「Sクラス美女には、叶わない」別居婚を選んでまで読者モデルにしがみつく、27歳・既婚女の闇
東京には、全てが揃っている。
やりがいのある仕事、学生時代からの友だち、お洒落なレストランにショップ。
しかし便利で楽しい東京生活が長いと、どんどん身動きがとれなくなる。
社会人5年目、27歳。
結婚・転勤などの人生の転換期になるこの時期に、賢い東京の女たちはどんな決断をするのだろうか。
東京の荒波をスマートに乗りこなしてきたはずの彼女たちも、この変化にうまく対応できなかったりするものだ――。

<今週の東京の女>
名前:満理奈
年齢:27歳
職業:IT企業 PR/読者モデル
年収:500万
実家:東京都文京区
住所:江東区豊洲
File6:満理奈の場合
『今日はお仕事終わりにユイちゃんとある撮影をしてきました!自分が関わったものが世に出て行くワクワク感は仕事でも、読者モデルの活動でもおんなじ♡
明日は主人も私も早いので、もう寝なきゃ〜。皆さま、明日も元気にゆるりとやりましょう、おやすみなさい♡
#撮影 #読者モデル #ootd #ルームウェア #カシウエア #別居婚』
1枚目に読者モデル仲間のユイちゃんとのツーショット。2枚目にオーラリーのニットを少しだけ写り込ませた自分の横顔。3枚目にはカシウエアのパジャマの置き画。ベッドサイドにホリデー気分を高めるキャンドルを置いて写した、力作だ。
4枚目にパジャマ姿の自撮りをしようとリビングをうろうろしていると、俊哉さんに言われた。
「満理奈、いつまで“花嫁”やってんだ。」
うんざりした顔の夫を無視し、スマホを持ってリビングをうろうろする。
「そのもこもこした服、いくらしたんだよ。高い金払って、私生活見せびらかして…」
「うるさいなあ〜。いいじゃん、自分のお金で買ってるんだし。」
スマホに目を落としたまま答える。
「……俺もう寝るわ。明日、ゴルフだし。朝飯いらないから」
寝室に向かう夫の方は向かずに、はーい、と気の抜けた返事をする。
いいじゃん、好きでやってるんだもん。
「好き」で言うなら、俊哉さんの時計コレクションと同じでしょ、とベッドサイドテーブルの上に置かれたIWCのポルトギーゼとかいうのを見て思う。
7歳年上の夫の機嫌に合わせ、仕方なくパジャマ姿の自撮りは諦め、インスタに投稿を済ませた。
別居婚中の夫・俊哉さんは、大手電機メーカー勤務。昨年の入籍とほぼ同時期に海外事業部に配属された。
今朝駐在先のコロンビアから一時帰国したばかり。数ヵ月ぶりの再会で、滞在も1週間という短い期間だというのに、もうこちらに背を向け小さないびきをかいている。
夫とはすれ違うも、読モ生活を謳歌しているかのように見える満理奈。しかし彼女の心中は穏やかでなく…
25歳になった頃、俊哉さんとの結婚が決まった。
当時上司との折り合いも悪く、いまいち仕事にやりがいを見いだせなかった。いっそ寿退社しちゃおうか、とぼんやり考えていた。
そんなタイミングで声をかけてくれたのが、出版社勤めだった千鶴だった。
「別の編集部なんだけど、ウェディングの特集で読者モデルの募集してるんだって。満理奈、今度挙式でしょ?美人の知り合いがいるって言ったら、ぜひ応募してってさ」
ギャラの代わりに挙式費用を一部負担するから、式の準備から本番までを発信してほしいという出版社側からのオファーで開設したインスタ。
俊哉さんは私が喜ぶならと、渋々OKしてくれた。
インスタにはフォロワーが7,000人くらいつき、ウェディング企画も成功した。当然の流れのように、私は20代中盤女性向け雑誌の専属読者モデルになった。
コスメのPR、ブランドの新作発表会、私服の撮影。キラキラ華やかな世界は、仕事での鬱憤を晴らしてくれるようだった。
一方夫は、「卒花嫁」してから1年が経ってもまだ私が読者モデルをやっているのを、快く思っていない。
別居婚を選んだのは、読者モデルをもう少しやっていたいからだ。俊哉さんには「まだ仕事を辞めたくないし、子どもができるまでは別居で頑張ろう」と伝えたけれど、一緒に暮らしていない私たちに子どもができる見込みなど、殆どない。
眠る前にもう一度インスタを開く。投稿して数分でいいねが付きだしたのを確認し、安堵する。

