「恋愛じゃないけど…」空白の3年半も思いは尽きず、吉田麻也が“ひと区切り”の10分間出場へ「明日は僕のW杯」
日本代表史上3位の国際Aマッチ通算127試合目は「先発10分間出場」--。31日の北中米ワールドカップ壮行試合のアイスランド戦で森保一監督から異例の役割を託されたDF吉田麻也(LAギャラクシー)は前日練習終了後、あらゆる葛藤を振り切った様子で熱く決意を語った。
「明日は時間は短いけど、自分のいま持てるものを全てその10分にかけてワールドカップのつもりで戦います」
第2次森保ジャパンの3年半、前回カタールW杯で主将を担った吉田には、招集レターが届くことはなかった。先代の長谷部誠(現日本代表コーチ)のように、代表引退を表明していたわけではない。全ての試合を追い続け、準備は欠かさなかったが、森保監督の選考にかかることはなかった。
ところがW杯メンバー発表後、「これまでの功績と貢献に敬意を表したい」という意向を持つ森保監督からの電話で、壮行試合限定招集でのオファーをもらった。「監督とはカタール以降ほとんど接触していなかったので、急に電話がかかってそういうふうに言われたのは嬉しかった」。異例の依頼に感じたのはこれまでの無念ではなく、喜びの感情だった。
とはいえ、チームはW杯直前という正念場。何よりも「準備の邪魔になるんじゃないか」という葛藤があった。迷った末、吉田は旧知の長谷部に相談した。熱烈な後押しを受けて「一晩中考えた」末に「自分は日本を強くしたいという気持ちでプレーしてきたので、自分にできることはまだあるんじゃないか」という思いでオファーを受諾した。
25日の合流から5日間、誰よりもこの試合にコンディションを合わせ、練習中も誰よりも気迫の込もったプレーでチームを盛り立てた。
「森保さんと、日本サッカー界からの気持ちを自分が恐縮ながら受け止めるということと、W杯で勝つ確率を上げるために自分が持っているものをチームに注入するために来た。この1週間、それを目的に取り組んできた」。3年半の空白期間を経ても、日本代表への思いは尽きることはなかった。
「やっぱり代表から離れたら本当に中のことって全然わからなかったので、想像でしかなかったし、試合を見てキャッチアップして、自分が入ったことをイメージしながらやってきたけど、そこには限界があるなと感じた。実際に入ってみて全然違うこともたくさんあった。ただやっぱり離れてこそ、失ってこそ、気づくものがある。恋愛じゃないですけど(笑)。それを本当にひしひしと感じて、いかに自分が恵まれていたかというのを30代後半になって気づかせてもらえたのは、サッカーだけじゃなく自分の人生においてもすごく役に立つんじゃないかと思います」
日本代表への思いを語れば語るほど言葉に熱が宿った。「やっぱりこれ以上の仕事はないなって、あらためて。もともと思ってはいたけど、やっぱり離れたら……」。その勢いが向かう先は報道陣だけにとどまらない。最後は隣にいた旧知の広報担当者の肩を抱いて「最高だよな、この仕事は」と高らかに言い放つほどだった。
その熱は紛れもなく、W杯を目前に控えるチームに伝播した。カタールW杯後、「エースよりもリーダーになりたい」と心に刻み、森保ジャパンを引っ張ってきたMF堂安律(フランクフルト)は次のように吉田の貢献を称えた。
「彼が一緒に代表にいた時から、一緒にやっていた時から見せてくれた背中を僕は見てきて、それこそ僕がリーダーになりたいと発したのも彼の背中を見てきたからこそだった。そういう偉大な先輩がいるのはすごく心強い。準備のところから、(練習後に)スプリントをしている姿とか、そういうところを若い選手が見ていると思う。彼はいま、言葉で喋ってというよりも背中で引っ張ってくれている。自分自身も本当に嬉しいし、貴重な時間にしたいと思っています」
