15年後の福島第一原発、処理水を保管するタンク群の解体が始まっていた…満開の桜が作業を見守る
東日本大震災による東京電力福島第一原発(福島県)の事故から15年。
廃炉作業の現場を4月6日、約1年5か月ぶりに訪れた。(編集委員・森太)
解体する処理水タンクは1000基超
構内を歩いていると、シューッというバーナーの音が聞こえてきた。近づくと、屋外の現場に複数の作業員がいて、そのうちの一人が鉄板を溶断しているところだった。オレンジ色の炎がバーナーの先端から勢いよく鉄板に吹き付けられている。

「処理水を保管していたタンクを解体しています」。案内してくれた桑島正樹さんが話した。福島第一廃炉推進カンパニー廃炉コミュニケーションセンター副所長の桑島さんによると、2023年8月に始まった処理水の海洋放出に伴い、使わなくなった溶接型タンクの解体が昨年2月から行われている。空いた敷地には、今後3号機から取り出される燃料デブリの関連施設などが建設されるという。
解体中のタンクは、通常の1000立方メートルの容量より小さい700立方メートルだった。それでも高さは約12メートルあり、間近に見ると大きい。その中に保管されていた処理水は、トリチウム以外の大部分の放射性核種が除去されているが、解体作業前にタンク内を洗浄し、放射性物質の濃度を測定して安全を確認しているという。このため作業員らは、ヘルメットにマスク、ゴーグル姿であっても、防護服は着ていない。タンクは天板、側板、底板に分解されて小さく溶断されていく。側板は短冊状に12分割されるという。解体に使用している水素混合ガスバーナーには、今月から地元の浪江町で製造された水素が使われるようになった。
解体されたパーツが、トレーラーの荷台に載ったコンテナに積み込まれていた。構内の一時保管エリアに運ばれ、コンテナごと保管する。
ただ、これまでに解体が完了したタンクはまだ15基だ。敷地内には1000基超のタンクがある。取材時は、通算19回目となる処理水の放出が行われていた。タンクの解体は、処理水の放出と歩調を合わせながら進んでいく。
活気あふれる「バックヤード」
今回の取材で最も活気があったのは、北側の森林地帯を切りひらいてつくられた廃棄物関連施設のエリアだった。ダンプカーやコンクリートミキサー車がひっきりなしに行き交い、工事現場では大勢の作業員が働いていた。1〜4号機のある海側エリアが廃炉作業の最前線とすれば、廃棄物の保管や焼却を行う大型施設が並ぶこの一帯は、“バックヤード”といった位置づけだろうか。廃炉作業に伴って発生する廃棄物を処理するための重要施設ばかりだ。
その一つ、長細い3棟の建物が並ぶ固体廃棄物貯蔵庫の前にいると、ちょうどコンテナがトレーラーで運ばれてきた。大型フォークリフトがすぐに動き出し、コンテナを荷台から建物前の地上に下ろし、作業員たちが貯蔵庫に入れる準備を始めた。貯蔵庫は幅約50メートル、奥行きは1棟が約180メートル、残り2棟は約90メートルあるという。桑島さんは、「飛行機の格納庫のように、中には柱が一本もありません」と説明した。コンテナに収容された様々な廃棄物はここに運び込まれ、9段重ねで保管されるそうだ。
その隣の敷地では、地面を10メートルほど掘り下げた現場で多くの作業員らが働いていた。ここには、さらに別の貯蔵庫が建設される予定だ。その入り口部分にあたる共用棟の敷地には、コンクリートが流し込まれていた。周囲にはほかにも、二つの焼却設備、廃棄物の容量を減らす設備、大型廃棄物保管庫などが立ち並ぶ。
1号機のがれき撤去へ
1号機の原子炉建屋の外観は、2024年11月20日の前回訪問時から大きく様変わりしていた。水素爆発によりひしゃげた鉄骨がむき出しになっていた上部は、すっぽりと大型カバーに覆われていた。桑島さんは「開閉式の屋根になっていて、外から大型クレーンを使ってがれきを除去できます」と話した。がれき撤去は、今月にも開始する予定だという。

今年1月に設置が完了したカバーは、放射性物質の飛散を抑えながら、最上階に残っているがれきを撤去することが目的だ。内部には天井クレーンもあり、がれきを容器に入れて建屋内で下ろすルートもあるという。
その隣の2号機では今夏、燃料デブリ(溶融燃料)の取り出しに向けて、初めてロボットアームを原子炉格納容器に入れ、内部調査に着手する。最大全長約22メートルのロボットアームは、これまで使用してきた釣りざお式の装置が直線的な動きしかできないのに対し、アームが前後左右に動かせるため、より広範囲のデブリを採取できるようになる。先端部には切断機なども装着できることから、障害物も撤去できる。2号機ではまた、今年6月までに燃料プールから核燃料615体を、3機のクレーンを使って取り出す作業にも着手する予定だ。
原発事故で発生した燃料デブリは、1〜3号機で推計約880トンある。東電は、使用済み核燃料の取り出しが完了した3号機から、2037年以降に本格的な取り出しに着手する予定だ。
事故から15年が経過し、それぞれの原子炉建屋はカバーで覆われ、その外観からは事故の生々しい爪痕は見えなくなった。だが、3号機の真横を歩いた時、その側壁から破壊された内部が見えた。1号機の前で撮影している時には、線量計がけたたましい音をたてた。そこに、事故の重さを実感した。
構内に三百数十本あるという桜が、取材当日は咲き誇っていた。原発事故のあった2011年も含めて毎年、咲き続けているそうだ。桜だけは、震災前と変わらない。作業員たちが桜を見ながら通り過ぎていく。廃炉完了の目標は2051年。満開に近い桜を見ながら、その先まで、この現場を見守る番人として花を咲かせてほしいと思った。
