鉄道の「廃線」を巡る人気記事トップ3 知られざる廃線の歴史に迫る
新しい年が始まり、少し遠出をして日常から離れ、気分転換したい人も少なくないでしょう。日本地方新聞協会特派写真記者・工藤直道さんの人気連載「鉄道の『廃線』を巡る」では、廃線となった鉄道の“今”やその歴史を辿ってきました。その中から人気記事トップ3をご紹介します。日本の鉄道の軌跡を巡り、いつもと少し違った旅をしてみては?
東洋一の硫黄鉱山へ繋ぐ 観光客をも呼び込んだ人気路線が廃線となるまで
岩手県八幡平市を走っていたローカル私鉄・松尾鉱山鉄道は、「東洋一の硫黄鉱山」とまで呼ばれた松尾鉱山から硫黄を輸送するためにできたもの。鉱山で働く従業員とその家族が住む街と、国鉄花輪線の大更駅を繋ぐ重要な路線でした。貨物のほかにも観光客輸送にも力を入れていた鉱山鉄道がなぜ廃線に至ったのか、その理由に迫ります。

鹿野変電所前を通過する硫黄鉱石を運ぶ貨物列車=撮影年次不詳、岩手県松尾村寄木(現・八幡平市松尾寄木)、写真提供/松尾鉱山資料館

大勢の乗客で込み合う松尾鉱山鉄道の車内=撮影年次不詳、写真提供/松尾鉱山資料館
日光駅と中禅寺湖畔を結んだ観光路線、なぜ廃線になったのか
奥日光に位置する「中禅寺湖畔」は、標高1269mの高地にあり、四季折々の景色を楽しむことができるスポット。現在では、路線バスか車でしか行くことができない場所ですが、かつては日光駅から観光路線網が形成されていました。日本の道・百選に選ばれた「日光いろは坂」の開通により廃止された、東武鉄道の路線網の歴史を探ります。

東武日光駅の駅前広場に保存・展示される東武鉄道日光軌道線を走っていた車両(100形電車)=2024年5月28日、日光市松原町

開通まもない頃の日光登山鉄道のケーブルカー。東武鉄道65年史より=資料所蔵JLNA
東京・奥多摩湖の「第二の箱根」構想はなぜ幻となったのか
多摩川を小河内(おごうち)ダムによってせき止めたことで作られた「奥多摩湖」。ダム建設に際して敷設された貨物線は当初、西武新宿駅と奥多摩湖を結ぶ「観光列車」に転身すると計画されていました。しかし、この構想は実現することなく廃線となってしまったのです。この計画はなぜ叶わなかったのか、理由を明らかにします。

中山隧道を抜け、爆煙を上げながら山を登る蒸気機関車がけん引する貨物列車=1955(昭和30)年頃、東京都奥多摩町、写真提供/JLNA

マップ上の「丸数字1と2」の間にある「廃線跡」と書かれた位置で、ハイキングコースは旧小河内線の線路(踏切)を横断する。トンネルは「第3氷川トンネル」=2014(平成26)年10月20日、東京都奥多摩町、写真提供/奥多摩観光協会
