話題の「年収1000万のタクシードライバー」はごくわずか…日本で「ブルーカラー・ビリオネア」が誕生しない“当然の理由”
「ブルーカラー・ビリオネア」の正体
昨今、報道でよく見聞きするようになった「ブルーカラー・ビリオネア」という言葉。アメリカから渡ってきたこの言葉、「ビリオネア」は日本語では「億万長者」と訳される。「ブルーカラー」とは、作業服を着用し、現場で肉体労働に従事する職種を指す言葉だ。これまで「3K(きつい・きたない・きけん)や「底辺職」と揶揄されてきた職種でもある。
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ブルーカラー・ビリオネアとは「ブルーカラーの億万長者」ということになるのだが、アメリカで起きているこの現象が、深刻なブルーカラーの人手不足に喘いでいる日本でも起きるのではないか、と多くのメディアが報じている。

しかし、単刀直入に言うと、現在の日本では残念なことに「ブルーカラー・ビリオネア」が誕生することはない。というのも、「ビリオネア」の「ビリオン(10億)」、これは日本円に換算すると約1600億円になる。
今や世界的スーパースターでとなった大谷翔平選手でも、ドジャースとの10年契約の総額が1050億円とのことだが、これまで全産業平均よりも低賃金だった職種が、突然数千億円プレイヤーになることは、現実的とは言い難い。
日本のブルーカラーにおいては、ビリオネアよりもまず「ミリオネア(1億円プレイヤー)」を目指すのがまだ現実的ではないだろうか。
そして、そもそもの話だが、この言葉が生まれたアメリカでも、“ブルーカラー・ビリオネア”は誕生していない。ブルーカラー出身で、実際にビリオネアになったアメリカの当事者は、「“元”ブルーカラーの労働者」で、ビリオネアになったのは経営者になってからなのだ。
最も有名な“ブルーカラー・ビリオネア”であるラリー・ジャネスキー氏は、18歳で住宅リフォームなどの大工として仕事を始め、会社を経営するようになった結果、文字通り「ビリオネア」になった人物。つまり、彼は労働者ではなく、実業家。過去にブルーカラーだったこの実業家が、もし「自分は現役のブルーカラーだ」と言い張ったら、誰よりもブルーカラーたち自身が許さないはずだ。
日本がデジタル化に遅れた理由
もう一つ、アメリカで「本物のブルーカラー・ビリオネア」が仮に誕生したとしても、日本では同じような形で起き得ないと言える理由がある。それは、日本のデジタル化やAIの浸透が、かなり遅れているからだ。
アメリカにおける、AIによる雇用代替の早さは目を見張るものがある。三菱総研の研究によると、ChatGPTがリリースされた22年11月以降、アメリカではマーケティング調査、グラフィックデザイン、プログラミングサービス、書類作成サービスなど、生成AIが得意とする情報収集や言語・画像生成等のタスク比重が大きい業種の雇用がすでに減少傾向にあるという。
実際に昨年5月、マイクロソフト社が雇用削減した2000名のうち、4割がソフトウエアエンジニアで、一部はAIによる代替が理由だとされている。
日本でもAIは国民レベルに浸透はしているものの、業界の雇用が揺さぶられるほどの台頭には至っていない。一部の省庁ですらいまだにFAXを使用しているのが現状だ。こうしてホワイトカラーの現場にまだまだ雇用が必要な状態が続く以上、ブルーカラーへ転職しようと考える人は決して多くはないはずだ。
そもそも、なぜ日本はデジタル化が遅れたのか。
それには、高度経済成長期から乱高下した「労働人口の動態」が関係している。世界が一気にデジタル化した1990年代後半、日本はあえてその波に乗らず、効率化を図ることをしなかった。その理由は「労働人口の余剰」にある。戦後、引き上げ兵の帰還や終戦による社会的安定によって、1947〜1949年に第一次ベビーブームが起きたことで、日本の人口は急増。高度経済成長期は仕事がいくらでもあったため、人手は常に足りない状態だった。
1990年代になると、第一次、第二次ベビーブーム(1971〜74年)どちらの世代もが、生産年齢人口(15〜64歳)に突入。1995年、8700万人でピークを迎える。しかし、1991年に起きたバブル崩壊により、日本の経済は低迷し始めていた。そう、人手が余り始めたのだ。
「デジタルの波」が世界に到来したのは、奇しくもそんなタイミングだった。
1995年、Windows95の発売前日、店前にできた長蛇の列を思い出す人も少なくないだろう。このムーブメントによって、世界は一気にデジタル化に動いた。ところが、日本ではその動きが鈍かったのだ。その要因は他でもない。「労働人口の余剰」にある。ただでさえ人が余っている状況下、「デジタル化」など進めれば、より人が要らなくなってしまう。
世界でも稀に見る「終身雇用制」を取る日本。経済が停滞するなかでも、雇用は維持し続けなければならなかった。
ちなみに当時、なんとか経済を活性化させようと政府が始めたのが「規制緩和」だ。そのうちの一つに「労働者派遣法」がある。2004年には、製造現場への派遣も解禁され、日本のものづくり技術の低下や、現場の非効率化の大きなきっかけになった。
