玉川 憲(たまがわ・けん)●株式会社ソラコム代表取締役社長 1976年大阪府生まれ。東京大学工学系大学院機械情報工学科修了。米国カーネギーメロン大学MBA(経営学修士)修了、同大学MSE(ソフトウェア工学修士)修了。日本IBM基礎研究所などを経て、2010年にアマゾンデータサービスジャパンにエバンジェリストとして入社。AWS技術統括を2015年春まで務めた。

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2015年に創業し、2年後に約200億円で買収された通信ベンチャー「ソラコム」。玉川憲社長は、全員でアイデアを発想し、意見を出し合うための仕組みづくりに熱心だ。そのひとつが「ニックネーム文化」。社員はニックネームで呼び合うため、玉川社長は社員から「ケン」と呼ばれているという。その狙いはなにか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏が聞いた――。

※本稿は、永井孝尚『売れる仕組みをどう作るか トルネード式仮説検証』(幻冬舎)の第3章「『成長パターン』企業の取り組み」を再編集したものです。

■顧客数は8000以上、IoTの立役者

群れから孤立した雌牛は乳の出が悪いそうだ。牧場の乳牛の首輪に、GPSと体温・運動量などのセンサーを取りつけ、リアルタイムに計測することで、牛乳の生産性を改善できる。北海道帯広市のあるスタートアップが始めている取り組みだ。このように、あらゆるモノをインターネットにつなげて新たな価値を生み出す仕組みを、IoT(モノのインターネット化)という。

ただ従来、IoTのハードルは高かった。携帯電話のネットワークを使えば、牛がいるような屋外でもすぐつながる。しかし、その契約形態と専門性から、誰もがすぐに使い始められるとはいえない状況だった。IoTは大量のモノがつながってデータをやりとりするが、人が使う携帯電話と同じデータ通信料金プランでは合わないし、設定や管理も大変だ。

これを最新技術で劇的に安く手軽にして、一気に身近にしたのが、2015年創業のソラコムだ。2017年11月時点の顧客数は8000以上。2017年にはKDDIが200億円規模で買収し(金額は「日本経済新聞」2017年8月3日付による。なおKDDIは買収額を「非開示」としている)、話題になった。

■なぜ社員40人の企業で、なぜそんなことができるのか

なぜベンチャーのソラコムがこんなことをできるのか、仕組みを簡単に説明しよう。

あらゆるモノをネットにつなげるには、全国をカバーする通信ネットワークが必要だ。ソラコムは通信キャリア(ドコモやKDDI)の基地局を利用することでこれを可能にしている。

このためにソラコムは、IoT向けのデータ通信SIMを提供している。SIMとは携帯電話に必ずついている小さなカードで、通信キャリアの基地局接続に必要な情報や機能が入っている。まず顧客は、ソラコムのウェブサイトや、アマゾンの通販サイトで販売しているソラコムのSIMを買い、ネットにつなげたい機器につける。

通常の携帯電話の場合、SIMから基地局に流れたデータは、通信キャリアの巨大なデータセンターに送られて処理される。

ソラコムは、通信キャリアが高価な専用機器で構築する巨大なデータセンターの機能を、アマゾンウェブサービス(AWS)のクラウド上で、ソフトウェアだけで作ってしまった。アマゾンのクラウド上に作ったおかげで、大きなメリットが得られた。顧客が増えて膨大な数の機器がつながった場合も迅速にシステムを拡張できる。さらに、顧客はウェブブラウザから自分の管理する通信を簡単に設定・管理できる。料金も安価だ。たとえば、バスの位置情報(数KB)を1分間に1回送信しても、月にかかる費用はバス1台あたり303円程度だ。

■日本IBMやアマゾンのクラウド事業統括を経て創業

通信キャリアのデータセンターをアマゾンクラウドの上に作るのは、技術的な難易度がとても高い挑戦だった。しかし玉川憲(たまがわ・けん)社長のもとにトップレベルの少数精鋭エンジニアが集結、わずか半年間で完成させた。発表したら大反響。顧客はこんな仕組みを待っていた。

ソラコム登場でIoTは一気に身近になった。そしてソラコムは世界のIoT通信基盤を目指して、驚異的な成長を続けている。

玉川社長は、日本IBMやアマゾンのクラウド事業(AWS)の技術統括部長などを経て、ソラコムを創業した。

「全速力で駆け抜けろ」という合言葉のもと、短期間で驚異的な成長を続けるソラコムの中は、どのように動いているのか? 玉川社長にお話をうかがった。

■ビジョンに賛同したメンバーが、強力チームを作る

──玉川さんはとても順風満帆に見えますが、失敗から学んだ経験をお聞かせいただけますか?

【玉川憲社長(以下、玉川)】普通の企業だと、失敗のイメージは「怒られる」とか、ネガティブですよね。僕らは「失敗を責める奴がいたら、そいつを責めようよ」と思っています。新しいことに挑戦しているので正解なんて誰もわからない。果敢に挑戦し、スピーディーにやることが大事です。躊躇して「失敗したら怒られる」というと誰も手を出しませんよね。

──むしろ積極的に失敗しろと?

