山形放送

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5人の乗客が死亡し、33人が重軽傷を負う大惨事となったJR羽越線の脱線事故は12月25日で発生から20年が経過します。事故の教訓を踏まえ、JRが取り組む安全への誓いと対策を検証します。

救助活動にあたった菅原伸也さん「吹雪だったのと明かりのない場所だったのでイメージがわかずに現場に到着した。たい肥小屋の裏をのぞいたら列車が転覆していてこれは想像より大きな災害だなと」

当時の状況を振り返るのは、酒田地区消防本部の菅原伸也さん(52)です。当時、レスキュー隊員として、現場で救助活動にあたりました。

当時乗客の救助にあたった菅原伸也さん「後方の座席に挟まっていた要救助者に向かった記憶がある。列車自体が大きいので全容把握までがとても難しく。全体を確認に行くが距離も範囲も広いため中々容易でない状況だった」

JR羽越線の脱線事故は2005年12月25日、クリスマスの夜に発生。秋田発新潟行き特急いなほ14号が 庄内町を走行中に脱線、転覆。先頭車両の乗客5人が死亡し、さらに33人の乗客乗員が重軽傷を負いました。

28歳だった次女の陽子さんを亡くした江本泰二さんは20年前、秋田から庄内に駆け付けた当時の状況をこう振り返ります。

江本泰二さんからの手紙「未だ死亡者の確認は済んでいないことを知り、酒田の宿で、不安な夜を過ごしました。翌日の午後に、本人の遺体を確認するようにと言われ、警察の皆様の努力で発見された陽子に家族全員で、やっと会うことができたことに感謝しました。私たちのところに帰ってきたこと、行方不明者にならなかったことに気持ちが和らぎました」

事故発生から2年3か月後、国土交通省の事故調査委員会は瞬間的な風速が40メートルに達した「局所的な突風」が原因と結論付けました。

「風に対する異常を感じることはなく特に風を意識することはなかった。アッと思った瞬間に傾いて横転した。一瞬で運転操作できる余裕はなかった」

事故後、JR東日本は羽越線の風対策の強化を進めました。事故当時、羽越線沿線で15基だった風速計の数はこの20年でおよそ10倍の140基まで増設。
突風発生のメカニズムを解析するため、2007年には気象庁気象研究所と連携し、風の向きや強さを計測する「ドップラーレーダー」を余目駅に新設しました。

楠研一室長(2015年取材)「庄内平野で起きている突風の大半が、日本海上で発生してそれが次第に陸上に移動して上陸する。そういう姿が初めてわかりました」

研究が進められた結果、庄内地方で起きるほとんどの突風は、日本海から上昇気流で発生した空気の渦を伴っていることや季節風によって庄内平野に流されて直線状に痕跡が残ることが判明。2016年には観測精度を向上させたレーダーを酒田市黒森に設置し、さらに研究が進みます。

2017年、観測データを基に突風の発生を予測し列車の運転を規制する世界初の「危険予測システム」を導入。2020年にはこのシステムでAIの活用を開始。当初60%だったシステムの的中率は、2020年以降80%以上まで上昇しました。昨年度、このシステムによる運行規制は合わせて23回。今年度は、これまでに5回の規制が行われています。
そして、事故を風化させないためにJRが取り組む「人材教育」。福島県にある「事故の歴史展示館」では、社員が語り部となって羽越線の事故当時の体験談を伝える研修なども実施。JR東日本グループ全体で年間およそ1万人が研修を受けているということです。

追悼の言葉(2009年)清野智社長「この事故を今後の重い教訓 とするとともに、安全には〝これで完璧〟という到達点はなく、最大限の努力を続けて行くことを改めて固く決意いたしました」
追悼の言葉(2013年)冨田哲郎社長「安全対策には『これで完全である』という終わりはないことを十分認識し『究極の安全』に向け不断の努力を続けてまいります」
(2024年)喜勢陽一社長「教訓としてしっかりと社員に受け継いでこのような事故を二度と起こしてはならないという決意を固めていく」

JR東日本は安全対策について、2028年までの5年間でおよそ1.3兆円を投じる方針です。「今後も安全をトッププライオリティとして位置づけ、安全性のさらなる向上に努めます」

惨事の発生からあすで20年ー。悲惨な事故を二度と起こさないためのJRの誓いです。