不倫騒動の松本文科大臣も口にした「妻から大きな叱責」…実は政治家の謝罪テクニックだった!? 瀧波ユカリ氏が指摘「“怒られちゃった俺”スタンスですごく卑怯な言い方」

政治家が謝罪会見を行う際、「妻に怒られました」と発言するケースがよく見られるが、なぜ政治家は謝罪する際に家族の話を持ち出すのか。そこには隠されたテクニックが潜んでいるという。
ニュース番組『わたしとニュース』では、政治家が謝罪する際に家族を持ち出すことについて、言語哲学者で東京大学大学院の藤川直也准教授の解説を交え、漫画家の瀧波ユカリ氏とともに深掘りした。
■「妻に怒られました」発言…言語哲学者は「事態の矮小化」を指摘

3月12日、松本洋平文部科学大臣は国会で「妻からも大変大きな叱責を当時いただいた。すでに家族間において整理がついている案件」と語り、女性との過去の不倫関係を認め陳謝した。
高市早苗総理は松本文科大臣を続投させる考えを示し、「松本大臣には文部科学行政のスペシャリストとして就任をお願いしました。仕事でしっかりと返してほしい。一生懸命に職責を果たしていただきたい」と述べた。
この妻からの叱責発言が波紋を呼んでいる。一体なぜ政治家は謝罪の場で妻や家族の話を持ち出すのだろうか。
藤川准教授は「不倫など類いは(家族に)関係がある。パートナーに対する悪事なので。他方でそれで終わりの話ではない。公人としての振る舞いが問題になっている。非常に気になるのは、いろいろな失言をした時に『妻に叱られました』とか」と話す。
家族を持ち出す謝罪は不倫だけに限らない。例えば、アプリ開発をめぐる企業への“脅し”発言で、平井卓也デジタル大臣(当時)は「私が言葉を荒らげることは家内も意外みたいで。家で責められています」と語った。
謝罪の際に家族を引き合いに出すのは男性議員だけではない。元秘書へ「ハゲー」という暴言を吐いた豊田真由子衆議院議員(当時)は、謝罪会見で「今も仲の良い夫がいるんですけど、夫があの音声を聞いてびっくり仰天たまげまして」と話した。
「コメを買ったことがない」発言の江藤拓農水大臣(大臣)も「妻から電話があって怒られました」と発言した。
これらについて、藤川准教授は「『妻にも怒られた』を言い訳にするのは、話をすり替えて自分がやったことの事態の矮小化、そんなに大したことじゃないと暗に伝える効果がある」と分析する。
さらに、こんな指摘も。「やったことの重大さを軽いものに見せようとするのは、不誠実な態度での謝罪なのだとすれば、謝罪もどきの一種になる。謝るべきことに謝っていない、謝るべきことに対する謝罪になっていない。『大したことないでしょ?』と同時に伝えている。そういう効果がある」。
■瀧波ユカリ氏が指摘する卑怯さ「“怒られちゃった俺”のスタンス」

一連の発言について、瀧波氏は次のように指摘する。
「結婚制度が性的な自己決定権の上にあるとは思っていないので、不倫=けしからんとは思わない。ただ、『妻に叱責されまして』ともったいつけた言い方をするけれども、『で?』って思う。怒られてあなたはその罪深さに気づいたんですか。反省したんですか。その上で妻にどのような謝罪をして、それは許されたんですか」
「『叱責された』って妻を主体にして、自分を受け身にしている。すごく受動的な立場になっている。なんなら怒られた被害者ぐらいのスタンスを取っている。“怒られちゃった俺”みたいな。そういう点ですごく卑怯な言い方だと思う」
「家庭の話を持ち出して、自分は家庭の中でちょっと弱い立場なんですよっていうことをチラ見せしている」
「“茶化し”とか“混ぜっ返し”の要素もあるなと思っていて。『妻に怒られました』と言って、笑いが起きたりする時もあるじゃないですか。それって言う側と笑う側の共犯関係があると思う。それが立場によっては『は?何言ってんの』とリアクションされる場合もあると思うけれども、政治家で特に役職がついている偉い人の場合は、周りが笑ってあげちゃったりする。そういう状況に対する甘えがあると思う。これを言って許されちゃおう、周りも笑ってくれるからと。そこがすごく子供っぽいっと思ってしまう」
そうした謝罪を見た人が抱く感情についても言及する。「親しみみたいな感じで変換する人も結構多いと思う。こういう戦略にうっかり乗っちゃっているところはある。これを居酒屋とかで仲間内で言っている分にはいい。『今回のことで妻から怒られちゃってさ』とかそれはいいけれど、公の場で言うところにすごく甘えを感じる」。
「大人の模範として立って、仕事をして、国民から票をもらってそこにいるわけだから、ちゃんと模範的な発言をしてもらわなきゃ困る。『妻から怒られちゃって』ってすごい子供っぽいと思いません?本当に恥ずかしい。これを恥ずかしいって思っていない、その神経が大丈夫?と思ってしまう」
(『わたしとニュース』より)
