「魚が売れない」父の嘆き。IT化に挑んだ二代目が「正論が響かない」現場で見つけた「老舗の本当の価値」
「自分のITスキルをいかしたい」。それは、ネット通販で悩む父を助けたい一心で武器を磨いてきた二代目の、精一杯の決意でした。名古屋の老舗「寿商店」の長女・森朝奈さん。幼いころから、すべては「家業のため」の逆算で取捨選択をしてきましたが、現場で待っていたのは理想とかけ離れたものでした。良かれと思った「正論」は現場では受け入れられず、老舗のIT化により「現場の本当の価値」を見失うような体験をします。悩んだ彼女が、朝5時の加工場で父の背中を盗み見ながら、必死に掴み取ろうとしたものとは。
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「家業の跡継ぎ」幼い頃から憧れた父の背中
── 名古屋市で鮮魚卸や飲食店を展開する「寿商店」の二代目として活躍する森朝奈さん。仕事風景を動画で拝見した際、重い箱を軽々と持ち上げる「鍛えられた腕の筋肉」に思わず目が釘付けになりました。
森さん:この筋肉は完全に仕事でついたものです(笑)。もともと運動は苦手でしたが、毎日重い魚を運ぶうちに、ジムのインストラクターに褒められるほどになりました。
── 子どもの頃から、跡を継ぐと決めていたのですか?
森さん:子どもの頃って「お店屋さんごっこ」をしますよね。私の場合、魚屋という場所でそれがリアルに体験できて楽しかったんです。小6の卒業アルバムには「親の跡継ぎ」と書いていました。幼稚園のころから、父がブリを解体する姿を目の前で見て、カッコよくて憧れがあったんです。
ただ、学生時代に油絵を習っていたので、美大に入って画家になりたいという夢に揺れた時期もありました。ですが最終的には、長女としての責任感と家業への思いが勝りました。
「父を助けられないのが悔しかった」家業の穴を埋めるためのに楽天へ
── 卒業後、すぐに家業に入らず「楽天」を選んだのはなぜでしょう。
森さん:私が大学生のとき、父がインターネット通販(EC)に乗り出し、楽天市場に出店したんですが、売り上げが伸びず「どうすればネットで魚が売れる?」と私に相談してきたことがあったんです。でも、当時の私は何も答えられなかった。父の力になれないのが、歯がゆくて、悔しくて。
当時の寿商店には通販をはじめとするデジタル・IT業務を担える人材がおらず、経営上の「穴」になっていました。それなら私が外の世界でITや組織づくりを学び、その穴を埋める武器を持ち帰ろうと。父を助けるための、私なりの「逆算の就職」でした。
A4用紙4枚の手紙は「無視」。正論が響かない現場で知ったDXの真意
── 楽天で務めた後、お父さんの体調不良を機に家業を継ぐ決意をされます。お父さんは喜ばれたのでは?
