愛知県に住む12歳の女の子。 日本に10人前後しかいないという「珍しい病気」と向き合っています。女の子の新たな旅立ちと挑戦。そして、見つめる家族を取材しました。

誕生日を祝う愛知県刈谷市の小倉さん家族。父・母・姉妹の4人家族です。

次女のかなみさん12歳。日本に10人前後しかいないという珍しい病気と向き合っています。

Q.かなみさんの病気はどんな病気

「ヒアリン線維腫症候群。腫瘍とかいっぱいある病気」(かなみさん)

ヒアリン線維腫症候群とはヒアリンと呼ばれる物質がたまり皮膚や骨、内臓など様々なところに腫瘍ができる病気です。

「遺伝子の情報ってすごくたくさんあるんですけど、その中のちょっとの不具合で病気が生まれてしまう病気の1つ」(かなみさんの主治医 糸見和也 医師)

両親がかなみさんの体に違和感を覚えたのは生まれて2日後。

しかし、検査をしても、原因はわかりませんでした。ヒアリン線維腫症候群とわかったのは約1年半後のことでした。

「残念ながら“正解の治療”みたいなものが決まっている病気でないのは間違いがないので、現状、僕たちができるものとしては、彼女の生活を大切にしてあげるような支援できる治療を変えていくというところかなと思っています」(糸見医師)

「珍しい病気すぎて薬もなければ治療法もないというのが分かって、気持ちが上がったり、下がったりしてましたね。本人の明るさにはすごく救われています」(母・マリ子さん)

「来年も桜を」病気と向き合う

かなみさんが通っているのは、刈谷市にある特別支援学校です。

この日は、学習面や生活面で難しい部分を改善・克服するための「自立活動」の授業。

まもなく小学部を卒業する、かなみさん。自分の病気の症状についてまとめていました。

「『関節拘縮』を調べました。どういう意味だった?」(先生)

「関節を動かす機会が減ることで筋肉や皮膚などがかたく縮んでしまうこと」(かなみさん)

「固く縮んじゃうと動かしにくくなるよね」(先生)

自分の病気について知ることはかなみさんにとってとても大切なことだといいます。

「手伝いをお願いしたい時、支援をお願いしたい時に自分のことがわかっていると、こういうふうだからこうしてほしいということをしっかり説明することができるので彼女にとってはそれって今後すごく大きくなっていく上で大事だと思う」(刈谷特別支援学校 高島明日香さん)

かなみさんの病状は、落ち着いています。しかし、小学生になる前は一時、命の危険を感じたこともあったといいます。

「(入学前の)年末に緊急で入院して4月くらいにみんなで桜を見に行ったんです。桜を毎年見る度に正直思いますね、今でも。来年一緒に桜見られるのかなというのは思いますね」(母・マリ子さん)

「お姉さんになったね」 両親が見守った6年間の成長

3月10日。小学部卒業の日を迎えました。

「パパどう?」(かなみさん)

「かわいいよ」(父)

「いってきまーす」(かなみさん)

「卒業証書、小倉かなみ。あなたは本校の小学部の課程を卒業したことを証する。おめでとう」

「きょう私たちは小学部を卒業します。小学部ではたくさんの思い出ができました。お友達がたくさんできてうれしかったです」(かなみさん)

卒業式の後、家族4人で「記念写真」。この春、中学校を卒業した、姉のさなさんと門出を祝いました。

病気と向き合いながら過ごした、小学部での6年間。

「6年たって成長した、お姉さんになったなって思いました」(母・マリ子さん)

「幼稚園の時は自分で動けなくて電動車いすになって自分で動けることになって、自分でいろいろできるようになった」(父・隆史さん)

「きょうみたいに自分1人で何かをするというのがなかったので、そういう姿を今日見られてすごく感動しました」(母・マリ子さん)

かなみさんの将来の夢

卒業式から数日後。

「ヘアドネーションをしたいと思っていて」(母・マリ子さん)

2年かけて伸ばした髪を病気の治療で髪が抜けた子に届けたいといいます。

美容院の椅子に座ることが難しいため訪問美容を利用して、髪を切ってもらいます。

実はかなみさん、手先がとっても器用。将来の夢もあります。

「夢はネイリスト、かパティシエ。一番やりたいのネイリスト」(かなみさん)

新たな一歩を歩み始めた、かなみさん。中学部でやりたいことは…。

「小物を作りたい」(かなみさん)

「小学校みたいに楽しく行ければいい、それが一番ですね」(父・隆史さん)

「1日でも多く学校に通えたらなと思っています」(母・マリ子さん)