「長い間本当にお疲れ様でした。さようなら」ケーキと花束で定年を祝った前夜から一転、妻から突き付けられた“三行半”。あまりの落差に65歳元会社員「ついていけません」のワケ

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祝福と別れは、たった一日で入れ替わりました。定年退職を祝った翌朝、妻は夫に離婚を告げたのです。“熟年離婚なんて、しょせん他人事”と思っていると、突然自分の身にも降りかかってくるかもしれません。ある夫婦の事例を見てみましょう。

前日の祝福、翌日の離婚宣言…あまりの落差に夫、唖然

定年を迎えた翌朝、食卓で妻の由美子さん(仮名・63歳)は静かにこう告げました。

「離婚してください」

夫・天野正さん(仮名・65歳)は、その言葉の意味をすぐには理解できませんでした。というのも、前日の空気とは真逆だったからです。

長年勤めた会社を退職したその日は、「長い間本当にお疲れさまでした」とねぎらわれ、食卓には普段より豪華な食事とケーキ、花束まで用意されていました。

あれは何だったのかーー。

しかし、由美子さんにとっては、長年働いて家庭を支えてくれた夫への“最後の感謝”に過ぎませんでした。

60歳以降に変わった“距離感”

由美子さん(63歳)によれば、夫への意識が変わり始めたのは、正さんが60歳を過ぎた頃。正さんは雇用形態が変わり、役職を外れ、残業もほとんどなくなりました。定時で帰宅する日が増え、家にいる時間が一気に長くなったのです。

「昔は仕事で遅かったので、むしろそれがよかったんですよね」

ところが顔を合わせる時間が長くなると、これまで気にならなかった細かな癖や振る舞いが、急に目につくように。食事の音、生活のテンポ、些細な言動。それらは少しずつ違和感へと変わっていきました。

さらに決定的だったのは、子どもの独立でした。長男と長女が家を出て、家の中は一気に静かになりました。残ったのは、嚙み合わない夫婦2人の生活です。

休日も仕事をすることが多かった正さんでしたが、それがなくなると、由美子さんの外出についてくるようになりました。

「俺も行こうかな」

夫なりのコミュニケーションだったのかもしれません。しかし由美子さんにとっては、それすらもストレスでした。こうした日々の積み重ねの中で、離婚への気持ちが固まっていったのです。

結論からいえば、今でも正さんとは離婚に至っていません。由美子さんは、自宅から徒歩30分の距離にアパートを借り、そこで暮らしています。

「これが今のベストな形」

ーーそう笑顔で話します。

離婚後を見据えた現実的な試算

由美子さんは、夫に離婚を伝える前に、その後の生活についても現実的に考えていました。

夫婦の共有財産は原則として2分の1ずつ分けられます。この夫婦の場合、世帯貯蓄は1,800万円。由美子さんがコッソリためていた“へそくり”600万円も原則として共有財産とみなされる可能性が高く、合計2,400万円となります。特有財産がない場合、この2,400万円は原則として半分ずつ、1,200万円ずつに分割されます。

また、自宅も財産分与の対象となりますが、由美子さんはそれを求めていませんでした。「家はいらない、その代わりに自由になりたい」――住まいを手放すことで、スムーズに離婚できればと考えていたのです。

さらに、年金分割も重要なポイントです。婚姻期間中に形成された厚生年金は、原則として最大50%まで分割されます。この夫婦の場合、正さんの厚生年金(報酬比例部分)のうち、婚姻期間中に対応する記録が最大50%まで分割され、由美子さんの将来の年金額にも反映される見込みでした。

こうした話を弁護士に聞いた上で、由美子さんは離婚を切り出しました。しかし正さんは、強く拒否します。

「勝手すぎる。俺は絶対に認めない」

正さんにとっては、突然すぎる話。長年、家族のために働いてきたという自負もあり、受け入れられるものではなかったのです。

話し合いは平行線のまま進みません。その結果、二人が選んだのは「別居」という形でした。夫は「しばらく離れたら気が済むだろう」と考えているようですが、由美子さんは逆に、「距離を取ることで、夫もそのうち別れを受け入れるのでは」と考えたといいます。

老後の夫婦に突きつけられる現実

正さんは、由美子さんとの平穏な老後を想像していたことでしょう。しかし、青天の霹靂で別居という形になりました。

一方、由美子さんの生活も、決して余裕のあるものではありません。パート収入とへそくりの取り崩しでなんとか成り立っていますが、それは、60代前半という年齢による余裕があるからともいえるでしょう。最終的に夫婦がどのような形に落ち着くのか、まだ先は見えない状況です。

いずれにしても、定年はゴールではありません。むしろ、これまで見えなかった夫婦の距離が、はっきりと浮き彫りになる節目です。

仕事という緩衝材がなくなり、子どもも巣立ったあとに残るのは、2人だけの時間。その時間に耐えられるかどうか。それが、老後の夫婦関係を大きく左右します。

厚生労働省の「人口動態統計月報年計(概数)の概況」によれば、令和6年の離婚件数は18万5,895組(前年より2,081組増)。このうち婚姻期間20年以上の熟年離婚は4万686組(前年より876組増)で、全体の約2割を占めています。

一緒の家に住んでいても、夫婦であっても、内面に気づかないことは多いものです。「熟年離婚なんて、しょせん他人事」――そう思っていると足元をすくわれるかもしれません。

参考:厚生労働省「人口動態統計月報年計(概数)の概況(令和6年)」