『ばけばけ』トキをなぜ怪談が好きな設定にしたのか フィクションがもたらす癒やしの意義
2025年度後期のNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ばけばけ』の放送が始まって、第6週が過ぎた。 本作は『怪談』の著者として知られる小泉八雲ことラフカディオ・ハーンと、その妻・小泉セツをモデルとした、レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と松野トキ(髙石あかり)の夫婦が主人公の物語。
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明治8年(1875年)。旧松江藩士族、松野家の一人娘に生まれたトキは、将来は教師になりたいと考えていた。しかし父の司之介(岡部たかし)が、ウサギの投機事業に失敗し、膨大な借金を抱えたことにより、小学校に通えなくなってしまう。 明治19年(1886年)。18歳になったトキは親戚の雨清水傳(堤真一)が営む織物工場で女工として働きながら家族と明るく暮らしていた。しかし、多額の借金を返せず、借金取りから身売りの話を持ち掛けられる。
働き手を増やすためにトキは見合いをし、銀二郎(寛一郎)を婿にとる。銀二郎は真面目に働き、トキとの関係も良好だった。しかし、多忙な日々に限界を感じ、家を出ていってしまう。彼を連れ戻すためにトキは東京に向かうが、東京で二人だけでやり直したいと言う銀二郎に別れを告げ、家族の元に帰る。
第1~4週は、ヘブンと出会う前のトキの幼少期から現在までを描いた前日譚と言える内容だった。武家の娘として生まれたトキは、時代の変化によって家が没落し、時代に取り残されていた。それでも松野家は笑いが絶えず、生活は苦しいものの仲良く暮らしている。
生きることの苦しみを笑いで包んだ人情ドラマというのが本作に対する印象だが、不幸の数が多すぎて現代の視点で観るとドン引きすることも多い。
序盤の4週(第1~20話)では、父親の事業の失敗による借金地獄、職場の工場の閉鎖、夫の失踪、そして、実はトキが雨清水傳と妻のタエ(北川景子)の間に生まれた子供で松野家に養子に出されていたという出生の秘密も明らかとなる。
おまけにトキは、借金返済のために、いつ遊女に身売りしてもおかしくない状態。第5週目からは、もう一人の主人公と言える外国人教師のヘブンが本格的に登場するが、彼の通訳とサポートをおこなう錦織友一(吉沢亮)から、「ヘブンの女中にならないか?」とトキは誘われる。ここで言う女中とは洋妾(ラシャメン)という意味も含まれている。だからトキは一度は話を断るのだが、家族を支えるために仕方なく女中となることを選ぶ。
ヘブンとトキが夫婦になることを知っているため、安心して展開を見守ることができるが、客観的に見ると、次々と不幸が押し寄せてくる残酷な物語である。
だが、トキを演じる髙石あかりの悲哀の中にユーモアをにじませる芝居と、岡部たかし、小日向文世、池脇千鶴が演じる松野家の家族の絶妙なやりとりによって、哀しくもおかしい話として成立している。
また、本作を観て一番印象に残るのは、明治時代を表現した薄暗い映像だ。今のテレビドラマで主流の色合いがはっきりとした鮮明な映像ではなく、光も闇も霧に包まれているかのようなぼんやりとした明るさで本作の映像は撮られている。
特に夜の映像は、ぼんやりとした暗闇の中で何かが息を潜め、トキたちを見ているかのような感触があり、その豊かな暗闇が幽霊や妖怪の存在を信じられたあの時代の説得力へとつながっている。
劇中にはトキとヘブンを見守る存在として阿佐ヶ谷姉妹が声を担当する蛇と蛙が登場する。蛇と蛙が喋る荒唐無稽な場面に違和感がないのは、この薄ぼんやりとした暗闇の中で起きていることだからだ。
おそらく本作は、ヘブンとトキの物語だけでなく、妖怪や幽霊の存在が信じられた時代の空気を描こうとしているのだろう。
劇中ではトキが、怪談の舞台となった場所を訪れて喜ぶ姿が繰り返し描かれる。現代風に言うと聖地巡礼だ。なぜトキが怪談をそこまで好きなのか、放送前はよくわからなかったが、自分をとりまく環境があまりにも過酷で救いがない彼女にとって、現実の外側にある異界に触れること、それ自体が救いなのだろう。
『僕達はまだその星の校則を知らない』(カンテレ・フジテレビ系)、『いつか、無重力の宙で』(NHK総合)、『フェイクマミー』(TBS系)といった近年のテレビドラマでは「宇宙」が大きなモチーフとして登場する。
宇宙をめぐる対話は、息苦しい現実を相対化するやりとりとして魅力的に描かれており、人間社会の外側に別の法則で動く世界があること、それ自体が一つの救いとなっていた。
遥か上空に存在する人間社会の外側の領域が宇宙だとすれば『ばけばけ』で描かれる怪談の世界は、人間社会のすぐ隣にある身近な異界である。 怪談に触れることでトキは、辛い現実から少しの間だけ自由になれる。それはおそらく私たちが、フィクションに触れる時に感じている少しだけラクになる感覚と地続きなのだろう。
そして、この『ばけばけ』も、現代の私たちを癒す過去という異界を描く朝ドラとなっていくのではないかと思う。(文=成馬零一)

