藤江太郎・味の素社長

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金融波乱を含む環境激変をいかに生き抜くか─。計画疲れや計画倒れになる愚を避けるため、「計画中心から、環境激変を乗り切る実行力を磨き続ける経営」を標榜する味の素社長・藤江太郎氏。題してASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営。1909年(明治42年)、調味料の『味の素』を発売して以来、「我が社は挑戦し続けてきた会社。それがここ5年位、特に国内の食品領域を見ると、挑戦があまりできていない。一方、海外の調味料や電子材料は伸びている。これは、やはり挑戦し続けたからです」という藤江氏の分析。変化の多い時にあって、自分たちの強さは? というと、「アミノサイエンス」という経営基盤を持っていること。同社が今、稼ぐ利益の3分の2は調味料を含む”食品”、3分の1が医薬や半導体製造に不可欠の電子材料などで構成。両者は、一見異なるが、根っこはアミノサイエンスで同じ。社会課題を解決しながら、経営価値を生み出す、つまり利益を生む経営を志向。そのために、「先に土を耕し、種を播こう」と呼びかける藤江氏である。
本誌主幹 村田博文


有為天変の世の中で感じること

 藤江太郎氏が味の素社長に就任したのは2022年(令和4年)4月で1年前のこと。

 コロナ禍が始まって3年目で、社長就任2カ月前にロシアによるウクライナ侵攻が始まった。石油、天然ガスを始め、資源・エネルギー価格は上昇し、産業界ではそのコストアップ分をいかに製品価格に反映させていくか、はたまた社員の賃上げをどう実現していくかという課題に直面し、今日に至る。

 こうした状況をどう受け止めているか?

「わたしは、ピンチはチャンスだと。逆にチャンスはピンチだと思っていますので、様々な変化をいい機会として捉えられるかどうかというのがポイントじゃないかなと思っております」

 藤江氏は1961年(昭和36年)10月生まれの61歳。1985年(昭和60年)京都大学農学部を卒業後、味の素に入社。2017年常務執行役員、21年執行役専務を経て、昨年4月から西井孝明氏(現特別顧問)からバトンタッチを受けて社長に就任、CEO(最高経営責任者)も務める。

 海外勤務は、中国、フィリピン、そして南米ブラジルを経験。中国・北京に勤務したのは2004年から07年までの3年間。折しも反日暴動が起きて、日本及び日本企業を見る中国国民の目は厳しかった。中国国内にある日本の百貨店などは物理的な攻撃を受けたりした時期。

「ええ、国対国ではそういう関係でしたけれども、わたしどもの中国国内のメンバー、あるいはお客様というのは非常にいい人ばかりで」と自らはそう危険な目には遭わなかったと述懐。

 自らの性格、性分についてはどう思っているのか、楽天的な方なのか?

「割と楽天的なのか、もうこれ以上悪くはならないよなと。みんなで良くするためにはどういうことが必要なんだろうかというようなことを考えてきましたね。お金はないけれども、それなりにいろいろなやり方があるよねというようなことでやって来て、わたし自身もいろいろな勉強をさせてもらいました」

 そのやり方や工夫の仕方は、国によって違うのか?

「例えば食文化などの違いはありますけれども、人の本質みたいなところについては、共通点はあるなとすごく思いました」

 フィリピンやブラジルの現地法人が赤字だったのを、みんなで手を携え、力を合わせて黒字経営にした。「現地の人たちも喜ぶし、そんな時はみんなでおいしい酒を飲んだりしてと、そういう事を体験してきました」と藤江氏。

 もう1つ、藤江氏は労働組合の専従を30代の頃に10年ほど経験し、委員長も務めている。この時に掴んだものとは何か?