アメリカ現職大統領が広島訪問から10年 歴史的瞬間に立ち会った人々
アメリカの現職大統領が被爆地・広島を訪れてから、まもなく10年です。その歴史的な瞬間に立ち会った人たちの今の思いを取材しました。
5月20日、東京で講演した被爆者の森佳代子さん。
■森 佳代子 さん
「現職のオバマ アメリカ大統領が、被爆地・広島を初めて訪問。広島で被爆死したアメリカ兵の調査をした男性がいる。」
夫の森重昭さんは、広島で被爆して亡くなったアメリカ兵捕虜の調査を続け、12人の身元を特定した被爆者です。
■アメリカ オバマ 大統領(当時)
「広島で命を落としたアメリカ人の遺族を捜し出した男性がいます。遺族が失ったものは、自分が失ったものと同じだと信じたからです。」
スピーチに立ち会った森さん。「敵も味方もない」と訴え、調査を続けたことが認められた瞬間でした。
■森 重昭 さん
「僕と大統領との間だけで分かる、人間と人間として分かり合えた、最大の瞬間だったと思う。」
2026年3月、森さんは88歳でこの世を去りました。平和の大切さを訴え続けた生涯でした。
森さんをそばで支え続けた妻の佳代子さん。
■森 佳代子 さん
「一緒にサポートしていこうというので、2人でいつもツーショットの写真。」
アメリカ大統領の訪問から、まもなく10年。佳代子さんにとっても大切な節目の年です。
■森 佳代子 さん
「一緒に迎えたかったです。今もあの瞬間は脳裏に鮮明に浮かんできますけど、この瞬間が意味することを、私がやっぱり背負っていかないといけないという自覚がある。」
森さんが、やり残したものがあります。
■森 佳代子 さん
「なぜか付箋を挟んでる。チェックがついているでしょ。これがまだ見つかっていないよということ。」
亡くなる直前まで続けていたのが、長崎で被爆して亡くなったオランダ兵の調査です。遺族が分からない兵士はあと2人。
■森 佳代子 さん
「二人三脚でピースミッションをしてきたわけですから、これで終わらせるってことはしちゃいけないなっていうのは、強く感じている。」
中東情勢が混迷を極めるなか、平和公園には世界中から多くの人が訪れています。
大統領が訪れた日、その姿を間近で目にした作原愛理さん。当時高校2年生でした。盈進高校で平和をテーマに取り組む部活動に入っていました。
オバマ大統領の来日が決まったとき、大統領宛てに『被爆者に会って話を聞いてほしい』と手紙を書きました。
■作原 愛理 さん(当時高校2年)
「(被爆者と)握手させてもらって、この手で71年生き延びてきて、この目であの日のすさまじい広島と長崎を見てきて、それを私はオバマ大統領にも感じてもらいたいと思っています。」
作原さんは、若者代表として立ち会うことができました。
■作原 愛理 さん
「私が座っていたのは、おそらくこの辺りだったと思います。後ろのほうで出席して見させてもらってました。」
■作原 愛理 さん
「『核廃絶は被爆者の苦しみが原点』という言葉を大事にしながら活動してきたので、被爆者の方と握手をしたり抱擁したりするシーンというのは、まさにその瞬間だと思ったので、本当に感動しましたし、何年経っても、それは忘れられない光景です。」
被爆者に会ってほしいと大統領に手紙を書いた作原さん。被爆者の坪井直さんに願いがかなったことを伝えると、自分のことのように喜んでくれたといいます。
作原さんは10年経った今も、核兵器や平和について考えるグループに所属し、学びを深めています。
■作原 愛理 さん
「世界では今も、いろんなところで戦争をしていて、すごく残念な気持ちが正直なところです。でもここで諦めるのではなく、前に進むことが大事だと思うので、今後も諦めずに自分にできることを一つ一つ続けていきたいと思っています。」
夫の遺影とともに東京を訪れた森佳代子さん。
■記者
「証言するときは必ず?」
■森 佳代子 さん
「一緒にね、守ってねって。」
伝えたのは、亡き夫との二人三脚の歩みを突き動かした信念です。
■森 佳代子 さん
「人間同士、敵も味方もない、原爆の悲劇に国境はない、これらの言葉は私たち二人で共有し発信してきました。平和こそ一番大切です。」
あの日からまもなく10年。平和の誓いがゆらいでいます。過ちは繰り返さない。被爆者の思いをつなぐ活動が続いています。
【テレビ派 2026年5月22日 放送】