森保監督はアイスランド戦前日会見で、吉田の起用法について「前半の10分ぐらいかと思うが、プレーしてもらって、そこから彼を送り出したいと思っている」と明かした。過去のレジェンドたちにも例がない異例の試み。吉田には招集当初からその意向が伝えられていたという。
「今までこういう選手がいなかったので、自分自身がやっていいのかという葛藤もあったけど、長い目で見て日本のサッカーが……。例えばイングランドでは100試合出たような選手に対して『サー』(ナイトの爵位)や『OBE』(大英帝国勲章)などの称号がもらえるし、まだまだ国から表彰されるレベルではないかもしれないけど、まずは協会がしっかりと日本のために戦ってきた選手に対して敬意を示してくれるというのは、僕だけでなくこれからこういう実績を積んできた選手のためにもなると思うし、それが一つの文化や伝統となって日本サッカーでつながっていければと思う。できる限り盛大にやってもらって(笑)、次からずっとみんな盛大にやってもらえるようになればいいのかなという考えに途中で変わって行きました」
他国代表では「引退セレモニー」と銘打って同様の起用がなされ、スタンディングオベーションの機会を作るという例が多数挙げられる。それでも吉田は「引退ではなく、僕にとってのひと区切り。ひと区切りということにしておいてください」と決して幕を閉じるつもりはない。日本代表は目指し続けるものという生き様を貫き、その溢れんばかりの気迫を10分間にぶつけるつもりだ。
「自分が日本のサッカーにはたくさんのものを与えてもらっていたので、30歳過ぎてから自分が何を与えられるかというギブの精神を考えるようになった。自分も大人になって、何ができるんだろうと。(現在会長を務める)選手会であったり、何かしら自分に利他の心でできることってなんだろうと思って、それがまだまだここにあるんじゃないかなと思った。練習では交代することもあって、自分が出たいという気持ちもあるけど、その悔しさを押し殺さずに全面に出して、ギラギラして練習をしてきたつもり。何度も言うけど明日は僕のワールドカップなので、ギラギラをぶつけたいですね」
舞台は「史上最強」と名高い日本代表のパフォーマンスを心待ちにする人々で埋め尽くされる満員の国立競技場。前回カタールW杯の歓喜をもたらした一人のレジェンドが10分間に全てをぶつけ、世界一を目指すチームに熱い魂を受け継ぐ。
(取材・文 竹内達也)
「明日は時間は短いけど、自分のいま持てるものを全てその10分にかけてワールドカップのつもりで戦います」
第2次森保ジャパンの3年半、前回カタールW杯で主将を担った吉田には、招集レターが届くことはなかった。先代の長谷部誠(現日本代表コーチ)のように、代表引退を表明していたわけではない。全ての試合を追い続け、準備は欠かさなかったが、森保監督の選考にかかることはなかった。
とはいえ、チームはW杯直前という正念場。何よりも「準備の邪魔になるんじゃないか」という葛藤があった。迷った末、吉田は旧知の長谷部に相談した。熱烈な後押しを受けて「一晩中考えた」末に「自分は日本を強くしたいという気持ちでプレーしてきたので、自分にできることはまだあるんじゃないか」という思いでオファーを受諾した。
25日の合流から5日間、誰よりもこの試合にコンディションを合わせ、練習中も誰よりも気迫の込もったプレーでチームを盛り立てた。
「森保さんと、日本サッカー界からの気持ちを自分が恐縮ながら受け止めるということと、W杯で勝つ確率を上げるために自分が持っているものをチームに注入するために来た。この1週間、それを目的に取り組んできた」。3年半の空白期間を経ても、日本代表への思いは尽きることはなかった。
