キャリアアップを目指した転職が一般的になり、転職エージェントを利用する人も増えている。経営コンサルタントの日沖健さんは「個人でも開業することができ、無数のエージェントが乱立状態にある。『成約すれば大儲け、辞退ならタダ働き』という歪んだ成功報酬制度のせいで、悪質なトラブルも起きている」という――。
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■内定辞退で高額請求された30代男性

「転職エージェントの担当者に内定辞退の意向を伝えたところ、『今回の紹介に掛かった費用200万円を請求させていただく』と脅かされました。怖くなって、転職活動をいったん休止することにしました」

転職エージェントを利用して転職活動を進めていた三橋純一さん(仮名)のコメントです。転職エージェントと言えば、最近TVでCMを頻繁に流している元気印の業界――という印象がありますが、こうしたオワハラ(就活終われハラスメント)のような影の部分もあるようです。

三橋さんは、精密機器メーカーに勤める30代男性です。都内の私立大学を卒業して入社し、現在12年目です。これまで営業・経営企画・与信管理を担当し、着実に成果を出し、会社からは高く評価されています。

順調な会社生活を送っている三橋さんですが、管理職昇格を目前にして今後のキャリアに閉塞感を抱くようになりました。その精密機器メーカーは年功序列が色濃く、成果を出しても出さなくても昇進・昇給はあまり変わりません。転職し、挑戦的な仕事をしてみたいと思いました。

三橋さんが志望したのはコンサルティング業界です。経営企画部門でコンサルタントと一緒に仕事をする機会があり、コンサルタントの仕事が知的でやりがいがあるように思いました。さらには、年収1200万円超という高給も魅力的でした。

■トントン拍子で進む選考に抱いた違和感

早速、三橋さんは転職エージェントに登録しました。たまたま知っていたX社です。X社だけで良いと思いましたが、転職経験のある友人から「チャンスを広げる意味でも、比較という点でも、もう1〜2社登録したほうが良い」と言われ、別のY社にも登録しました。

転職エージェントX社の担当は小野田さん(仮名)でした。小野田さんは、「最近は新卒でコンサルティングファームで1〜2年働いただけという若手の転職希望者が多く、メーカーでしっかり経験を積んだ三橋さんのような人材は貴重です」と三橋さんに興味を示しました。そして、登録して2週間後にコンサルティング会社A社を紹介してくれました。

A社での選考は、トントン拍子で進み、書類選考、現場のコンサルタントとの1次面接、シニアマネージャーとの2次面接とクリアし、あとはパートナーとの最終面接を残すだけです。A社では、この時点で実質的に内定で、最終面接では大きな失敗をしなければ大丈夫とのことです。

ここで、三橋さんには1つ疑念が湧いてきました。まったく業界未経験で30代半ばの自分がすんなり内定を獲得できたことについて、「最近は売り手優位の転職市場とは聞くが、普通こんなにうまく行くものだろうか。何か裏があるのでは?」という疑いです。

■「離職した負け犬は、会社の悪口を言う」

三橋さんは、改めて転職希望者向けのサイトやSNSなどでA社について調べました。小野田さんからはA社の良いところばかり聞いていましたが、A社は近年、大量採用しており、離職率が非常に高いようです。特に他業界からの転職者は短期間で離職しており、使い捨て状態であることがうかがえました。

A社への気持ちが揺らいだ三橋さんは、今回のように簡単に内定がもらえるならA社以外も大丈夫ではないか、X社だけでなくY社や他のエージェントを使って他社もじっくり検討してみたい、と思い始めました。

三橋さんは小野田さんに連絡し、「A社の最終面接に進むべきかどうか、少し迷っている」と相談しました。すると、それまで穏やかな話しぶりだった小野田さんが、突き刺すような冷たい口調で言いました。

「そんなくだらないSNS情報に振り回されてどうするんですか。離職した負け犬は、会社の悪口を言うに決まっていますよ。三橋さんのような未経験者を好待遇で受け入れてくれるのは、私が知る限りA社しかありません。A社が良いに決まっています」

この言葉を聞いて、三橋さんは不信感を持ちました。小野田さんがこれまで親身に相談に乗ってくれたのは、三橋さんのためを思ってではなく、自分の営業成績を上げるためなのだ、と遅ればせながら気づいたのです。

■「辞退するなら200万払え」と脅迫される

三橋さんが、「A社と進めるかどうか、少し考えさせてください」と言って電話を切ろうとすると、小野田さんは激昂し、次のようにまくし立てました。

「A社を辞退して、他社を探すつもりですか。もちろん自由ですが、辞退したら200万円を請求させてもらいます。今回の紹介には、三橋さんのトレーニングやA社との関係づくりなど莫大な費用が掛かっていますからね」

