吉川ひなのの公式インスタグラムより

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モデルでタレントの吉川ひなのが17日、自身のインスタグラムを更新。マネジメント契約を締結し、芸能活動の再開を発表した。

吉川は、昨年3月から3人の子どもと沖縄に移住。大自然の中で子育て中心の生活を送っていたが、この度「新しい形で活動をスタートします」「久しぶりにテレビのお仕事なんかも……8年振りくらいかな」(原文ママ)とファンに報告。かつて、“不思議ちゃん”キャラの代名詞だった吉川の再始動に大きな注目が集められている。

吉川は1992年、東京・銀座でスカウトされて芸能界入り。“9頭身美女”で注目を集め、モデルの傍ら1997年公開の映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」で女優デビューを果たす。同作では、日本アカデミー賞 新人賞を受賞し、同年にはシンガーソングライター・藤井フミヤが楽曲プロデュースした「ハート型の涙」(ポニーキャニオン)で一世を風靡(ふうび)。飛ぶ鳥を落とす勢いでスターダムに駆け上がった。

私生活では1999年2月、当時19歳の若さでミュージシャン・IZAMとの結婚を発表。世間をあぜんとさせる一方で、“ままごと婚”とやゆされ案の定、7カ月後の9月にスピード離婚となった。そして2011年9月、会社経営者男性と再婚。2012年3月に長女を出産し、2015年春に米・ハワイへ移住し、2018年2月に長男、2021年6月に次女を出産した。

自伝出版、両親についても赤裸々に

天真爛漫(らんまん)なイメージとは裏腹に3児の子育てに追われた吉川。2021年5月、自身の半生を振り返った著書「わたしが幸せになるまで」(幻冬舎)を発売。“毒親”による搾取など初めて明かされる生い立ちには騒然とさせられ吉川のイメージをひっくり返した。

自著では、実家での幼少期は借金取りに追われる日々だったが、12歳でモデルデビューしてからは吉川の稼ぎで豪邸暮らしに。さらに、給料は両親に勝手に使われていたと告白し、自立のために自分の稼ぎを分けてほしいと懇願するも「やっと持ってきた通帳には豪邸の家賃の1カ月分にも満たない額しか残っていなかった」とつづられている。さらには、成人式の日も「父親が待ち伏せし、500円貯金箱まで持って行かれた」などのクズっぷりを暴露し、果てには「ママ友なんていらない」とも宣言。

さらに、独自の育児法「洗わない育児」では、シャンプーもせっけんも歯磨き粉も使わず、風呂やシャワーもよほどのことがない限り使わないといい、「自宅出産」だった長男は沐浴もなしという独特の生活を披露した。

他にも、長男の生後9カ月で始めた「おむつなし育児」や「真っ裸で入る砂浴」を推奨。暑い日のビーチで最長4時間入り「体中がかゆくなり虫がはっている感覚に襲われる」のが解毒のサインで、体中の毛穴から臭いガスが出始めるとおすすめしたものの、世間には受け入れられず「虐待行為」などと浴びせられ多くの批判を集めた。

さらには2023年6月、実母との複雑な関係や境遇、ふたをしてきた過去の傷を初めて告白した書き下ろしエッセイ「Dearママ」(同)をリリース。“宗教二世”であることをカミングアウトし、「もし事故か何かに遭って病院に運ばれて輸血しないと死ぬと言われても、輸血はせず死になさい」と、小学生だった吉川に宗教上の理由でこう教えていたと告白した。

だが、自身は生前、入院中に医師から輸血しないと危ないと言われると、あっさり受け入れたといい、そんな母からは、革のベルトで尻を叩かれるなど多くのひどい仕打ちを受けてきたなどの壮絶な幼少期を明かした。

2024年11月、自身のインスタグラムで2度目の離婚を発表。ハワイから沖縄に移住し、現在に至ったわけだ。母としてパワーアップした吉川の今後の活躍に期待したいところだ。