黒谷友香 「CMの女王」を救った、つかこうへいとの出会い
多趣味で知られる黒谷友香が最も熱中するのは、乗馬。取材場所に彼女が指定したのも、千葉県長柄町のエバーグリーンホースガーデン。そこで愛馬2頭を飼う。
仕事のない日は通い詰め、ガーデン内でDIYやガーデニングにも勤しむ。同じ敷地内にあるレストラン「ジーステーション」が行きつけの店だ。
「都内にもマンションがあるけど、千葉にも家を持ちました。19歳のときに乗馬を初体験し、東京との行き来をもう25年も繰り返しています。
もともと動物と人と自然が一体になれるような空間を目指して立ち上げた乗馬場なんです。オーナーたちと一緒に作り上げてきた感じですね」
スリムな体型を維持しながらも、食べるべきときには遠慮しない。ジーステーションは地元産の食材にこだわり、日ごとにメニューも大きく変わる。
だから、黒谷は内藤誠紀シェフに旬を訊いては、その日の気分でチョイス。たまに自分が育てたハーブも、サラダなどに使われるという。
店のイチ押しは「上総和牛のビステッカ」。ヘルシーな赤身にうま味がたっぷり詰まっている。
黒谷は撮影の照明に輝くナイフとフォークを器用に扱い、肉片を口にしてはしばし目を瞑り、やがてパッと花が開いたように笑った。
その様子をそばで見ていた店の女性スタッフが、俄に感激の表情を浮かべた。
「いつもほぼノーメイクでお越しになり、それでも見とれてしまうのに、ライトに当たると、これが真の姿なんだって思え……」
それを聞いた黒谷ははにかんで、「真の姿はふだんの……いえ、どっちも本当の私(笑)」と呟いた。
黒谷友香「乗馬は演技に向かう集中力も養える」
ジーステーションのすぐ裏手に馬場があり、奥に厩舎が続いている。黒谷は「一目惚れした」という愛馬、ラルフにも会わせてくれた。
好きなブランド「ラルフローレン」にあやかって命名。もう30歳、人間でいえば百寿に近い白馬だ。「昨日は馬体を丸洗いしたんですよ。だからふわふわ」と愛おしげにラルフを撫でる。
「こうして馬と過ごしているだけで満たされますね。乗馬は乗るだけで体力が要るし、体幹も使うし、健康に本当にいいと思う。演技に向かう集中力も養えますし。
この間、インストラクターがレッスン生相手に口にした言葉が耳に残ったんです。『馬を信用していない。馬を信じろ』って。お芝居だと、それが『人』っていえるのかな」
「人馬一体」の感覚は、人と人とが寄り添う演劇でも生まれるらしい。馬場を少し巡るだけで、泥はねが上着に飛ぶ。藁に塗れての馬の世話は楽ではないと実感する。
「乗馬を作品で披露したこと? 映画『魔界転生』(2003年)では女剣士の役で、馬に乗って敵と戦ってます。
観た映画では、ジュリア・ロバーツの『プリティ・ブライド』が印象深いですね。ウエディングドレス姿で馬に乗るのがいいなって。あ、自分が着たいって意味じゃなくて(笑)」
本格デビューした19歳ごろの黒谷友香
生まれは大阪の堺。中学までは生真面目で控えめな性格だった。
高校に進学すると、おしゃれに目覚め、10代向けファッション誌「mc Sister」(1966年〜2002年)のモデル募集に17歳で自ら応募。5000人の候補者から選ばれ、デビューを飾る。
「毎週末、新幹線で東京へ行き、撮影をしては戻る生活をしばらく続けました。フジテレビでアナウンサーをしてる森本さやかちゃんは同期で、名古屋で乗ってきて、帰りは降りていく。当時のメンバーではさやかちゃんとだけ、今でもつながってますね」
そして、短大に通う19歳のときにオーディションを受け、プロボクサー・辰吉丈一郎に密着した映画『BOXER JOE』(1995年)のドラマパートのヒロイン役を獲得。モデル業から本格的に女優業に移行する。
