『キンパとおにぎり』はただの異文化ラブストーリーではない 映像が示す“孤独”の共有
1月12日より放送されてきた『キンパとおにぎり~恋するふたりは似ていてちがう~』(テレ東系)。良作揃いだった新年ドラマの中で健闘し、着実にファンを増やしてきた本作も、とうとうラスト1話となった。
参考:『キンパとおにぎり』『パン恋』でまったく異なる顔を披露 片岡凜が見据える“野望”
●異文化ギャップの奥にある、それぞれの「孤独感」
日本人の大河(赤楚衛二)と韓国人のリン(カン・ヘウォン)。違う国で生まれ育ち、それでいて似たような悩みを抱えた二人は、文化の違いに寄り添い悩みを分かち合ってきた。あらすじをまとめてしまうと、これまで多く作られてきた国籍の違いによる文化や価値観の差で起こるギャップの恋愛ドラマかと思われるかもしれない。
だが、連絡の頻度や会話のキャッチボールにまつわるズレなど、二人の葛藤は序盤からすでに表現されてきたし、二人が一時的に別れてしまった際にリンが「結局全ては意志の問題だった」と独白するように、大河の過去の恋愛や互いの育った環境や性格が決定的な不協和音となるとは描かれていない。むしろ「その葛藤で生まれる綻びの背後にあるものは何なのか」、あるいは「どうすれば修復できるのか」のために、エピソードを重ねている。
大学駅伝を途中で諦めた大河は、挫折した夢と向き合い続けることを恐れて故郷を離れ、意見の合わない家族と疎遠になっている。リンに出会うまで、話し相手はバイト先の居酒屋「田の実」の店主・田口(吹越満)と、常連客・乃愛(片岡凜)くらいだ。リンもまた、大学構内では声をかけてくれる友人がいるものの、恋愛相談をするのはもっぱらジュンホ(ムン・ジフ)や韓国の親友ユンギョル(ソ・ヘウォン)で、学生寮の建て替えにともなう退去について誰かが相談に乗ってくれている様子はない。ニューヨークで個展を開くほど才能のある同級生を羨望の眼差しでみつめるしかないリンにとって、心のうちを話せる存在はほとんどいない。
いずれも、自分を理解してもらうことも、相手を理解することも不得意なようだ。誰かからのけ者にされているわけではないが、確かに孤独な彼らや彼女たちは、主観的ではあるがたしかに他者との心のつながりが不足していると感じている、いわば“孤独感”のうちにいる。二人の恋愛が一度失敗したのには、大河とリンが抱える“孤独感”が、お互いへの理解を行き詰まらせていたのではないだろうか。
ちなみに乃愛は経済力のない母親と、さらに“ヒモ”のような恋人・秋紀(福山翔大)を援助しながら暮らしている。乃愛は秋紀に対して思うことをずっと言えずにいたが、ジュンホに嘘をついて借金をしたことをきっかけに、ついに縁を切る。大河とリンにだけ目を向けていると別れの原因を国籍の違いに収斂させてしまいそうになるが、乃愛と秋紀というカップルを補助線にすると、そうとばかりは言えないことが分かる。
●『あの子は貴族』にも通じる、都会で恋をする困難と愛おしさ
これまで手を替え品を替え作られてきた、国籍と文化のギャップを描くラブストーリーよりも、『キンパとおにぎり』には一段深みが加えられているのを見ると、シリーズ構成に名を連ねている岨手由貴子監督の『あの子は貴族』が思い起こされる。
もちろん本作では、主人公の一人である裕福な生まれの華子(門脇麦)がタクシーで都会のビル群を抜けて帰宅するシーンのような分かりやすい都市の描写はない。ただ、たとえば大河とリンにとって思い出深い公園に置いてあるライトアップされた廃電車や、駅前のネオンの様子など都市の風景がそこかしこに立ち現れているのは明らかだ。
また、大河とリンの出会いはいわば偶然ではあるが、仲が深まるきっかけは学生寮から退去せざるをなくなったリンの家探しだった。一緒に家を探してあげるという展開は、ユンギョルに言わせると驚くような進展の早さではあるが、異国であり、しかも都会では生活の基盤を維持することは恋愛よりも難しい。東京という多くの人が“孤立感”を抱きがちな都会を舞台に女性同士の連帯を描いた『あの子は貴族』のように、『キンパとおにぎり』もまた、都会で暮らし、そこで誰かと出会い恋をすることの困難と愛おしさを映し出しているように感じる。
大学駅伝を諦めて以降、自分の夢に向き合うことを恐れていた大河は、管理栄養士を目指すことで挫折を乗り越え、一度は広告のコンペティションに落選したリンもまた、韓国の会社からオファーを受ける。互いの目標が前進した二人だが、それは同時に遠距離恋愛の始まりとも言える。こうして来たる最終話には、再び二人に訪れた危機がほのめかされていて、ファンをやきもきさせていることだろう。ただでさえ互いを理解する/させることが上手くない、つまり恋愛下手な二人に距離が生まれてしまえば、やはり破局しかないのだろうか。
そんなときまた想起させられるのが、本作の全エピソードを通じた特徴となっている、映像にヴェールがかけられたようなソフトフォーカスだ。幻想的な風景を作り出すこの技法は、とりわけ夜のシーンだと、街灯などの光源が柔らかく拡散し、温かみを作り出す。大河とリンの公園でのキスシーンや、二人が別れて再び付き合うことを話し合う廃電車でのシーンなど、ドラマの中で特にロマンティックな場面のほの明るいルックは、それまで“孤立感”のただ中にいた二人の感情を包み込むようだ。
大河が「どこにいてもリンを支える」というセリフ以上に、このドラマを貫くルックこそが、大河とリンのハッピーエンドを予感させる。いやもしかしたら、ビターエンドかもしれない。それでも互いを分かり合ったうえでの決断ならば、充分に幸福だと言えるのではないだろうか。
(文=荒井南)
