「牛肉を食べた人間がおかしくなる病気ではない」有名ステーキ店主が明かす「狂牛病」風評被害を招いた“ネーミングの怖さ”
「狂牛病」という名前が、すべてを狂わせた――。牛肉そのものではなく“言葉”が生んだ恐怖で、店は一気に客足を失う。有名ステーキ店主が明かす、コロナ禍以上に苦しかった風評被害の実態と、生き残りを懸けた決断とは? 元レスラーで、ステーキハウス『ミスターデンジャー』を経営する松永光弘氏の新刊『令和のステーキ店経営デスマッチ コロナ禍に完全勝利も物価高地獄でリングアウト寸前?!』(西葛西出版)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
【画像】元レスラー・松永光弘氏が経営する有名ステーキ店「ミスターデンジャー」

写真はイメージ ©getty
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コロナ禍の何倍も苦しかった『狂牛病騒動』の恐怖
ステーキ店の経営を語る上でやっぱり欠かせないのは『狂牛病』騒動です。
正直いって、コロナ禍の何百倍もつらかった!
裏を返せば、コロナ禍でも冷静に闘えたのは『俺たちはあの狂牛病騒動を乗り越えてきたんだ。あれよりもひどいこと、そうそうあるはずがない!』という想いが心のどこかにあったから。狂牛病騒動以前から牛肉に関わる仕事をしてきた人たちは、間違いなく「強い」んです。
そもそも『狂牛病』という名称が諸悪の根源でした。
だって『狂』に『牛』に『病』ですよ? 最近ではコンプライアンスの問題もあって、メディアで『狂』という文字をほとんど見かけなくなりました。かつてはプロレス界にも“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンや“狂犬”マッドドック・バションといった異名を持つ外国人レスラーがたくさんいました。どの選手もいろんな意味で危ない存在で、近づくことすら恐ろしいオーラをまとっていました。
「狂」という文字は、そんな危険な存在にしか付かないものです。それが牛肉に括り付けられたんですから、そりゃあ多くの人が敬遠したくなります。ステーキを食べたら入場時のタイガー・ジェット・シンみたいに暴れまくってしまうのではないか、という誤解を生みそうな字面ですからね。
牛肉を食べた人間がおかしくなる病気ではない
狂牛病と呼ばれる病気は、感染症によって牛の脳の中に空洞が出来てしまい、その結果として異常行動を起こすようになるために付けられた病名であり、牛肉を食べた人間がおかしくなってしまうという意味ではありません。
当初はヒトには感染しないといわれていましたが、その可能性は否定できないとされるようになり、海外では死者が出たという報告もあるようです。日本人で狂牛病の影響と思われる患者さんは1名しか確認されておらず、その方も海外で感染したといわれています。日本国内で狂牛病だと認定された牛自体が30数頭だけですから、あそこまでの大騒ぎになることのほうが異常だったのです。
のちに「狂牛病」は「BSE」と言い換えられるようになりますが、最初から「BSE」として報道されていれば、あそこまで大きな騒動には発展しなかったでしょう。本当に風評被害というのは恐ろしいものです。
レストランなどの業態であれば、牛肉が提供できなくなっても「豚肉はどうですか? 鶏肉はどうですか? ラム肉や馬刺しもありますよ」と逃げを打つこともできますが、われわれのようなステーキ屋は牛肉のみで勝負しているので、そういうわけにもいきません。
当初は「国産牛が危ない」という報道がされていたので、逆をとって「ウチのステーキはすべて輸入牛です!」とアピールしました。国産牛のほうが高価でブランド力もあるわけで、普段だったら決して宣伝に使えるような言葉ではないのですが、もう奇策に出るしかありませんでした。
私のひらめきですぐにフットワーク軽く対処できる。これが個人店のメリットです。さらに、この初期段階でなんとなく嫌な予感がしていたので、業者さんにお願いをして店の冷凍庫に入るだけの肉を大量に仕入れました。騒動が長引いて輸入がストップしたり、高騰したりしたらシャレにならないという判断です。
とはいえ、ウチの冷凍庫に入りきる肉の量など高がしれています。そこで業者さんに「そちらに空いている冷凍庫があったら在庫を預かってくれないか」と頼みこみました。これで数カ月分のストックは確保できたと安心していましたが、狂牛病騒動は数カ月どころか、実に3年間も続くことになるのです。
さらなる追い打ちが⋯
オープンから約5年が経ち、行列のできるステーキ店として、ようやく軌道に乗ってきたタイミングでの狂牛病騒動。あれだけメディアで危ないとあおられ続けると「ウチは輸入肉だから大丈夫ですよ!」と叫んだところで、なかなか耳を傾けてはもらえません。
やがて行列が消え、店内に空席が目立ちはじめたところで、恐れていたことが起こります。ついにアメリカでも狂牛病が確認され、アメリカ産牛肉の日本への輸出が禁止されてしまいました。
〈「真似した店はどこもつぶれた」ドン底の有名ステーキ店主がピンチを切り抜けた【驚きの奇策】〉へ続く
(松永 光弘/Webオリジナル(外部転載))