森さん:全然です(笑)。自分なりに事業を理解し、父にも納得してもらったうえで入社したいという思いがあり「寿商店を継ぐ覚悟があるから、入社させてほしい」とA4用紙4枚にもなる手紙を書いたんです。でも、父からの返事はいっさいなし。当時は人事担当がいるような組織ではありませんでしたから、父も未経験の私をどう配属していいかわからなかったのでしょう。ただ、父はその時の手紙をいまだに大事に財布に入れているみたいです。思いだけは伝わっていたのかな、と思います。
── 結局、お父さんから返事がないまま現場にアルバイトとして入ります。
森さん:古参の従業員さんに「社長の娘が帰ってきた」とあまりプレッシャーや負担にならないよう、遠慮がちに働き始めました。
── 当初は「楽天みたいな会社にしたい」とIT化を進めようとして、現場と衝突があったそうですね。
森さん:楽天みたいな会社にしたい、単純にIT化したい、というわけではなく、働きやすい大企業での経験から、家業でも「組織づくりをしたい」という気持ちがありました。当時は電話受注と紙の帳簿などを代表する超アナログなバックオフィスに、現場も父しか対応できないことも多いような、かなり属人化した体制になっていました。父の負担をもっと減らしたい。わたしが承継していくためには組織化をある程度しないとならないし、時代の変化とともに事業も変化していく必要がある。そう思って受発注システムやポスレジを導入するなど、バックオフィスだけでなく現場にデジタル化を推進をしていきましたが、現場のDX化を進めていくにつれて、特に職人さんたちが「うまくついていけていない」ことがわかりました。自分が「正論」だと思って進めていた組織化が、現場に響いていないのではと感じました。
── どの現場でも起こりそうな問題ですね。森さんはその違和感をどう解消していったのですか。
森さん:劇的な変化ではなく、自分が現場に出て日々の現場課題を体験し、運用改善を重ねたことと、デジタル化になじめない現場のスタッフのストレスを軽減するようなコツコツとしたアナログなサポートの積み重ねです。システムの使い方に現場が戸惑っていれば説明を工夫し、一緒にやってみる。使う側のストレスを極力減らして現場の違和感を取り除いていきました。
今思うのは、単にデジタル化効率化すること・大企業と同じような組織にすることが正解なのではなく、中小企業だからできること。自社がお客様に提供している価値をしっかりとした軸にしつつ、それを守り未来につなげていくためのDX化でなければ、家業が守ってきた「本来の価値」を損なってしまうと気づきました。
「なぜお客様に愛されてきたのか」「うちが積み重ねてきた価値は何か」という本質を考え、うちのアナログ(職人技術やお客様サービスなど)の魅力を活かすためのDX化を目指すことに切り替えました。現場のみなさんに「便利だ」と感じてもらえている、とDX化の成功実感が持てたのはそれから2年経った頃です。
朝5時の「盗み見」特訓。チャンスを掴み取ったメジマグロ
── 仕組み作りだけでなく、自分自身も「魚をさばきたい」という思いがあったとか。
森さん:でも父はなかなか包丁を持たせてくれませんでした。少しでも魚に触れたくて、本社の1階にある魚屋の加工場に朝から出勤し、ECの梱包作業をしながら、父の手元をこっそり盗み見して家で猛練習しました。そこから、少しずつ上達し、現場でも小さな魚はたまに触れさせてもらえるようになりました。
そんな時期に、たまたまテレビの密着取材で「森さんが魚をさばいているところを撮らせてください」と言われ、父がいつもの小魚ではなくて「お前このマグロを捌いてみろよ」とメジマグロを渡してくれたんです。
── 思わぬチャンス到来ですね。お父さんも「きっとさばけるだろう」という確信がどこかであったのでしょうか。
森さん:父は私が家で練習していることをたぶん知らなかったので、おそらくその場のノリで、ちょっと面白がって私を試しただけだったと思います。
でも、私にすれば大物をさばかせてもらえるチャンスでした。今までの成果をぶつけるつもりでトライしたところ、結構うまく下ろせたんです。父も驚いていました。そこからようやく父から、いろんな魚に触れ、包丁を握らせてもらえるようになったんです。恥をかくことを恐れず挑戦したことで、少しだけ自分を認めてもらう転換点になりました。自分から動かなければやりたいことは手に入らない。「古い」と切り捨てるのではなく、その中に飛び込んで泥にまみれる。その覚悟があって初めて、伝統は未来へ繋がる武器になるのだと実感しています。
…
「正論」というのは、場所を変えると正解ではなくなることがあります。
A4用紙4枚の手紙を無視され、包丁さえ持たせてもらえなかった日々。それでも森さんは、朝5時の加工場に立ち、父の技を盗み、泥臭く居場所を切り拓きました。守るべき伝統と、変えるべき仕組み。その狭間で葛藤しながら彼女が鍛え上げたのは、筋肉だけではありません。「正論」という武器を一度捨ててまで、守り抜きたい宝物があなたにはありますか?
取材・文:西尾英子 写真提供:森朝奈

