だが、壊れてはいないが、満たされてもいない。その中途半端な空白が、涼子の心をじわじわと削っていることが伝わってくる。そんな日々のなかで、彼女がふと思い返してしまうのが、学生時代の恋人・カズト(作間龍斗)の存在だ。

 同世代の男性が、今さらまっすぐ愛情表現をすることなんてそう多くない。ルナのその指摘は、ある意味ではもっともだ。けれど、それでも涼子の心が満たされないのは、夫が冷たいからというだけではない。かつて自分を強く揺らした恋の記憶が、今の現実を測る物差しになってしまっているからだろう。銀座のバー「マーキームーン」のママ・野宮ルナ(波瑠)は、そのことをあっさり見抜いてしまう。家族構成も、夫の仕事も、そして涼子が胸の奥に押し込めてきた未練までも、観察眼と文学的感性で次々と言い当てていくルナの存在は、いかにもフィクションらしい強さを持ちながら、不思議と浮いていない。

■『月夜行路』第1話の真犯人は愛子(佐々木希) ルナという少し現実離れした存在が現れたことで、涼子が抱えていた行き詰まりが、かえってくっきり見えてくるのもこのドラマのおもしろさだ。菊雄の服に入っていた「SHUFFLE」と書かれた名刺を手がかりに、涼子は夜の銀座で夫の尾行を始める。ここまでは夫の不倫を疑うサスペンスとして進んでいくが、ルナと出会ったことで空気が一変する。「会いたいですか?」と問われ、涼子が思わず「会いたい」と本音をこぼした直後、気づけば大阪へ向かう車に乗っていたという展開はかなり唐突だ。それでも不思議と無理がないように見えるのは、涼子自身が今の生活に息苦しさを感じ、このまま同じ場所にとどまることに限界を迎えていたからだろう。

 大阪に着いたルナが、谷崎潤一郎の『卍』に胸を躍らせ、聖地巡礼のように街を楽しむ姿も印象的だった。他にも近松門左衛門『曽根崎心中』、谷崎潤一郎『卍』、渡辺淳一『失楽園』、横溝正史『犬神家の一族』、アガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件』と、初回からさまざまな作品が登場するが、それらは知識の披露に終わらず、事件や登場人物の行動にしっかり結びついていた。

 特に『曽根崎心中』の舞台・露天神社で見つかった男女の遺体をめぐるくだりには、本作の持ち味がよく出ていた。曽根崎で男女が死んでいれば、誰もが心中を思い浮かべる。だが、その思い込み自体を利用したのだとしたら――。涼子のひと言をきっかけに、ルナの文学的知識が真相へとつながっていく流れは鮮やかだった。真犯人は、夫の不倫相手になりすまして無理心中を装っていた愛子(佐々木希)。名作の知識が、ただ事件を彩るためではなく、真相を解く鍵として機能していたのが新感覚で面白い。

 ただ、第1話の魅力はそれだけではない。文学は事件を解くための道具である以上に、涼子の人生を少しずつ動かしていく装置にもなっていた。アンデルセンの「To travel is to live」という言葉の通り、この旅は単なるカズト探しでは終わらないはずだ。文学を愛するルナと、文学によって本音を引き出されていく涼子。そのふたりの出会いが、この先どんな景色を見せてくれるのか。初回は、この先の旅がどう広がっていくのか楽しみになる内容だった。(文=川崎龍也)