【玉川】ただ「失敗を責めるな」というテクニック論だけでもダメ。根本的な取り組みが必要です。そもそも「技術的なイノベーションで、世界のヒトとモノをつなげて、世界をより良くしよう」と考えて、ソラコムを始めました。ではどんなチームでやるか? これを創業前に〈リーダーシップ・ステートメント〉という15の言葉でまとめて、賛同したメンバーにソラコムへ入社してもらっています。ただ固執しすぎも良くないので、このリーダーシップ・ステートメントも、3カ月に1回、全員で読んで変えています。

──徹底していますね。

【玉川】スタートアップは2通りのやり方があります。「まず黒字化して堅実に成長」と「一度に大きく資金調達して一気に成長」。僕は後者を選びました。だからスピード命。躊躇していると、社員30人いたら30人の給料分、お金が減ります。「食糧1カ月分しか積んでいない漂流船に乗って宝島を目指すなら、何を躊躇しているんですか」ということです。おかげさまで今は漂流船状態を抜けましたが(笑)。だから、そういうビジョンやカルチャーに賛同した人が集まったとがった組織でやっています。このチームが半年間で一気にリリースとかに挑戦して、うまくいくととてもうれしいですね。

──無関心な人や反対派がいるとうまくいかないことも多いですよね。

【玉川】賛同メンバーだけなので、その点は楽ですね。このリーダーシップ・ステートメントも外向けに公開しています。たとえば“Likability”は「一緒に働いて楽しいチームでいよう」という意味です。チームに属する個人もフェアでオープンな誠意ある言動をする。ソラコムは販売もサービスも、お客様が自分で行うセルフサービスモデルなので、幅広く多くの人に使っていただきたいと思っていますから。

■会議は15分だけ、金曜夕方5時からはハッピーアワー

──世の中は透明になっている。だからこそ良きチームであろう、ということですね。チームの議論をとても大切にされていますが、人数の上限はどうでしょう?

【玉川】以前20人の時は定例会議で順番に一人1分話せましたが、30人を超えると一言も発しない人が出てきますし時間もかかります。そこで今はチャットツールを使って、各自のその日の活動報告や、困っていること、気づきと改善ポイントなどを先に共有しています。これを電話会議の最初10分、全員で黙々と読んで、共有すべき情報や相談をクイックに話して、15分で終わらせています。

──ツールを使えばある程度の限界は超えられるということですね。

【玉川】一方で人間なので、直接会ったり、一緒にご飯を食べることもすごく大事。これは定期的に行っています。隔週で金曜夕方5時からはハッピーアワーという、ビールや軽食をつまみながらカジュアルにトークする時間にしたり、当社は普段はリモートワークも許可しているのですが、隔週月曜日はリモートで働く人も会社に来て顔を見せ合うようにしたり、毎月ランチ会もしています。

──一緒に食べることが大事なんですね。

【玉川】特別な意味がありますね。たとえばチャットって文字だけなので、お互いの個性を知らないと、やり取りがすれ違うこともあります(笑)。でも実際に会って相手との信頼関係があれば、万が一腹が立っても、話し合うことができます。

──人間関係をとても重視していますね。

【玉川】お互いの距離が近くて、一緒にやろうという雰囲気がないと、偉大なチームになれませんよね。僕らは少人数チームで世間を驚かそうと思っているので、「良いチーム」がやるべきことはやっています。会社というより「良いサービスを作って世の中に打って出よう」という同じ志を持つ仲間。同じ船に乗った仲間といった感じです。「この仕事お願いします」という依頼事もほとんどありません。ボールは落ちていれば、誰かが取ります。

■「ニックネーム」で対等に議論する

──会社の「コレやりたい!」と、個人の「コレやりたい!」という気持ちが明確で、その実現のために、仮説検証サイクルを回しているように感じます。

【玉川】新製品リリースも、まさに仮説を立てている感じです。値つけも製品名も本当にウンウン言って、こうでもない、ああでもないと考えています。でも振り返ると、実はそれが楽しいんです。仕事の面白さはこういうところにあると思いますね。

──やりたいことが明確だから仕事も楽しいのですね。一方で低迷する組織だと、必ずしも自分がやりたい仕事をしていないし、事実ベースの議論も少ないですね。

【玉川】平等に議論を戦わせない会社が多いのでは? ソラコムは「さんづけ」を禁止しています。新メンバーが入社したら僕のことは「ケン」と呼んでもらいます。もちろん新メンバーも自己紹介の時にニックネームをつけます。慣れるまでしんどいですが、「玉川社長」だとその時点で対等になりません。議論の立ち位置として、まずは対等。その上で「やりたいんです!」みたいなパッションも重視しながら、「事実ベースでこう考えた」というロジカルシンキングも重視しています。そのバランスがとても大切ですね。議論は、準備してお互いに真剣にならないとできないので、しんどいですよね。でもやればやるほど、必ず良いものになる。

──事実とロジックを徹底した議論は大事ですね。

【玉川】お互いに「みんなでいいものにしよう」って思っているから、協力し合うんですね。各自が得意技を持っているので、それをぶつけ合ってやっています。こうやってどんどんアイデアが形になっていきます。

──ソラコムがどのように仕事を進めているか、その取り組みがよくわかりました。ありがとうございました。

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永井孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年慶應義塾大学工学部卒業、日本IBM入社。マーケティング戦略のプロとして事業戦略策定と実施を担当。さらに人材育成責任者として人材育成戦略策定と実施を担当。2013年に日本IBMを退社。ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体を対象に新規事業開発支援を行う一方、講演や研修を通じてマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。主な著書に『100円のコーラを1000円で売る方法』『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』(すべてKADOKAWA)、『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)、『「あなた」という商品を高く売る方法』(NHK出版新書)などがある。

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(マーケティング戦略コンサルタント 永井 孝尚)