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この脅迫を聞いた三橋さんは、「もう結構です。お世話になりました」と言って、電話を切りました。早速A社にも連絡して、最終面接を辞退し、考えた末、いったん転職活動を休止し、当面は現在の精密機器メーカーに勤務することにしました。

転職エージェントが求職者から報酬を得るのは、職業安定法に違反します。ということを三橋さんは知っていますが、事を荒立てると今後の転職活動に差し障ると考え、労働基準監督署には通報していません。またX社の小野田さんからは、通報されることを恐れたためか、それ以上は脅迫を受けていません。

三橋さんが被害に遭った転職エージェントによるオワハラは、特殊事例でしょうか。そう願いたいところですが、業界の構造を考えると、特殊事例とは片付けられないように思います。

■個人でもできるため、続々参入

以前から存在する転職エージェント業が、この10年ほどで脚光を浴びるようになっています。その最大の要因は、長く終身雇用と言われたわが国でも、転職が年齢・業界などを問わず一般的になり、転職市場が急拡大したことです。

需要サイドの事情とともに、供給サイド、つまり事業者(転職エージェント)側の事情も見逃せません。転職エージェント業の特徴は、参入障壁が極めて低く、競争が激しいことです。

転職エージェントを始めるには、職業安定法に基づく「有料職業紹介事業の許可」が必要です。ただ、許可を得るための諸条件のうち、最大の関門とされる資産要件は、「純資産:500万円以上、現金・預金:150万円以上(1事業所あたり)※」と緩やかです。個人でも簡単に開業することができ、無数のエージェントが乱立しています。

※「労働基準監督署『有料職業紹介事業許可申請に必要な資産要件』」

転職エージェントの収入は、紹介が成約したときに紹介先企業から支払われる手数料です。手数料は、求職者の紹介先での年収の30〜35%が一般的です。AI技術者など希少性の高い職種の場合、100%に達することもあります。年収1000万円で紹介が成約すれば、30%なら300万円の手数料が入るわけです。

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■決まらなければタダ働きという過酷な現実

ただし、これは成功報酬なので、成約しなければ企業から手数料は入りません。また、求職者に費用などを請求することは職業安定法で禁じられています(※)。企業への営業活動・マッチング活動や求職者への対応など、すべてただ働きになってしまいます。

※「e-Gov 法令検索『職業安定法 第三十二条の三』」

紹介が成約すれば大きな収入を得られるが、成約しなければただ働き――この極端な報酬システムによって、X社・小野田さんのように、見込みがある案件では何がなんでも成約させようとオワハラなど違法行為を働いてしまうのです。

では、こうした状況をどう改善するべきでしょうか。

厚生労働省はこの問題を懸念し、「職業紹介事業者の業務運営に関する指針(※)」を出しています。この中で転職エージェントに対し、求職者の自由な意思決定を尊重するように求め、不当な誘導・プレッシャーを与えることを禁じています。指針に基づいて、転職エージェントへの監視を強化しています。

※「(法第三条に関する事項)、3 職業安定法(昭和二十二年法律第百四十一号。以下法という。)」

ただ、それでも違法行為がなくならないのは、業者数・求職者数・案件数が膨大で、役所の限られた陣容では対応しきれず、何か重大なトラブルがあったら対応するのが精一杯という状況にあるからです。転職エージェントの良心に訴えるのが中心で、根本的な原因に対応できていません。

根本的な原因というのは、「成約すれば大儲け、成約しなければただ働き」といういびつな成功報酬です。

■健全な転職活動を取り戻すための改革案

転職エージェントの暴走を防ぐには、成功報酬を規制する必要があります。かといって、成功報酬を完全に禁止すると、業界の活力もなくなってしまうなど副作用があり、得策ではありません。以下の2つが現実的な解決策だと思います。

・「100%成功報酬」を禁止する
・着手金や紹介に掛かった実費を紹介先に請求する仕組みを導入する

もう一つ検討したいのが、求職者からの報酬の受け取りです。現在、職業安定法で転職エージェントが求職者からの報酬の受け取りを禁じているのは、経済的に困窮している求職者から手数料を取ることで就職の機会が減ってしまうのを防ぐためです。

写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

ただ、たいていの人間は、自分にお金を払ってくれる相手に奉仕します。現在の仕組みだと、転職エージェントは企業のほうだけを向いて、企業の言いなりになり、求職者をないがしろにします。転職エージェントに求職者のために活動してもらうためには、求職者が一定の報酬を払う仕組みが必要ではないでしょうか。

世界では、アメリカ(州による)やドイツ(条件付き)など求職者からの報酬の受け取りを認めている国があります。わが国でも、「法律で禁じられているから」と思考停止するのではなく、どういう報酬のあり方が良いのか、ゼロベースの検討を期待したいものです。

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日沖 健(ひおき・たけし)
経営コンサルタント
日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかるリーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。
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(経営コンサルタント 日沖 健)