私、まだいけるよね?まだ、大丈夫だよね?
俊哉さんに背を向け、瞼を閉じた。
◆
「満理奈、この間の雑誌も見たよ!新しいミニ財布、可愛いね!」
「えっ、どこに載ってた?」
「なんか、読モの持ち物?のコーナーじゃなかった?」
「ああ、あの後ろの方のページかあ〜」
テニス部同期の集まり。穏やかな綾香と、更におっとりとした美羽の無邪気な会話が、妙に心に突き刺さる。
最近、ファッションページの撮影には声が掛からなくなってきた。この間インスタで報告した撮影だって、来月号掲載の「女子のニオイ」に関する座談会だ。
27歳。そろそろこの雑誌の対象年齢から外れる頃。
アラサ―向けの雑誌には、コネやツテがない。でも、生活感も出さないと嫌われる主婦向けの雑誌の読モには、まだ興味が持てない。
いてもたってもいられなくなり、ちょっとお手洗い、と席を立った。
化粧室の鏡の前で、インスタをチェックする。先日一緒に座談会に出たユイちゃんは、『インペリアルラウンジ アクア』で、アフタヌーンティーを楽しんでいる。写真の中央で笑顔を振りまくユイちゃんを囲むのは、アラサ―向け雑誌の有名読モたち。
ユイちゃんは、読者モデルの中でも別格のSクラス美女。そもそも私が叶うわけない。
投稿は2時間前。いいね、240件。
一方私の投稿は、18時間前。いいね、97件。
もう、編集部からお声がかからないかも――。
悔しかった。カシウエア、上下で4万したのに、5,000円のお茶に負けている。
潮時と言って去るにはまだ早い、と思い直し、ユイちゃんのアカウントにアクセスする。
どうにかして、ユイちゃんにここに写っている読モ達を紹介してもらえないか。ダイレクトメッセージを送ろうか、LINEしようか―
そんなタイミングで、転職エージェントでバリバリ働いている有希が化粧室に駆け込んできた。
彼女の苦しみは何事にも全力で、真正面から取り組んでいるからこそ生まれたものだ。
なんとか励ましたけれど、私には真似できない、と思った。
部活でもそんなに活躍できなかったし、仕事もなし崩し的に選び、今も上司とは折り合いが悪いまま。私には、心の底から望み、努力して掴んだものが、あまりない。そしてうまくいかないのを心のどこかで環境のせいにしている自分がいる。
人からのお誘いで入った道だとしても、自分で決めた道。やりたいと思えた道。読モの道で、自分でやりたいと思ったことで、もう少しだけ頑張りたい。
でもそれは無理なんだろうか?だとしたら、他にどんな道があるというのだろうか?精一杯の笑顔を取り繕い、みんなのいる席に戻る。
さっきまでの涙は乾き、優しい笑顔になっている千鶴と有希。
私だって泣きたい。
でも泣く資格さえ、ないような気がした。
まだ読モを続けたい…。満理奈は望みを貫けるのか?
何がベストかわからないけれど
おいしい和食を味わっておきたいから『銀座 とよだ』を予約した、と言われたのは、俊哉さんの帰国の前夜。
結局すれ違い続きで、あまり会話もできなかったな、とカウンターで日本酒を飲みながらお造りを待つ夫の横顔を見て思う。
よく見ると、夫の目の下にはクマが出来ている。頬も少しこけ、苦労が伺えた。34歳とはいえ、この1年で急に老けた感じがした。
俊哉さんの笑った顔、久しく見ていないな。
別居婚、いつまで続けられるだろう。
私は、部活も、仕事も、妻としても、中途半端だ。ちょっと美人、というのがウリだったとして、それはもう数年も持たないかもしれない。
お猪口を静かに置いた夫が、口を開いた。
「満理奈……やっぱり、こっち、来てくれないかな」
きっと、ずっと言いたかったんだろう。私がリビングでインスタに投稿していたあの夜も。まだ暑い季節に、テレビ電話した時も。
「……まだ、東京で、頑張りたい?」
続く言葉に、私はすぐには返事ができなかった。何が正解かは分からなかったけれど、目指すべき標識のない道の分岐点に差し掛かったのは、分かった。

◆
『中南米は遠くて危険だ、というイメージを無くしていこう。これが私たちの最初のミッションでした。我々のような中南米専門の日本の旅行会社では、今までのお客様は日本人旅行客の中でも旅好き、もしくは旅慣れた方が多かったのです。では逆に、行きたくないと思っている方にどうしたらお客様になって頂けるか。そのための「遠くて危ない」イメージの払拭でした』
奮発してSK-?のシートマスクを顔に乗せながら明日のインタビュー用の原稿をリビングで読み返していると、玄関から音がし、夫が帰って来た。
「満理奈、やる気満々だねえ〜」
2年前に帰国し、最近海外事業部で課長になったばかりの俊哉さんは帰りが遅い。それでも、私が仕事をしていると嬉しそうだ。
結局私は夫の駐在についていき、そのタイミングで読者モデルもインスタもやめた。明日のインタビューで久々にカメラの前に立つが、プロに撮影されるのは読者モデルを辞めて以来4年ぶりだ。と言っても、成長企業の広報担当者として、広報専門雑誌掲載用の上半身のみの撮影である。
4年前の決断は多分正しかったのだと、今なら言える。
今、日本人観光客向けの中南米専門旅行会社のPRを担当している。前職でPRの経験と中南米での暮らしを活かし、帰国と同時に就職した。有難いことに、コロンビアで知り合った日本人の友人が紹介してくれたのだ。
インスタのアカウントもない、友達もいない、言葉もわからない。時間だけが無限にあるようなコロンビアでの生活は、はじめは思った以上に暗く苦しいものだった。
首都ボゴタは、植民地時代の名残が色濃く、スペインような美しい街並みが多く存在する。暇つぶしに撮影したものの中から気に入ったものを数少ない駐妻仲間に見せたことがきっかけで、日本人の交流の輪が出来、今勤めている旅行会社のHPに写真が掲載されることになった。
繋がりの少ない私にとって、その交流は心の支えになった。
自分自身に満足できない心を他人に埋めてもらおうとしても、どこかで苦しく満たされないままなのだと、気付いた。逆に、例え小さな世界でも、心から気に入ったものを認めてもらえることは素直に嬉しいのだとも知った。
あの時、部活のみんなに会えて、俊哉さんがコロンビア行きを提案してくれて、良かった。
「週末さ、現地から送ってもらったコーヒーと、それに合う朝食作るね」
わーい、と俊哉さんが年甲斐もなく喜んでいる。
シートマスクを外し、洗面台のミラーの前に立つ。27歳の時より見た目は衰えたかも知れない。けれど、4年前に新丸ビルの化粧室のミラーで見た自分より、今の自分が好きだ、と思った。
▶NEXT 12月26日水曜更新予定
FILE7:夢に見た、20代でマイホームの予定だったけれど…?綾香の場合。