「やっぱり代表から離れたら本当に中のことって全然わからなかったので、想像でしかなかったし、試合を見てキャッチアップして、自分が入ったことをイメージしながらやってきたけど、そこには限界があるなと感じた。実際に入ってみて全然違うこともたくさんあった。ただやっぱり離れてこそ、失ってこそ、気づくものがある。恋愛じゃないですけど(笑)。それを本当にひしひしと感じて、いかに自分が恵まれていたかというのを30代後半になって気づかせてもらえたのは、サッカーだけじゃなく自分の人生においてもすごく役に立つんじゃないかと思います」
日本代表への思いを語れば語るほど言葉に熱が宿った。「やっぱりこれ以上の仕事はないなって、あらためて。もともと思ってはいたけど、やっぱり離れたら……」。その勢いが向かう先は報道陣だけにとどまらない。最後は隣にいた旧知の広報担当者の肩を抱いて「最高だよな、この仕事は」と高らかに言い放つほどだった。
その熱は紛れもなく、W杯を目前に控えるチームに伝播した。カタールW杯後、「エースよりもリーダーになりたい」と心に刻み、森保ジャパンを引っ張ってきたMF堂安律(フランクフルト)は次のように吉田の貢献を称えた。
「彼が一緒に代表にいた時から、一緒にやっていた時から見せてくれた背中を僕は見てきて、それこそ僕がリーダーになりたいと発したのも彼の背中を見てきたからこそだった。そういう偉大な先輩がいるのはすごく心強い。準備のところから、(練習後に)スプリントをしている姿とか、そういうところを若い選手が見ていると思う。彼はいま、言葉で喋ってというよりも背中で引っ張ってくれている。自分自身も本当に嬉しいし、貴重な時間にしたいと思っています」
森保監督はアイスランド戦前日会見で、吉田の起用法について「前半の10分ぐらいかと思うが、プレーしてもらって、そこから彼を送り出したいと思っている」と明かした。過去のレジェンドたちにも例がない異例の試み。吉田には招集当初からその意向が伝えられていたという。
「今までこういう選手がいなかったので、自分自身がやっていいのかという葛藤もあったけど、長い目で見て日本のサッカーが……。例えばイングランドでは100試合出たような選手に対して『サー』(ナイトの爵位)や『OBE』(大英帝国勲章)などの称号がもらえるし、まだまだ国から表彰されるレベルではないかもしれないけど、まずは協会がしっかりと日本のために戦ってきた選手に対して敬意を示してくれるというのは、僕だけでなくこれからこういう実績を積んできた選手のためにもなると思うし、それが一つの文化や伝統となって日本サッカーでつながっていければと思う。できる限り盛大にやってもらって(笑)、次からずっとみんな盛大にやってもらえるようになればいいのかなという考えに途中で変わって行きました」
他国代表では「引退セレモニー」と銘打って同様の起用がなされ、スタンディングオベーションの機会を作るという例が多数挙げられる。それでも吉田は「引退ではなく、僕にとってのひと区切り。ひと区切りということにしておいてください」と決して幕を閉じるつもりはない。日本代表は目指し続けるものという生き様を貫き、その溢れんばかりの気迫を10分間にぶつけるつもりだ。
「自分が日本のサッカーにはたくさんのものを与えてもらっていたので、30歳過ぎてから自分が何を与えられるかというギブの精神を考えるようになった。自分も大人になって、何ができるんだろうと。(現在会長を務める)選手会であったり、何かしら自分に利他の心でできることってなんだろうと思って、それがまだまだここにあるんじゃないかなと思った。練習では交代することもあって、自分が出たいという気持ちもあるけど、その悔しさを押し殺さずに全面に出して、ギラギラして練習をしてきたつもり。何度も言うけど明日は僕のワールドカップなので、ギラギラをぶつけたいですね」
舞台は「史上最強」と名高い日本代表のパフォーマンスを心待ちにする人々で埋め尽くされる満員の国立競技場。前回カタールW杯の歓喜をもたらした一人のレジェンドが10分間に全てをぶつけ、世界一を目指すチームに熱い魂を受け継ぐ。
(取材・文 竹内達也)