こうして経済が停滞する負のループに陥った日本。デジタル化を遅らせ、人件費を抑え続けた結果、生活が苦しい国民と、デジタル化が遅れた企業のもと「失われた30年」が構築されたのだ。
出遅れた「3Dプリンタ」
実際、自動車関連の金型研磨を生業とする父の工場に身を置いていた筆者は、同時期、その雰囲気を経験している。それは2000年代、製造業界の現場を驚愕させるものが商品化されたこと。
「3Dプリンタ」だ。
3Dプリンタとは、立体の造形物を出力(プリント)する装置のこと。簡単に言えば、金型なしでプラスチック製品ができる3次元プリンタだ。一般的にプラスチック製品は、金型の凸と凹を組み合わせ、その間に樹脂を流し込み作られる。
日本の基幹産業でもある自動車製造の現場には、バンパーやライト、グリルにインナーパネルなど、多くのプラスチック製品が使用されていた。もし、この3Dプリンタが本格的に動き始めたら、金型業界は潰れるかもしれない――。
その時の業界に漂っていた「自分たちの職が奪われるかもしれない」という警戒感は今でも忘れられない。金型がなくとも製品が作れる3Dプリンタは、業界にとって「パンドラの箱」でしかなかった。
実は、この3Dプリンタの初期の開発者は日本人だ。しかし、こうしたマンパワーの代替物への懸念によるスタートダッシュの失敗が、今の日本のものづくりの低迷に繋がっていると、現場にいた身としては痛感するのだ。
事例に上がる「タクシー」の現状
話を「ブルーカラー・ビリオネア」に戻そう。
デジタル化・AI導入の遅れが、日本での「ブルーカラー・ビリオネア」誕生のストッパーになっているという現実があるなかで、頻繁にこの言葉を聞くようになった昨今……。
なかでもここ数年で、伸び率が高い職業としてよく引き合いに出されるのが、「タクシードライバー」だ。タクシー業界は間違いなく、上向きの業種ではある。しかし、これを「ブルーカラー・ビリオネア」として語るのは、完全なミスリードだ。
タクシードライバーのピークは、2004年の約42.8万人(法人所属38万1943人、個人4万6360人)。そこから人口減少に伴い、ドライバーも2009年以降、毎年3〜4%の割合で減少を続けていたが、2020〜2021年のコロナ禍においては、7%を超える減少率となり、直近の2019年からは17%減(企業所属ドライバーにおいては約18%減)となった。
それは、各メディアが論拠にしているドライバーの数や売上に対する伸び率は、「コロナ禍」が元になっているからだ。
しかし、コロナが明けるとインバウンドが急回復。コロナ前以上になり、ホワイトカラー業界によるAIの台頭というよりも、インバウンドの急回復が要因だと言えるだろう。
さらに、元々タクシードライバーは低賃金のイメージが強い。2002年、タクシー業界の規制緩和が行われ、需要と供給のバランスを考慮した免許制だったのが、車庫の確保など一定の条件さえ満たせば自由に新規参入できる許可制になった。こうして無制限なタクシー企業の増加を招いた結果、乗務員の給料は低下したのだ。昨今の好況においても、他産業平均給与よりまだまだ賃金は低い。
一方、一部で「年収1000万円以上稼げている」というドライバーの声を報じるメディアもあるが、その裏には「地域差」が存在する。
例えば、一般社団法人「全国ハイヤー・タクシー連合会」のデータによると、令和5年の東京都のタクシードライバーの平均年収は586万円。一方、石川県のタクシードライバーは230万円と、300万円以上もの差がある。タクシードライバーの平均年収の上昇が取り上げられているのは、大都市や観光地の好況であり、全体を反映していないのだ。
なかには、逆に年収が減少した地方も存在し、高齢化と相まって、この1年間でも多くの退職者が出ている地域も。
人手確保のため、タクシー企業の中には、今までよりも高い賃金を提示したり、入社時の祝い金や免許取得の補助金を出していたりするところも実際ある。しかし、コロナ禍で絶望的な状況にあったところからの回復をもって「ブルーカラー・ビリオネア」の代表例とするのは、あまりにも現実との乖離があるのだ。
「ミスリードで感じる侮辱感」
こうした説明は、「せっかくブルーカラーに光が当たっているのに水を差す気か」と言われるかもしれない。が、特定の地域や事例を挙げ、いいとこ取りのチェリーピッキング(情報選択)をすることは、世間をミスリードさせるだけでなく、ブルーカラーの現場に対する軽視につながりかねない。
「ホワイトカラーが稼げなくなるから、時代はブルーカラーだ」という安易な考えには、現場へのリスペクトを全く感じられず、「誰にでもなれる職種」と暗に示しているようにも感じる。そうなれば、ブルーカラーこそ「誰にでも代替できる仕事」となってしまう。
ブルーカラーが今、猫の手も借りたいほど人手不足に喘いでいることは間違いない。が、その突破口として「ホワイトカラーの衰退」に甘んじてはいけない。「待っていれば嫌でも人が来る」という機運に驕ってしまえば、日本のブルーカラーの技術力はますます低下すると強く懸念している。
次回はタクシードライバーの現状を掘り下げたい。
橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)
デイリー新潮編集部
