西武渋谷店はバブル期の象徴だった。58年の歴史に幕を閉じる(C)共同通信社

写真拡大

【不動産業界 噂の現場】

「IKEA」が原宿と新宿の2店舗を閉店…成長鈍化で郊外型店舗も危うい

 これは文化の終わりなのか──。

 バブル期に最盛期を迎え、百貨店の象徴でもあった西武渋谷店が、9月末で閉店する。運営するそごう・西武が発表した。 

 売上高のピークは1990年度の967億円。それが昨年度には234億円まで落ち込み、最盛期の4分の1以下にまで縮んだ。2016年度以降は営業赤字が続いていたとされるが、直接の引き金となったのは収益悪化ではなく、24年7月に地権者から受けた「明け渡し通知」だった。交渉は続いたものの、合意には至らなかったという。

 映画監督ウディ・アレンを起用したコマーシャルで一世を風靡した西武百貨店は、文化経営を掲げた故・堤清二が率いたセゾン(旧西武流通グループ)の中核にあった。

 閉店が発表されると各種メディアが大きく報じ、百貨店には文化があったと懐かしむ人々の言葉も紹介された。バブルで急速に豊かになる生活の中、なお手に入らない文化的成熟のひとつが西武渋谷だった、というわけだ。SNSでも大きな話題となった。

 ただ、シビアに眺めてみれば、これは都市構造の変化がもたらした当然の帰結でもある。

 渋谷駅周辺では、12年のヒカリエ(約14万平方メートル)開業を皮切りに、19年のスクランブルスクエア東棟(約18万平方メートル)、23年の桜丘口サクラステージ(約25万平方メートル)と、大規模な商業・オフィス床が次々と供給されてきた。

 さらに、宮益坂地区の約32万平方メートル(29年竣工予定)など、現在進行中の案件まで含めると、駅周辺の新規床は累計100万平方メートルを超える規模に達する。東京ドーム20個分を上回る計算だ。

「つまり、百貨店という総合的な商業装置から、各種の専門店や複合商業施設へと、消費者の受け皿が移り変わったとみるのが自然だろう」(ディベロッパー社員)

 一方、三越や松屋といった百貨店がなお鎮座する銀座はどうか。

 閉店した松坂屋跡地に建てられたGINZA SIXの延べ床面積は約15万平方メートルだが、高さは56メートルに抑えられている。

 調査会社の社員は語る。

「銀座には建物の高さを厳しく制限する『銀座ルール』がある。銀座で百貨店がなお機能しているのは、インバウンド需要や外商顧客の存在だけでなく、大規模な競合床が生まれにくい構造が維持されてきたことも大いに関係しているはずだ」

 百貨店が苦境に立たされたのは、渋谷では「床」があふれたからであり、銀座に残っているのは供給を抑えるルールが働いているから、ということか。

 渋谷から百貨店が消えるという出来事は、都市のルール設計の違いが、結果として何を温存し、何を変容させるのかを如実に物語っている。

(小野悠史/ニュースライター)