その翌年、全国の男子たちの視線を釘づけにしたのが、チョーヤの「さらりとした梅酒」のCMだ。すらりと伸びた白い脚を縁側で投げ出す姿が話題をさらった。
やがて「CMの女王」として君臨。数々のドラマにも主演級で出演したが、次第に演技で壁にぶつかるようになる……。
「つかこうへい先生との出会いがやはり大きかった。自分の壁を壊したいと感じていたころにご縁がありました。
代表作の『熱海殺人事件』に何バージョンか参加し、(主役の木村伝兵衛)部長刑事も演じました。しごかれましたが、おかげで今があると思ってます」
小西真奈美を生み、内田有紀や黒木メイサを鍛え直し、「俳優再生工場」とも呼ばれた、北区つかこうへい劇団。
黒谷はその第12期生なのだ。しかも、本来は男優が演じる部長刑事に扮した黒谷。以降、演劇には格別の情熱を捧げてきた。
「先生は稽古終わりには焼き肉をご馳走してくださったし、けっして怖いだけの方じゃないですよ(笑)。舞台本番では、なだ万の調理本部長だった黒田(廣昭)さんが何段ものお重のお弁当を作ってくださり、励みになりました。
私が司会をした『噂の!東京マガジン』(TBS系)の料理コーナーを担当されたご縁で、黒田さんには応援していただきました」
この3月には、2019年に新国立劇場で上演し、好評を博した『画狂人 北斎』の再演も控える黒谷。読書家でもある彼女は、「歴史上の人物は資料が多く、演技の参考になる」と準備を怠らない。
「ただ、お栄は北斎の晩年に生活をともにしたといわれていますが、最期はわからない。謎の部分にロマンを感じ、そこを想像で埋めながら、手探りで演じています」
江戸と現代を行き来しながら展開する芝居で、黒谷は現代編に登場する若い画家の恋人役でも登場。一人二役で大車輪の活躍だ。
CMデビュー時から、黒谷は淑やかな面とはつらつとした素顔を同時に見せてきた。演出の宮本亞門も黒谷の両面性に気づき、二役を託したのだろう。
また、今年はコロナ禍で1年延期となった新作映画『祈りー幻に長崎を想う刻ー』の公開も待たれる。田中千禾夫による名作戯曲が原作で、原爆投下によるトラウマのなかで生きる女たちの群像劇だ。
「今まで演じたことのない、複雑な内面を持った役です。新たな自分が出せたと思う」
そう真顔で語っては、お気に入りという「マスカルポーネとゴルゴンゾーラとハチミツのディップ」をデザート代わりに頬張り、再び満面の笑みを見せる黒谷。
「一番のパワーフードは?」と問うと、ちょっと考え、こう答えた。
「母の作る餃子ですかね。実家に帰ると必ず食べます。母の餃子は、肉より野菜主体の餡で、ほかにない感じなんですよ。
でも、コロナで大阪にも帰れてないな……。そうか、今回は大阪でも公演があるんだ。舞台に向けてモチベーションができた(笑)」
と、またも弁天様がえびす顔。彼女にとって食べることが体にも、心にも、糧になっているようだった。
くろたにともか
1975年12月11日生まれ 大阪府出身 大阪市内の高校在学中からファッション誌「mc Sister」のモデルとして活動。1995年、映画『BOXER JOE』で女優デビュー。以後、ドラマ、映画、雑誌、CMなどで幅広く活躍
黒谷友香主演作品
映画『祈り―幻に長崎を想う刻―』(2021年公開予定)
【SHOP DATA/ジーステーション】
・住所/千葉県長生郡長柄町上野ふる里村 (EverGreenHorseGarden内)
・営業時間/【火〜木】11:30〜14:00、【金・土・日・祝】11:30〜14:00、18:30〜21:00(日曜は18:00〜20:00)
・休み/月曜日
※緊急事態宣言下のため要確認
写真・野澤亘伸
文・鈴木隆祐
ヘアメイク・Nico
(週刊FLASH 2021年2月23日号)